不均等な部屋
「そ、そんな屁理屈……」
「そう、屁理屈よ。でも、『やっちゃいけない』とは一言も言われてないから。熊谷さん、あなた脇が甘すぎるの。『役不足』の正式な用法くらい、ちゃんと調べておきなさい」
佳乃はぴしりと言ってから、婆さんの方に向き直った。
「今回は私の勝ちってことでいいのよね?」
「ああ。特別ルールだ、仕方ないさ。規定に伴い、ポイントが移動。天花寺佳乃は合計二十ポイントとなり、ポイントがなくなった熊谷明日美は強制的に失格となる。これにて、終了とする」
「はあ!? そんなのあり!? 私は全く何のヒントもなく、騙し討ちされたようなもんなのよ!」
「それは違うな」
宗一郎が言った。彼の声は張り上げなくても良く通る。会場内の視線が、一斉に宗一郎に集中した。
「ちゃんとヒントは出してたよ? まあ、分かりにくくはあったけど」
「そうですね。少なくとも、『普通のブラックジャックではないかもしれない』という匂わせはありました。……まあ、ここまで無茶苦茶をされるとは、想定しておりませんでしたけれど」
宗一郎の横で、鹿ノ子が苦笑している。
「ヒント? あったか?」
「さあ……」
「佳乃が言ったろ。ディーラーに勝ったら、後はプレイヤー同士の勝負になるって」
首をかしげる五郎と直美に、新は言う。
「それの何がおかしいの?」
「ブラックジャックってのは、ディーラーとプレイヤーの勝負だ。だから、隣のプレイヤーが勝とうが負けようが、自分には一切関係がない。そういう説明をしなかったってことは、変則ルールの可能性があるってことだ」
ただ、これ以上説明しなかったのは明らかに意地が悪い。佳乃は佳乃で、熊谷のことが嫌いだったということだろう。
「な、そんな……」
「君は少し先走りすぎなところがあるから。相手にうまいこと、利用されたね」
宗一郎に苦笑されて、熊谷は顔を真っ赤にした。その怒りは、今度は全く違う方に向かう。
「ちょっと運営! こんなの無効に決まってるじゃない! 取り消しなさいよ」
「話を聞いてなかったのかね」
老婆が半分あきれ顔で言った。
「無茶苦茶なことは認めた上で、それでもこちらに止める理屈はないってさっき言ったろう。矛盾を冷静に指摘できるってんなら、聞くけど」
老婆に言われて、熊谷はグッと言葉に詰まった。取り巻きの顔を見るも、彼女らも打つ手がないとばかりに首を横に振る。
「何よ! あんたらも何か考えなさいよ!」
熊谷に嚙みつかれた取り巻きだったが、明らかにさっきとは目の色が違っていた。そして片方が、こう切り返す。
「なんであーしらが、あんたのために一生懸命考えてやんなきゃならないの? もう失格になったくせに、偉そうに説教しないでよ」
「な、麻美子、あんたっ!?」
そしてもう片方は、口にはしないもののその麻美子という女の後ろにすっと隠れてしまう。熊谷を庇う気がないのは明白だった。
「あんたが勝手に突っ込んで、勝手に負けただけじゃん。親が金持ちだからって、いちいちブランド物見せてくるのも鬱陶しいと思ってたし。早めに消えてくれて助かったわ」
「な、な、な……」
「お疲れ様。あたしたちは頑張っていい男探すから、あんたは一人で帰りなさいよ。ばいばーい」
飼い犬に手を噛まれるとはこのことで、熊谷は一気に逆上した。手をかぎ爪の形にして、二人に飛びかかろうとする。しかし、黒ジャージたちが素早く彼女の前に立ちふさがった。
「あんたの負けだよ。大人しく荷物をまとめな。そうするつもりがないってんなら、こちらも強硬手段をとらせてもらう。腕や足の一本、変な折れ方をしても構わないってんなら戦ってみな」
ここまで言われてもなお、熊谷は強行突破をかけようとする。すると黒服の一人が、彼女を一本背負いして、思い切り床に叩きつけた。これでようやく、熊谷は動かなくなる。
「やれやれ。大騒ぎして悪かったね」
老婆はそう言った後、今度は佳乃に向き直った。
「……今回は面白かったから認めたが、次からこんな手は通用しないよ」
「分かってます」
「明日からのゲームは、最初に運営側からルールと勝利条件が通達される。それを守らなかったら失格だからね、そのつもりで。あんたの境遇を考えたら、必死なのは分かるけどね」
老婆は佳乃の過去を匂わせ、にやりと笑う。佳乃の方は毒でも飲み込んだような顔をして、ゆっくりとうなずいた。
「ゲームの結果、天花寺佳乃のみ二十ポイントの状態で明日の勝負を開始する。以上、全員解散」
その号令で、黒服たちが台や設備の片づけを始める。ようやく参加者たちは各班固まって、荷物をまとめ始めた。
「案内役の黒服がもうすぐ来るんだっけ? それまで暇だな」
新は家が近い五郎と話しながら、手を動かす。
先ほどまで勝負をしていた佳乃は、班の仲間とつるむこともなく、さっさと公民館を出る支度をしている。十二班は八班と同じく男性二名女性二名の班だが、残りの面子が戸惑っているのが見えた。
「ねえ、あの人って怖い人なの?」
十二班の女子に話しかけられて、新は頭をかいた。
「……根は悪い奴じゃないと思うけど、今は気が立ってると思うからなあ。しばらくほっとけ」
新が言うと、班員たちはちょっとほっとした顔でうなずいた。
「そうそう、慌ててると反射的なことしかできなくなるから、話しかけたらさっきのノリで返されるかも。喧嘩になりたくなかったら、夕食のときにでも話しかけてみるといいよ」
「えー、醍醐さんでもそういう時、あるんですか?」
さっそく残り二人になってしまった、十一班の女子たちが話に乗る。熊谷のことなんて、もうどうでもいいようだった。
「あるよ。火事に出くわした時なんか、通報のスマホ画面を連打する指が震えちゃってさ。電話の時も、うまくしゃべれなかったな」
「かわいー」
宗一郎がスマホを持つ様子を再現すると、女子が黄色い声をあげる。情けないの間違いだろ、と新は思ったが、女子に噛みつかれると厄介なので黙っておいた。
「ち、イケメンがやりゃあ何でもかわいいのかよ」
「やはり滅ぼさねばならない存在……」
「エロイムエッサイムエロイムエッサイム」
五郎の九班が総出で毒づいている。しかし宗一郎には全く刺さっていない様子で、かえって哀れだった。逆に佳乃の方が、黄色い声にストレスが増したのか限界まで目を見開いている。
「皆様、お待たせしました。各班、先導する担当者の指示に従ってください」
さっきのディーラー男が号令をかけた。だいたい同じくらいの年代──三十代から四十代──の黒ジャージたちが、各班の前にすっと立つ。新たちの班には、やや年かさの四十代と思われる男がついた。小柄であるが、身のこなしはてきぱきしている。
他の班とは別れ、公民館から見て東南の方向に伸びた道をずんずん進むと、大き目の農家が見えてきた。玄関から入ってみると長い廊下が伸びていて、正面から見て右手側に扉が一つ。廊下は左手側が大きく折れ曲がり、奥に続いている。
「左手側奥は浴室・洗面所・トイレが並んでいます。特筆すべき設備はないので、後で確認してください」
そう言ってから黒服は、玄関から見える扉の中に入っていく。そこは広々としたリビングで、奥にはキッチンも見えた。キッチンのそばには壁際に大きな冷蔵庫と食器棚、手前側のソファセットの横には壁掛けテレビがついている。全体的に黒と赤が多用された、だいぶモダンな内装だ。この村に若い人はいないと聞いていたが、運営がリフォームでもしたのだろうか。
「この村にはコンビニもありませんので、冷蔵庫に入っている食材を使って、皆さんで自炊していただくことになります。十分用意したと思いますが、食品や物品が足りなくなった場合は運営に申請用紙を使って申し出てください。二時間後には届けます。ただ、あまりに特殊なものは無理ですのでそこはご承知を」
説明を聞きながらリビングの壁に目をやると、右に一つ、正面に二つ、左に二つ扉がある。黒服はまず右手側にある扉を開いた。すると、扉の下は階段になっていて、その先は土間になっていた。
「竈がある!」
「はい、古い農家ですので。実際に使われてはいないようですが、使用時は火の元に十分注意してください」
竈に興奮して、女性陣が声をあげた。もしかしたら、竈炊きのご飯とか作ってくれるかもしれないと、新は少し期待する。
リビングに戻ると、黒ジャージは残り四つの扉をさした。
「後四つの扉は、皆様の個室への入り口です。今から指示する部屋に入ってください。くれぐれも、勝手に変更しないこと」
新は左手壁の奥の扉を指示された。左手手前には静馬、正面左側には佐藤、右側には横田が割り当てられる。言われるがまま、新は部屋に入った。
「おお、けっこう広い……」
思わず声が漏れた。おそらく十畳~十二畳くらいの広さの部屋に、机とパソコン、ベッドが並んでいる。部屋の中央にはローテーブルとクッションが置かれ、数人で集まれるようにもなっていた。壁には月の絵までかかっていて、なかなかおしゃれである。
「いい部屋じゃないか。パソコンも一人一台あるみたいだし」
これで変な脅迫さえされていなければ最高なのに……と思いながら、新はリビングに戻った。
「部屋の設備について、特に質問はありませんか? なければパソコンのロック解除に必要なパスワードをお教えして、解散となります。ネット接続に必要なパスワードはデスク記載のものになりますので、間違えないように」
どこからも異論が出なかったので、黒服はメモを手渡して帰っていった。参加者だけになると、やはり少しほっとする。
「思ったより綺麗な家で良かったよね。農家っていうから、畳かと思ってた」
「そうそう。私、布団って苦手だからベッドで良かった」
自然と各自の部屋の話になり、だいたい置いてある物は同じであることがわかった。ただ、新の部屋にあったローテーブルとクッションは、他の部屋にはないらしい。
「私の部屋、そんな物置けるほど広くなかったよ」
「私のも」
ということで互いの部屋を覗き合う。確かに新の部屋が一番広く、次いで静馬の部屋が大きい。女性陣二人の部屋は六畳程度で、新の部屋と同じ設備を入れたらギチギチだった。後は壁にかかっている絵が各部屋で違う。静馬の部屋は鳥、女性二人の部屋は山の絵だ。
「いいなあ、私も広い部屋欲しい」
こうなると、不満が出てくるのは当然である。部屋の大小は聞いていたが、ここまであからさまに違うとは思っていなかった。
新だって申し訳ないが、運営から動くなと言われているので交代することはできない。一体、何で部屋割りが決まったのか運営側に聞いてみたい気分だった。
「ま、言ったってしょうがないよね……クジとかで決まったかもしれないしさ」
一番狭い部屋を割り当てられた女子二人がわりとさっぱりしているのに助けられ、新ほ胸をなで下ろす。
「それよりさ、聞いておきたいことがあるんだけど」
静馬はたっぷり間をおいてから、一同に向かって重々しく切り出した。
「……この中で誰か料理できたりするか? 自慢じゃないが俺は実家の母から『私の目が黒いうちはお前を台所に入れない』と言われたくらいに下手だ」
「なんだその情けない独白」
新がツッコミを入れるも、静馬の表情は真剣なままだ。さらに悪いことに、佐藤と横田まで顔色が悪い。
「……おい、まさか」
「ごめんっ! あたしも料理、全然自信ないっ!」
「私も。お父さんの誕生日に料理を作ったら、顔を真っ青にして食べてた!」
「というわけで……うちの班で自炊ができそうなのはお前しかいないと分かった! 頼む、光瀬!」
「ええぇ……」
新は情けない声を漏らした。確かに自炊はするが、それはルーを使ったカレーとか、残り物のチャーハンとかその程度のものだ。とてもではないが、人に食べさせられるようなものではない。
そう言い含めたのだが、残りの三人は「もっとできない」と言い張るばかりだ。それならこちらにも考えがある、と新は腕を組む。




