彼と彼女の本音
「じゃあ、今晩だけは三人で作ってみてくれよ。ダメだと思ってても、意外とできるかもしれないだろ。本当にどうにもならなかったら、明日から俺がやるから」
そう言うと、三人は渋々納得した。新は部屋にこもって、今後ゲームで出てきそうなトランプの遊び方を検索してメモしていく。一時間もやっていると、基本的な遊びは網羅することができた。
「……よし。そういえばあいつら、どうなったかな」
新が扉を開けてリビングに入ると、静馬がコンロの前で立ち尽くしていた。どうしたのだと声をかけると、フライパンの中にはとてもきれいな炭が鎮座している。
「肉を焼いたんです。嘘じゃないんです」
「なんで最初から最後まで強火全開で焼くんだ。この下にあるツマミはなんのためにあると思ってる」
「火を落としたら負けだと思って」
「働いたら負けみたいな言い方をするな敗残兵」
ちなみにその隣のコンロでは、女性陣が作ったというそこそこ美味そうなスープが煮えている。ゴミ箱にレトルトパックが捨ててあるから、それを鍋に移して温めていたのだろう。よしよし、できないというのならそういうことで良いんだよ、と新はうなずいた。
匙で一口味見してみる。……甘い。ゲロを吐くような甘さに、新の脳天は焼かれた。
「ちょっと味が薄くてさ……砂糖と塩を間違えちゃって」
「砂糖でよかった!!」
古典的なミスすぎるというつっこみ以前に、入れる量がおかしすぎて新は絶叫した。
「分かった。俺が悪かった。調理担当は俺でいい」
こいつらに任せていたら四日後には死んでいる。そう判断した新は、喜んで役を買って出た。
「……残念だけどこの食材は捨てよう。作り直すから、ちょっと待っててくれ」
新は冷蔵庫を見渡した。カレールーがあるのを確認し、大き目のフライパンで玉ねぎとソーセージを炒め始める。
「何作ってるの?」
「ソーセージカレー。煮込まなくていいから楽なんだ。腹減ってるだろ? ご飯はパックのがあるから、とりあえずそれでいいや」
後はトマトとレタスを適当に切ってサラダにしたら、あっと言う間に夕食が完成した。うまいうまいと喜びながら食べる一同を見て、新は五郎を思い出す。なんとなく食べ方が似ているのだ。
「あいつはどんなもの食ってるんだろうなあ」
五郎の家は隣のため、窓の外を見ればちらっと瓦屋根が確認できる。男四人だから唐揚げとかそういうものを作ってるんだろうな、と大翔は勝手に想像した。
食事が和やかに進み、最初によそった分が空になったのでおかわりしたい、と静馬に言われた頃、玄関の呼び鈴が鳴った。
「はいはい」
女性陣はもうお腹いっぱいなのか、佐藤と横田が様子を見に行く。するとすぐに、青い顔をして帰ってきた。
「どうした?」
「飢えた男たちが列をなして……」
「一旦現実に戻ってこい」
「本当にいるんだから! 嘘だと思うなら見て来てよ!」
女性陣が必死に食い下がるので、新は渋々玄関に向かった。すると本当に、五郎を筆頭にしょんぼりとした男たちが立っている。
「新~、腹減った。飯作ってくれ」
「ふざけんなお前たちでなんとかしろ」
「作れる奴が誰もいないんだよおおお!! この班割りは俺にとって地獄だ!!」
そう言って五郎がサンプルとして出したのは、静馬に負けず劣らず黒焦げになった肉の塊だった。炭×二を目にして、新は吠える。
「ここは猿の集まりかっ!」
「別に猿でもなんでもいいよ~、飯作ってくれ」
「奥からカレーの匂いがする……」
「あ、本当だ」
「上がり込むなあっ!!」
「──ちょっと様子を見に来てみたら、何やってるの?」
玄関先が騒然とする中でも、凛と響く女性の声が聞こえてきた。新がはっとそちらに目をやると、男たちにも負けず劣らず高身長な佳乃の姿が目に入る。
「……不測の事態だ。お前こそどうした?」
掃き溜めに鶴、ということわざの正しさを実感しながら、新は聞いた。
「ここじゃちょっと。どうでもいいから、この人たちをどかせない? 誰よ」
「隣の班の連中だよ。飢えてんだよこいつら。班の中に、料理できる奴が誰もいなかったらしい」
「しょうがないわね。あなたは少しはできるの?」
「下の上ってところじゃないか」
少しのプライドを含ませつつ新が言うと、佳乃は鼻を鳴らした。
「よろしい。手伝いなさい」
そう言うと彼女はすたすたと台所に向かい、あっと言う間に材料を取り出した。ぞろぞろついてきた九班の男たちは、頑張ってリビングで小さくなっている。
佳乃は電子レンジも駆使して鶏肉のスイートチリソース、麻婆茄子、餃子といった中華メニューをあっという間に作り上げる。男たちは歓声をあげながらそれに飛びつき、食べ終わったはずの八班までつまんでいた。
「これでレトルトのご飯がなくなっちゃったから、後で隣から回収するか、運営にもらいなさい。しばらくもつように、炊飯器はセットしておくから」
「お、おう。ありがとう……」
「何? その幽霊を見たような顔は」
「いや、お前が料理できるとは思ってなかったから」
正直に言うと、佳乃はわざと聞こえるようにため息をついてみせる。
「するわよ。自炊の方が体にいいし、何より安いじゃない」
「お前お嬢なんじゃねえの? しなくたっていいだろ」
餃子で口をもごもごさせながら五郎が言うと、佳乃は一層深い皺を眉間に刻む。
「誰がお嬢よ。あの直美って子が言ってたことを本気にしてるの?」
佳乃が言うには、裕福であったが、決して「働かなくても一生安泰」レベルの家ではなく、普通に自炊や金銭感覚も叩きこまれて育ったという。
「じゃあ、なんで大学行ってないんだ? 趣味か?」
五郎は相変わらず、聞きにくいことをずばりと聞く。しかし新も少し気になっていたので、その話に耳を傾けた。
「ちょっと家庭の事情。それ以上聞いたら、豆板醤を鼻の穴に詰めるわ」
「黙って食べま~す……」
下衆ではあるが相手が本当に嫌がることはできない五郎は、佳乃ににらまれてすごすごと引き下がった。新は少し残念に思いつつも、何も言わず食事を終える。
「ごちそうさんでした! ここの食べちゃったんで、パックご飯、俺たちの分持ってきます」
「いいよ。言えばもらえるだろうし、佳乃の飯もあるから。俺、佳乃を宿まで送ってくわ。皿洗いくらいはしとけよ」
「ゴユックリイイイイイ……」
本当はついてきたいだろうに、五郎は血の涙をこぼしそうな顔で引き下がった。今後も飯を頼むかもしれないという弱みが、彼にそうさせるのである。
夏とはいえ、もう夜中の八時を回っているから辺りは暗い。農家と公民館についている電気だけが、浮島のように光っている。新は懐中電灯を持ちながら、新は佳乃と並んで歩いた。
「五郎、うるさかっただろ。やっと静かになった」
舗装されていない道を歩きながら新が言うと、なぜか佳乃はくすりと笑った。
「……でも、悪い人じゃないわね」
「まあな。あいつ、馬鹿だけど嘘は言わないから」
新もなんだかんだ言いながら彼と付き合っているのは、根がからっとしているからだ。綺麗ごとを貼り付けながらこちらをコントロールしようとしてくる実家の人間より、よほど好感がもてる。
気づけば新は、家のことをぽつぽつ佳乃に話していた。異様な束縛、そして親の機嫌を損ねないよう最適解を探さなければいけない生活のことと、ゲームに参加した理由を。嫌がるかと思ったが、佳乃は意外と同情したような顔で聞いている。
「お前も、そういう困った親戚とかいたりするのか」
自分の話ばかりしてしまったことに気づき、新は佳乃に水を向けた。すると彼女は、首を横に振る。
「いないわ。今は、叔母さんに面倒をみてもらってるの。逆に感謝してるくらいよ」
「……親は?」
新が聞くと、佳乃はすぐにこう答えた。
「三年前に死んだわ。泊まっていたホテルが放火されて」
排煙設備の不備や初手の対応の悪さが災いし、ホテル全体で百人を超える犠牲者を出したという。その中に、佳乃の両親もいた。
あまりの話に、新は声が出なかった。なぜそれを自分に聞かせたのかという目を向けると、佳乃はこう答える。
「この苗字は珍しいから、ネットで調べればすぐに出てくるもの。それに、今からあなたに話しておきたいことと関係しているし」
「なんだと?」
「このゲームに勝ったら、人との『縁』をつないでくれるらしいじゃない。私は、両親を殺した奴をどうしても探し出したいの。もし私が困ったら助けてくれる?」
新は一瞬驚いたが、先ほど行われたゲームでの、佳乃のなりふり構わない様子を思い出して密かに納得していた。無茶苦茶とも言える論理展開。
婆さんが面白がったからいいものの、あんなもの一発失格になっていてもおかしくはない。相手が全賭けを主張したらああせざるを得ないほど、ゲームに残るために必死だったということか。
いやもしかしたら、婆さんは知っていて楽しんでいたのかもしれない。あれだけ新の家庭環境を調べ上げていたのだ。調べればすぐ出てきそうな、天花寺の境遇を見逃していたとは考えにくい。
そのことに思い至ると、新は背筋に冷たいものが走るのを感じた。もしかしたら、運営が平和な知的ゲームですよ、というガワをかぶっているのは、警察など面倒を避けるためだけで、本当のところは揉めて、潰し合って、醜態をさらすことを期待しているのではないだろうか。デスゲームと見抜いていた五郎の方が、正しかったのではないだろうか。そんな予感がぬぐえなくなっていた。
「気づいた? この運営、思ったよりお優しくはないわよ。醍醐宗一郎の参戦をみれば明らかじゃない」
明らかに育ちのいい、すらりとした超美形。確かに一人放り込んでおけば、女性陣が揉めないわけがない。最初から起こったつかみ合いの展開は佳乃だったからまだおさまったものの、下手したら大混乱になっていてもおかしくはなかった。
また、宗一郎もそれを理解していて楽しんでいる節がある。あの場面で佳乃の名前を出したらどうなるかくらい、彼が分からないはずはない。
「あの性格だもの。正直、彼が何か犯罪をしてるんじゃないかと疑い始めてる。これは極論だし、両親とは関係ないかもしれないけど、気になるのよ。あなたも様子を見ていてくれない?」
「……まあ、できる範囲でな」
そのやり口に腹が立っていた新は、ついそう言ってしまった。佳乃は満足そうにうなずく。
「ありがとう」
「お前は五郎を心配してくれてたからな。悪い奴じゃなさそうだ」
「あなたが気にしてたからよ。本当に気休めで申し訳ないけど、彼のことはこっちでもサポートしてみるから」
「思ったよりいい奴なんだな」
「『思ったより』は余計よ」
「失敬」
軽く手を振りつつ、新はふとあることを思い出した。招待状を受け取った時、マンションの入り口で佳乃がじっとこちらを見ていたことを。あれはもしかして、自分に警告をしようとしてくれていたのだろうか。
そのことを聞くと、なぜか佳乃は顔を赤らめた。
「それは違う。だってあの時、あなたのことは何も知らなかったのよ。わざわざ忠告しに行く義理はないじゃない」
「あ、そうか……」
「同類がいないか探してたのよ。あの招待状、切手と消印がなかったでしょ? 郵便の配達じゃなかったから、近所で何通か放り込んだんじゃないかと思って」
「なるほどなー。投函されてそうなところはどうやって絞り込んだんだ?」
新がやるんだったら、まず一軒家は避ける。家族と同居している可能性が高く、見られたら捨てられるリスクもあるからだ。若年層を狙うなら、独居の多い独身者向けマンションで、こんな遊びに付き合える余力のある、そこそこ収入に余裕のありそうなところ。不動産情報さえあれば、狙う物件は絞れるだろう。
しかし佳乃は、それには全然答えなかった。
「……あのー、天花寺さん?」
「…………」
あまりに沈黙が長いので、新は試しに聞いてみた。
「もしかして虱潰しに探した?」
「あの時は、頭に血が上ってたのよ」
「…………」
今度は新が黙り込んだ末に、言った。
「お前、馬鹿なんだな……」
「今、あの男と私を同じカテゴリーに入れたわね」
「いや、馬鹿は馬鹿でも濃淡ってやつがあってお前は淡い方……いや待てギブギブ」
佳乃が本気で胸元をねじり上げてくるので、新は焦った。
「もう一回言ったら、この程度じゃすまないわよ」
最後に佳乃はそう吐き捨てて、雑巾のように新を放り出して帰っていった。取り残された新は、その後姿を見ながらため息をつく。
「これは、明日から大変そうだな……」
新のつぶやきは、誰に聞かれることもなく、夏の風の中に消えていった。




