彼女の勝手な指
「まあ、単純に言えば数合わせだよ。手元にカードを集めていって、合計点数が二十一に近い奴が勝ちってゲームだ」
使うトランプはジョーカー以外の五十二枚。二から十までの数字はそのまま数を読めばいいのだが、絵札は十一、十二、十三ではなく全て十として扱う。
「なんかややこしいな……」
「もっとややこしいカードがあるぞ」
ブラックジャックで最も強力なカードが、各スートのエースである。文字通り「一」として使ってもいいし、「十一」と数えてもいいという、一人二役ができる唯一のカードだ。
「じゃあ、例えばエースと数字の十がそろってたら、絶対負けないってこと?」
いつの間にか傍にいた直美が聞いてくる。
「ああ。最初にその手がそろってれば『ブラックジャック』っていう状態になって、その時点でそいつの勝ちだ。たまたま相手が同じ手をそろえてたら引き分けだけど、そんなことはそうそうない」
「じゃあ、基本的には数字の大きいカードを持ってた方がいいってこと?」
「単純にそういうわけでもない。手持ちの数が二十一を超えてしまったら、無条件に負けだからな」
だからプレイヤーは、「これ以上詰めたら逆に負けるな」と思ったら、カードを引かないという選択も許されている。どう引いたら相手よりも勝利条件に近づけるか、その可能性を読んで賭けるゲームなのだ。
「この条件だと、熱くなってる向こうの方が不利っぽいけど」
直美が言う。ただ、そうとも言い切れないのがブラックジャックの怖いところだ。
「最初にいい手が来たら、何もしなくても勝てるゲームでもあるからな」
新がそう言ったところで、モニターが佳乃たちを映し出した。集音マイクがあるのか、話し声もクリアに聞こえてくる。
「ルールの確認よ。まずはディーラーに勝つこと。それができなかった場合は、即座に敗者となる。ここまではいいわね」
佳乃の声だ。新はわずかに眉を上げたが、そのまま黙って聞いていた。
「え、ええ」
「両方ともディーラーに勝った場合、二人の間でより二十一に近かった方が勝ち。こんなところでいい?」
「いいわよそれで。そのくらい知ってたわ」
「後から『そんなこと聞いてない』ってゴネられても困るから」
女二人の会話が終わったところで、ディーラーが手を打ち合わせた。手袋をしているので、ぽふっと軽い音だけが鳴る。
「では、ただ今からゲームを開始いたします。お二人ともよろしいですね?」
「はい」
「望むところよ」
ディーラーはうなずき、さらにこう言った。
「賭けるポイントはどうなさいますか? 本勝負と同じく、最低五ポイントからお受けしますが」
「私は五で」
慎重に佳乃が刻む。しかしこれを聞いて鼻で笑ったのが、熊谷だ。
「そんな安全な手を取るなんて……よっぽど負けるのが怖いの?」
「じゃあ、どうするの」
むっとした顔で佳乃が言うと、熊谷はディーラーを正面から見据えた。
「せっかくの特別ゲームなんだから、お互いポイント全賭けでいかせてもらってもいいかしら? あのお婆さんも、そうじゃないと面白くないでしょう」
「当方は構いません。天花寺様さえよろしければ、どうぞ。もちろん五ポイントのままでも、参加は可能でございます」
「……分かった。全て賭けるわ。後悔しないことね、熊谷さん」
話はまとまった。ディーラーがカジノよろしく「ノーモアベット」と声をかけ、勝負を開始する。
まずはプレイヤーに手札が二枚配られる。これは両方とも表になっており、二人の数字は周囲に丸わかりだ。熊谷の手札は「スペードの十」と「ハートの八」、佳乃の手札は「ダイヤの二」と「ハートの七」である。
そしてディーラーは、二枚のうち一枚だけ表にして手札を置く。表になっているのは「クラブの六」である。
「熊谷って姉ちゃんの手札、結構いいじゃねえの。逆に、佳乃ちゃんの方は全然ダメだな」
「そうとも限らないよ」
涼やかな声がしたので振り返ると、宗一郎が立っていた。どう言いくるめたのか分からないが、取り巻きは振り切ってきている。
「十八まで進んでしまうと、かえって追加の札を引きにくくなるんだ」
ブラックジャックは、初手の札だけで全てが決まるわけではない。自分の札が二十一から遠ければ、山札からカードをもらって数字を増せるのだ。ちなみにこれに枚数制限はない。
「エース、一、二、三を引かないと、その場で負けになってしまいますからね。成功が五十二分の十二となると……成功率は二割強。分の悪い勝負と言えますわ」
鹿ノ子と聖もこっちに来ている。初期の車メンバーは目立つし気やすいので、自然にみんな集まりたがるようだ。
「なるほどね。それならまだ『九』どまりの佳乃の方がラッキーかも。だって九の札が来たら並べるし、十扱いの札なら一気に逆転だもん」
「まあ、最初にそんな高い数字が来るとは限らない。五、六、七を引いちまうのが一番微妙なパターンだな」
これだと相手より微妙に点数が低い上、追加でカードを引くかどうかの判断を迫られてしまう。
「熊谷は手堅くパスを選ぶだろうから、ゲームの焦点となるのは佳乃の動きだろうな」
「でしょうね。次に彼女が引いたカードの強さで流れが変わるでしょう」
「一発で決まってしまうと面白くないけどね」
「んん……」
新たちの言葉に、五郎と直美が唸った。いまいち流れについていけていないようで、ひたすら首をひねっている。
「どうしたんだよ」
「……なんで熊谷はパスするのかから、すごく丁寧に教えてくれ!」
「そうだよ。ディーラーに勝つためには、妥協してちゃダメじゃないの?」
「そこからかよ」
幸い、佳乃と熊谷は読み合いに入っている様子だったので、新はこの間にさっと解説してしまうことにした。
「十八っていう数字は、さっきお前が言った通り『いいとこ』のラインだ。このままでも相手に勝てる可能性は十分ある。ここまではいいな?」
「うん」
「そしてディーラーの動きだ。今、六のカードが表向きになってるだろ? これって、プレイヤーには有利な札なんだよ」
「なんで?」
小学生のように真っ黒な瞳を向けてくる二人を見て、新はため息をついた。
「プレイヤーが数を確定させるだろ? その後ディーラーが伏せてたカードをめくって、追加でカードを引く場面に入るんだ。この時、ディーラーにはもう一つルールが課せられる」
「「何?」」
五郎と直美の声がぴったり重なった。喧嘩をしながらも、やはりこの二人仲が良い。
「それは『十七点以上になるまで、カードを引かなければいけない』というものだ。つまり十六点や十五点という、比較的リスクの高い番号でもディーラーは止まれない。カードの数字が二十一を超えると『バースト』という自動的な負け状態となるのは、プレイヤーもディーラーも変わらないのにな」
「そこまでは分かったけど……あ、そっか」
直美はここでぴんときた様子だったが、五郎はまだ涙目である。
「なんだよお! 俺にもきっちり教えろよお、隅から隅までよお!」
「分かった分かった。純度の高い馬鹿にも分かるように教えてやる。今、もしあの伏せたカードが『十』だったら、合計数字はどうなる?」
「十五!」
「なんでそこ間違える」
確率計算どころか足し算が怪しいレベルの友人を憐れみながら、新はさらに続けた。
「正解は『十六』だ。だが規定の十七には届かない。この状態で無理してカードを引くと、六以上のカードを引いた時点でディーラーのバースト負けが確定する」
その確率を計算すると、最大(プレイヤーの手札に六以上が一枚もないとした状態)で六割を超える。プレイヤーからしてみたら勝手にディーラーが負けてくれる確率が半分以上もあれば、強気の勝負ができるというわけだ。
「ま、十六になるのは一番都合のいいパターンだけどね。その下の数字でもバーストの確率は上がるから、勝負する価値はあると思うよ」
「つまりこの状況だと、ディーラーに対しては有利になってるから、熊谷って人は佳乃を強く意識するってことか」
「そうだよ……あっ」
宗一郎が画面を指さす。すると今、佳乃がカードを引いたところだった。その一枚は、「クローバーの八」である。これで、佳乃の数字合計は十七。今のところ、熊谷に一ポイント負けている。
「さて、これからどうなさいますかしら。少ない可能性に賭けてカードを引くか、このままステイするか」
鹿ノ子が面白そうに言う。画面の中の佳乃はその声が聞こえたかのように、しばし考えこんだ。
そして、彼女は決断する。
「……追加はなしよ」
この瞬間、熊谷の顔が一瞬緩んだ。しかし、これで勝利が確定したわけでないことを思い出したのか、慌てて表情を引き締める。
「本当によろしいですか?」
「はい」
ディーラーの確認を経て、現時点でのプレイヤー点数が確定した。熊谷十八点、佳乃十七点。これで明らかになっていないのは、ディーラーの点数だけだ。
「では、私のカードを開きます」
ディーラーの指が、伏せられていたカードをひっくり返す。そこに出てきたのは、「スペードの九」。新たちの想像通り、バーストの可能性が高い一枚である。
「おや、これはちょっといけない手ですね。さて、規定に従ってカードを引くとしましょう」
ディーラーはおどけた調子で肩をすくめてみせ、山札から一枚を拾いあげた。しげしげ見てから、それを卓の上に置く。
「ダイヤのクイーン」
誰かがぼそっとつぶやいた言葉が、新の耳に飛び込んできた。六+九+十=二十五。つまり、バーストだ。
「おやおや、私はどうやら自爆してしまったようですね。ということで後は……」
ディーラーがちらりと視線をよこす。熊谷がそっくり反って、高らかに勝利宣言をしようとした時──佳乃の手が、つっと動いた。
「何、してんの?」
直美の漏らした言葉が、会場にいた者全ての感情を代弁していた。佳乃はとっくに用済みのはずの山札から、一枚カードを引いてみせたのである。クローバーのキング。彼女は首を振って、それから数枚、引いては捨て、引いては捨てを繰り返した。熊谷はもちろん、ディーラーすら呆気にとられて、佳乃を止めることはできなかった。
「あ、ようやく当たった」
佳乃はハートの四を引き当てたところで、ぴたっと指を止めた。そしてそれを、何のためらいもなく手札に加える。
「はい、二十一。これで私の勝ちね」
「な、な、な……」
あろうことか先に勝利宣言をされてしまい、熊谷はバリバリと顔をかきむしった。綺麗についていたつけまつげが、虫のように落ちて卓の上に転がる。
「何言ってんのよあんたっ! そんなことしたら、ゲームとして成立しなくなるに決まってるじゃないの!」
「成立するわよ」
熊谷は唾を飛ばしながら佳乃ににじり寄り、間に入ったディーラーに止められた。安全を確保したのをチェックしてから、佳乃は口を開く。
「だって私たちがやっているのは、ブラックジャックじゃないんだから」
この発言には、全員が顎が外れそうになるほど驚いた。では、今まで自分たちは一体、何を見せられていたというのか。
「……あっはっはっ。小娘、どうにも動きが怪しいなと思っていたが、そういうことかい」
老婆が面白そうに笑う声が、マイクから聞こえてきた。
「『ブラックジャック』だと思っていたのはそこの女であって、あんたも運営もそうだとは一言も口にしちゃいない。そのことを逆手にとったね?」
そう。画面に表示されていたのは「21」の文字だけだし、佳乃は「ルールの確認」とは言ったが、「ブラックジャックのルール」とは一言も言わなかった。そして運営側に一切正式な発言をさせないまま、佳乃は押し切ったのだ。




