いざ、勝負初日へ
翌朝は新の心配をよそに、雲一つない青空だった。すでに太陽は上り、空気の中にじりじりと暑いものが混じり始めていた。
八班の三人は新より早く起きて、もそもそと食事をしている。朝食はパンとレトルト食品でなんとかして、新の負担を減らそうとしてくれていたようだ。
「何時ごろ出る?」
「ゲーム開始は九時だっただろ。余裕をみて、八時半くらいに出れば間に合うんじゃないか」
現在朝の七時。新が普段起きる時間よりちょっと遅いものの、まだ余裕は十分ある。他の面子も着替えだけして、気楽な表情でくつろいでいた。
「ねえ、光瀬くん。隣の家の人たちは、誘わなくていいの?」
新がパンをかじっていると、横田がそんなことを聞いてきた。
「誘う?」
「言っちゃ悪いけど、絶対寝坊しそうじゃない?」
それは非常に正しい読みである。五郎はこういう場面では絶対にやらかす。他の面子もすごくしっかりしている様子はなかったから、場合によっては全員脱落するだろう。
「ほっとけ。それで失格になったとしても、運命ってやつだ」
「えー、冷たいなあ……」
本当は五郎がこれで失格になってくれれば一番いいんだ、と内心でつぶやきながら、新はふくれっ面の横田を見やる。
「それより、自分のことだろ。ゲームについて勝算はあるのか?」
「うーん……でもね、正直言うと、私はものすごく欲しいものがあるってわけじゃないんだあ」
横田の隣の佐藤も、うんうんとうなずいている。彼女たちの顔に曇りはなく、新のように脅されて参加したわけじゃないのは、見て明らかだった。
「まあ、勝てたらラッキーくらいに思っておく」
「それぐらいが気軽で良いよな。俺は……就職決まればいいけど」
今年から就活を始めているという静馬には、少し頑張る理由があるようだ。手には、ゲームのルールをまとめたらしいメモ帳が握られている。新も、同じようにまとめた覚書を見直し、時間を潰した。
時間になったら連れ立って公民館へ。予想通り五郎たちとはすれ違わなかったが、新はそのことをありがたく思った。
「おーす、新」
公民館の前には、もう直美が来ていた。彼女にも参加してほしくなかったのだが、そううまくはいかないか──と、新はこっそり思う。
「同じ班の奴は? 一緒じゃないのかよ」
「あっちにいるよ。……あえて仲良くしなくてもいいっしょ、ゲームになったら個人勝負なんだし」
やっぱり見た目が奇抜な直美は遠巻きにされていて、班の中で浮いているようだ。本人がさほど気にしていないのが救いではあるが、家が遠めなのが新にはやや悔やまれる。
「食いたくなったら、こっちに飯食いに来いよ。五郎なんか、速攻でタカリに来たぞ」
「あはは、ありがと。でも五郎らしいね」
「むさい男四人が玄関に詰まってて、非常に地獄絵図だったぞ」
顔をしかめる新をよそに直美はけらけら笑っていたが、ふと真顔になって周囲を見回した。
「そういや、あいつまだ来てないね。一緒に来なかったの?」
「ガキじゃあるまいし、遅刻するわよ~って起こしになんか行けるか。同じ班に三人もいるんだから」
「そうだけどさあ。あの班、なんかポンコツの吹き溜まりって感じがして……」
「それは否定しない」
新が腕組みしていると、佳乃の十二班、鹿ノ子の三班が相次いで到着した。こちらは班員ともわいわい話をしており、おおむね良好な雰囲気である。佳乃はちゃんと打ち解けて話ができたようで、何よりだ。
遅れて聖の一班が到着したが、聖は直美と同じく浮いている側のようで、他の班員はやりにくそうだった。
「おはよう」
「おはようございます」
女性陣は挨拶してくれるが、例によって聖は軽く頭を下げただけである。
「昨日はよく眠れました?」
「ああ。部屋が広かったおかげで快適だったよ」
「私もです。一番広い部屋をいただいてしまって、少し申し訳なかったですね」
「鹿ノ子さんもそうか。俺もだったんだけど、調理を引き受けることにして許してもらったよ」
昨日の惨状を話すと、鹿ノ子は声をたてて笑った。横の聖も、頬の内側を噛んでいるような顔をしている。
「でも、思ったよりちゃんとされているみたいですよ? ほら、いらっしゃいましたわ」
「え!?」
鹿ノ子が入口を指さす。振り返ってみると、元気いっぱいに手を振り上げている五郎とその仲間たちの姿があった。
「馬鹿な……こんな手違いが」
「さすがに失礼ではないかしら」
思わず真顔でつっこんでしまった新を、鹿ノ子がやんわりたしなめる。
「だってねえ。あいつ、こっちに来るときにも平気で遅刻してたのに、なんで今回は間に合ったんだろ」
直美の疑問の答えは、すぐに判明することとなった。大きな男の影から、宗一郎率いる十一班が現れたのである。
「やあ、おはよう」
にっこり笑みを浮かべた宗一郎は絵画の天使のようだったが、今の新には悪魔に見えた。
「あんた、もしかして五郎たちを起こしたのか?」
「うん。なんとなく間に合わないんじゃないかなあって思って訪ねたら、案の定全員熟睡してたよ」
「余計なことを」
「え、何?」
低いつぶやきを宗一郎に聞き取られそうになって、新は顔をそらした。
「おう、昨日はありがとうな新、佳乃ちゃん! 今日は頑張ろうぜ」
「なんで来た」
「永遠に寝ていればよかったのに」
「どうして二人ともそんなに俺に冷たいの!?」
五郎がややパニックになったところで、時計が九時を示した。すると、婆さんと黒服たちが奥から滑るように出てくる。これは一秒でも遅刻していたらアウトだったな、と感じさせるような無駄のない動きだった。
「おはよう。……ざっと見たところ、全員そろっているようじゃないか。感心感心」
婆さんは満足そうにうなずき、一歩前に進み出て高らかに宣言する。
「では、今から第一のゲームを開始する。ゲームは『大富豪』。調べる時間は与えたから、基本的なことは皆知っているものとする。ただ、今回は人数と運営の都合で変則的なルールにしているところがあるから、そこだけ解説させてもらおう」
老婆が言うと、五郎はじめ九班の目が激しく泳ぎ始めた。
「あれは何も調べてない奴の目だね……」
直美のつぶやく声が聞こえてくる中、正面のモニターに文字が浮かび上がった。「大富豪」「富豪」「貧民」「大貧民」と、太字でくっきりと示されている。
「今回は、最大で四人のチームだから『平民』の役は省略。カード交換のレートなんかは通常ルールと同じだから、そこは心配しないでおくれ。勝負は三回制とし、大富豪や富豪になった回数が多いものから順位がつく。そして、革命・革命以外のカード複数出しは認めず、ローカルルールもない」
「ちょうど真ん中の役がなくなるわけですね……細かいルールもないし、それで面白くなるかしら」
鹿ノ子がつぶやく。新も正式なルールでしかやったことがないので、彼女の疑問には答えられなかった。
「ここから先が最大の変更点だから、よく聞いておくれ。今回、ゲームで使うカードにはトランプのスートと数字以外にも、もう一つ新たな要素が加わっている」
ここで室内にどよめきが走った。基本ともいえるカード要素を追加してしまって、競争が成り立つのか。そんな疑問を、多数が抱いた結果といえる。
婆さんはそんな展開を予測していたようで、薄く笑いながら続けた。
「スートと共に書かれているのは、そのテーブルについている面子が抱えている『秘密』に関するキーワードさ。各スートは四人の参加者の誰かをさし、セットで書かれているキーワードが全てそいつに関したものだということを示している」
つまり、どのスートが誰かということが分かれば、そいつの抱えた秘密を何個も知ることができるというわけだ。
「ちなみに、秘密はより重大そうなものが強いカードの数字に対応しているからね。気合を入れて記憶しな」
老婆が笑うのを見て、少し後ろに下がった佳乃がつぶやいた。
「今回やりたいのは、ポイントのやりとりというより、情報の取得ってことね。黙ってれば分からなかった秘密をさらすことで、プレッシャーでもかけようとしてるのかしら」
周囲の人間に聞こえないようにさらに離れつつ、新と佳乃は会話を続ける。
「後は、プレーヤー同士の提携と分離をあおりたいってとこだろ……誰の秘密か分かってしまったら、最悪脅迫して『わざと負けろ』ってのも可能になるからな」
「本当に意地が悪いわね」
「まあ、大した過去がないのに参加してる奴にはダメージにならないだろうが……お前なんか、特に気をつけろよ」
「その台詞、熨斗つけて返すわ」
佳乃が毒を吐いたところで、老婆の説明が終わった。黒服たちが合計十二になるよう卓を運び始め、会場がざわつく。
「え、みんな全然うろたえてないけど……あれだけでルール分かったのか?」
五郎と九班の人間が、ひたすらおろおろしている。こいつら本当に、なんの準備もしていなかったのだと新は呆れた。
「一回くらいやったことないのかよ。おまえ、親戚多いだろ」
「多くても頭の良い奴はいないから……」
「なんかすまんかった」
謝りついでに、新はざっと大富豪のルールを説明してやることにした。
「基本はシンプルだ。カードをきって配り、じゃんけんかなんかで最初にカードを出すプレイヤーを決めたらスタートだ。特殊ルールはあるが、基本的にやることは一つ。自分の手札から場にカードを出していって、できるだけ少なくすること。最終的にカードが一番少ない奴が勝ちだからな。ここまではいいか?」
五郎がこっくりうなずいたので、新は続ける。
「さて、場にカードを出すときのルールだが。前に出した相手のものより、強いやつしか出せないことになっている」
数字の三が一番弱く、後は数字の順・絵札と強くなっていく。面白いのは絵札の後にエースと二、ジョーカーが続くこと。ジョーカーが最強で、次に強いのが数字の二ということになり、ブラックジャックとはルールが異なる。
「お前、初日の佳乃のゲームに引っ張られてそうだからなあ。計算、間違えるなよ」
「ドリョクシマス」
五郎は早くも、いっぱいいっぱいになりつつある。大丈夫か、と思いつつ、新は先を続けた。
「ちなみにカードがない場合は、パスも可能ですよ」
にこにこしながら鹿ノ子が参加してきた。新は彼女に一礼してから、また続ける。
「そうやって何周かしたところで、手持ちカードの総数を数える。この時最も少なかった者から大富豪、富豪、貧民、大貧民となるわけだ。通常、真ん中の役となる平民は今回いない設定だから考えなくていい」
「なんだ……勝ち負けじゃなくて、なんか変な役がつくってことか?」
「そうだ。この地位にはちゃんと役割がある」
二回目のゲームは大貧民からカードを出していって、同じようにゲームを繰り返していく。そのことを聞いた五郎が、鼻を鳴らした。
「なんだ。ごたいそうな役がついてるけど、次のゲームの開始に影響するだけか」
「安心するな。大富豪にはえぐいルールがある」
「え?」
「最初のゲームが始まって次に行く時、カードの交換があるんだ」
大富豪は手持ちから二枚を大貧民と、富豪は一枚を貧民と交換する。これだけならランダム要素で、ゲームを引っ掻き回すためにやっているように思えるかもしれないが、ここには格差を確定させる残酷なルールが存在している。




