猫は泥棒に爪を立てる
「報酬については分かったかい? では次に、スケジュールを説明するよ」
それから老婆が語ったことを、ざっとまとめるとこうなる。
初日の今日は、説明会の後は散会。各自宿舎で食事をしたら、消灯時間の十時には電気を消して眠る。
「夜に抜け出す、騒ぐ、暴力などで対戦相手の妨害をしようとする奴がいるといけないから、うちの人間が巡回させてもらうよ。見つかったら即刻退去してもらうから、そのつもりでね」
と老婆は言い足した。
明日からはゲームの開始だ。一日に一つずつゲームが行われ、最終日の朝に最後のゲームが行われて決着となる。占めて四泊五日の日程で、ゲームは四つ。それぞれの日で順位によってポイントがもらえ、最後に最も高かった者が優勝である。
「ポイントは最初に、一律で十与えられる。ゲームの参加には最低で五ポイント必要だから、それは残しておくようにね。ゼロになった奴は、強制的に失格だよ」
つまり、何も獲得できなければ、二回目の勝負が終わった時点で自動的にゲームオーバー、ということである。
「最低で五ポイントということは、もっと賭けても構わないということですか?」
宗一郎が聞く。老婆がうなずいた。
「最初に賭けたポイントが多ければ、ゲームで得られる全てのポイントに割り増しがつく。全額賭ければ、倍になる。ただ負ければ全てを失うから、よく考えるんだね」
さて、晴れてゲームが終わった後は、ポイントを使ってほしい人脈を選ぶのだそうだ。ちなみにこれは、生き残ったプレイヤーすべてに権利がある。誰に何ポイント必要かはここでは明かせないが、基本的に有能だったり、評価が高い人物ほど多く必要になるのは間違いないという。
「だから、できるだけ大勝ちして貯めておくに越したことはないね。あと、ゲームオーバーにはなるだけならないこと。終盤になれば、順位とは別にポイントを獲得できる仕組みも作ってあるからね」
ポイントの説明は以上だった。今のところ会場からの質問がないのを確認してから、老婆は次の話にうつる。
「さて、あんたたちの宿のことだが。これは、周囲の民家を借り上げて宿にしてある。今、地図を配るから待ってなさい」
どこからか黒服の男たちが出てきて、地図を配った。この人たちはスーツでなく、全員ジャージなのが妙に現実っぽい。おそらく、巡回と捕縛も任されている実働部隊なのだろう。
地図には周辺の山や森まで書き込まれているが、重要なのは中心にでんとある公民館と、それと道でつながっている十二の家だ。時計の針の元締めのところが公民館だとしたら、零時の地点にある家に「一」の番号がふってある。そこから反時計回りに二から十二まで、一軒ずつの割り当てがあった。
もちろん普通の民家だから、家の大きさにはばらつきがあるし、立地も様々だ。公民館に一番近いのが「十一」で、逆に最も遠いのが「六」。一区画に一つの家が原則だが、「四」と「五」、「九」と「十」は、二世帯住宅だったのか、二棟が連続して立っている。
「どこの家でも、基本的な設備はそろってるよ。ゲームは公民館でやるから、遠い家だとちょっと早く出なきゃいけないくらいかね。まあ、そのくらいは各自で気を付けておくれな。もういい大人なんだからね」
老婆は言いながら、ちらっと黒ジャージたちに目を向けた。
「最初はうちの者が、各自を家へ送り届ける。部屋の大小があるから、悪いけど揉めないように部屋割りはこっちで決めさせてもらった。これは固定だから、個人で勝手に変更しないこと。これを破った場合は、ゲームオーバーだ」
たかが部屋一つでずいぶんと厳重だな、と新は思ったが、老婆はその理由を話すつもりはなさそうだった。
「さて、詳しいゲームのルールは明日説明しよう。なに、元はトランプのゲームだ、そう難解なものじゃない。ただ、全くそっちの知識がないという者は、スマホや家のパソコンで基本的なゲームのことを調べても構わないよ」
「ネット通じるの、ここ!?」
喜びの声をあげたのは直美だった。老婆は呆れた様子で、そちらを向く。
「ここがいくら田舎でも、日本国内だよ。水道・電気・ガス・ネット系のインフラは完備してあるから好きにお使い。別に毎日、実家に連絡したって構わない。ただ、一つだけやってほしくないのは……本番中に直接ゲームの内容をあげて、攻略法なんかを探ることだね」
「それをやったら失格?」
「さよう」
また一つ禁止事項が増えた。新は脳内にそれを刻む。
「事前の調べものや対策は許可されているってことね。さっきあのお婆さんが言ってたけれど」
佳乃がうなずく横で、直美が手をあげる。
「自分のチャンネルの動画編集なら構わないかなあ?」
「ああ。ただ、このゲームの内容を動画にして公開しようってのはやめとくれよ。それも、分かった時点で失格だから」
「分かりましたぁ」
直美は明らかに嬉しそうな様子で引き下がった。動画の制作自体が好きな直美は、きっと家にあるパソコンを占領することだろう、と新は想像する。
「……さて、こんなところかね。ここからは各自動いておくれ。ゲーム開始は明朝九時。この時刻に、公民館に着いていることが参加条件だよ。せいぜい、遅れないように頑張っておくれ」
老婆がひらひらと手を振って、舞台の袖の方へ引っ込む。しかし完全に幕の間には消えず、舞台上に黒ジャージを集めて話をしていた。彼らに家まで案内してもらうことになっているため、結局誰もここから出られずにしばし待つ。
その間に会話が始まり、皆が列を乱して勝手に交じり合ったが、運営側は誰も止めようとはしなかった。
「新~、頼む、俺と班代わってくれ! こんな地獄みたいな環境には耐えられん!」
しゃべれるようになると、さっそく隣の班の五郎が泣きついてきた。その反応を予想していた新は、にべもなく首を横に振る。
「ダメ」
「なんでだよ!? 俺たちの間には熱い友情が流れているはずではなかったのか、なあ同志!!」
「気持ち悪いな。さっき婆さんが言ってただろ、部屋割りを勝手に変えるなって。この班にも意味があるようだから、下手に動かすと失格になるぞ」
可愛い子を紹介してもらえるチャンスをみすみす逃すのか、と新が言うと、ようやく五郎は静かになった。
「五郎はまだいいじゃん。新と近いし。私は気が合う面子もいなさそうだし、公民館から遠いしでいいとこなしだよ。動画いじれるのだけは嬉しいけど」
直美が近寄ってきて言う。それに宗一郎からも遠いしな、と新は心の中でこっそり付け加えた。
「私も聖と少し遠くなりましたわね。同じ班なら、心強かったのですが」
「くれぐれも、無謀な行動は慎んでください。そして、お嬢様と同じ班の男たちを去勢する許可をください」
「聖、そこまでしなくて良いですよ」
鹿ノ子と聖も近くで会話している。さて宗一郎と佳乃は、と新が顔を向けてみると、あちらはすでに民族大移動……ならぬ女子大移動が起きていた。このチャンスに少しでも距離を詰めようと、宗一郎の近くに円陣ができている。
中でも宗一郎と同じ班の女子三人は、必死を通り越して怖いレベルだった。もともと新たちのように顔見知りで参加したらしく、三人で固まって女子の接近を阻もうとしている。みんな髪をふんわり巻いてパステルカラーの服を着たいわゆる「モテ女」の服装なのだが、今度ばかりはその形相が服装に全く合っていない。
「こっええ……」
女子ならみんな好き、と公言するレベルの五郎ですら引いている。もちろん会場全ての男がそうなのだが、彼女らは宗一郎以外全然目に入っていない様子だ。
「あの、後で遊びに行っていいですか?」
勇敢にも、外から一人の女子が宗一郎に接触を試みた。それに、三人は猛反発する。
「はあ!? なんで他の家の人が勝手に来るのよ。十一の家は私たちも使ってるんだから、全員の許可をとってほしいわね!」
「そうよそうよ」
「……そんなこと言わないで、皆で仲良くやろうよ。せっかく同じゲームに参加するんだからさ」
「ダメですよ、宗一郎さん。こういう人たちは、家に上がり込んで妨害をしてくるに決まってます!」
当の宗一郎がなだめても、聞く耳を持たない。さすがに彼も苦笑して、ついと横に立っていた佳乃に顔を向けた。
「なら、彼女はどうだい? 佳乃さんっていって、行きの車で一緒だったんだ。綺麗だしいい人だし、話も面白い。きっと友達になれるよ」
いきなり水を向けられた佳乃は、驚いて目を見開く。彼女はこの騒ぎを冷ややかな目で見ていたから、余計びっくりしたのだろうと新は同情した。
「名前呼び?」
「行きの車で一緒?」
「話をしたですってぇっ」
取り巻きの三人は各々、違う単語に引っかかってヒートアップしている。もう少し上っつらを取り繕えば好感度が得られそうなのに、怒りのためにそれが完全に飛んでしまっている様子だ。
「なんだい、喧嘩かい!?」
しかしさすがに、この大騒ぎを聞きつけた老婆が鋭い声を投げかける。まだ怒りの表情を浮かべていたものの、三人組は口をつぐんだ。
「良かった」
新は思わず低くつぶやく。しかしその直後、思ってもみなかった言葉が飛んできた。
「そんなに揉めるんなら、特別にひと勝負設けてやるよ。文句があるなら、ゲームで決着をおつけ」
「え?」
会場内がざわつく。これには佳乃と宗一郎、そして女たちもぽかんとしていた。
「そ、そんなのありなの?」
直美が聞くと、老婆は肩をすくめてみせた。
「なんだい、このまま女同士の醜いとっつかみ合いを見たいのかい? 私はそんなのごめんだけどね」
「うーん……それはそうだけど……」
「あんたたち、それでいいかい? 上手くいけば、その綺麗なお嬢さんを初手から叩きのめせるよ」
老婆に問われて、三人組は一瞬目を見合わせた。そしてすぐに力強くうなずき、参加の意思を示す。三人組のセンターに立っていた、一番背の高い女子が自信たっぷりの様子で進み出た。どうやら彼女が挑戦するつもりのようである。彼女は確か……熊谷とか言ったか。新は記憶をたぐって、ファイルの情報を引っ張り出した。
「やるわ。私が代表よ。佳乃さん、あなたもしかして逃げたりしないでしょうね?」
「……本音を言うなら、こんなバカ騒ぎからは逃げたいところなんだけど。あなたに負けたと思うと癪だから、やるわ」
佳乃は本当に心底嫌そうだったが、ゲームに同意した。それならばと、運営側は参加者を一旦壁際に下がらせる。
「やりやがったな、あいつ」
新は低くつぶやいたが、それには誰も反応しなかった。
待っていると、奥からゲームのためのテーブルが出てきた。そして壁のあちこちにモニターがとりつけられ、プレイヤーの手元が詳細に見えるようになる。運営側からすれば、どうせ明日やるはずだった準備が今できて良かった、くらいに思っているのかもしれない。
最後に、老婆の背後に巨大なモニタが現れ、そこにでかでかと「21」の数字が浮かび上がる。
「トランプで21って言ったら……」
「ブラックジャックね!」
熊谷はやる気満々の顔で言い放ち、佳乃に指を向けた。
「佳乃さんとやら。正直、あなたじゃ私の相手には役不足だけど……勝負してあげるわ。ありがたく思いなさい」
「ここまですぐ負けそうな台詞を吐く人も珍しい」
「黙れっ!!」
いきり立つ相手にため息をつきつつも、佳乃はテーブルについた。今回ディーラー役をやるのは、新たちの車を運転していた男である。彼はそつがない動きで、カードをシャッフルしていた。
「なあ、ブラックジャックってどんなゲームなんだ?」
五郎が聞いてきたので、新は視線を横に向ける。




