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顔合わせのリムジン

「……今、封筒を見せていたように思ったんだけど。もしかして、これと同じ物を持ってる?」


 美女は先手をとって、封筒をバッグから出した。真っ黒な鞄に白い指が映えて、(あらた)はどきどきする。


「ああ、持ってるよ」


 その動揺を隠すために、新はあえてざっかけない口調で答えた。相手も丁寧語でないのだから、少しくらい崩しても構わないだろうと判断したのだ。


「……確かに同じ物ね」


 予測は当たり、美女はさして表情を歪めずにうなずく。


「あら、皆さん同じ境遇でしたの。もしかしたら、全員同じ新幹線に乗っていたのかもしれませんね」


 うふふ、と笑いながら、後から来たお嬢様も封筒を出す。二通あるから、傍にいる男性も正式な招待者ということだろう。


「私、財前鹿ノ子(ざいぜんかのこ)と申しますわ。この大きなのは、付き人の村雨聖(むらさめひじり)。お手柔らかによろしく。あなたは?」

「……天花寺佳乃(てんかいじよしの)。あまり話す機会はないと思うけど」


 一通り名前だけ見たところで、新は息をついた。皆、芸能人みたいな名前の連中ばかりである。最も本物が見劣りはしていないから、似合ってはいるのだが……隣の五郎や直美を見ると、妙に落ち着くのも事実だった。


「鹿ノ子さんに佳乃ちゃんかあ。……いやあ、どっちと仲良くなるか、俺としては困ってしまいますな」

「捕らぬ狸の皮算用」

「絵に描いた餅」

「それなら、砂上の楼閣という言い方もありますわ」

「机上の空論も捨てがたいわね」

「なんだよお前ら、急速に仲良くなりやがって──!!」


 さっと感想を述べた新と直美に、よっぽど不快だったのか鹿ノ子と佳乃が乗っかる。五郎は涙目になったが、抱き着く対象がイケメンかスポーツマンしかいなかったため、頭を抱えてその場にしゃがみこんだ。


「まあまあ。これからみっちり、四泊五日も一緒に過ごすんだから。仲良くなる機会はいくらでもあるさ」

「おばえ(お前)なんかに優しくされたって、ほだされねえからな!!」


 唯一優しくしてくれるのが最大の敵という矛盾に翻弄され、五郎が悶えている。その様子を見ていた佳乃が、新の横に静かに寄ってきた。


「ねえ。あの人、本当に参加者なの?」

「残念ながらそうだ」

「参加したら、きっとひどい目に遭うわよ。葱が実に似合いそうだもの」

「……俺もそう思ってる。なんとか辞退できないか、運営側にかけあってみようかと思ってるところだ」


 新が言うと、佳乃は一瞬豆鉄砲をくらったような顔をした。


「なんだよ」

「思ってたより優しいのね」

「その言いぐさは失礼だぞ。……ある程度知ってる相手が不幸になるってのは、気持ち良いもんじゃないだろ? 俺は明日食う飯がマズくなることはしない主義だ」


 例えばわざと五郎や直美を参加させて出し抜いたとしても、新は完全に罪の意識を忘れて舞い上がれるタイプではない。他の参加者に二人が蹴落とされても、不愉快になるだろう。それならば最初から手間を省いて、自分を快適にしたい。新の中にあるのは、そういう思いである。


「だから優しいとかじゃない。自分がキツい状況を回避したいってだけだ。そこ勘違いすんなよ。仮にお前がどうにかなったところで、助けないからな」

「ふうん」


 佳乃はあなたって嘘つきね、という顔をしながらも、深くつっこんではこなかった。彼女が鹿ノ子のところへ戻ろうとした時、真っ黒なリムジンがロータリーに滑りこんでくる。


 そこから、これまた真っ黒なスーツで全身を固めた初老の男性が下りてきた。彼は手に持っていた、新たちと同じ封筒を軽く振ってみせる。


「こちらの封筒をお持ちの皆さまは、この車にお乗りください。乗車前に封筒と身分証明書を改めますので、お手元にご準備いただけますか」


 ついに運営側が来た、と新は身構える。そしてはやる五郎より先に、男性に向かって封筒と身分証明書を突き出した。


光瀬新(みつせあらた)様……確かに確認いたしました。どうぞ」

「その前に聞きたいことがあります」


 新が厳しい声を投げかけると、男性の眉がわずかに動いた。


「なんでしょう。私で分かることでしたら、お答えしますが」

「……今の段階で棄権、っていうのもできるんですか?」


 それを聞いて、男はわずかに眉をすがめた。


「おや、早くも。何か、お気に障ることがございましたか?」

「俺は大丈夫です。ただ、あいつらが」


 新が五郎と直美を指さすと、男もちらっとそちらを見た。


「分かるでしょう? あれが知的ゲームに向いてる面に見えますか?」

「見えませんな」


 男はにべもなく言った。


「あいつら何か勘違いしてて。参加してもろくなことにはなりませんし、辞退させようかと思ってるんです。本人がごねても必ず説得しますから、主催の人にそう伝えてもらえませんか」


 前のめりになる新に向かって、男は深々と礼をしてみせた。


「そのお友達思いのところは、非常に良いと個人的には思います。ですが、今の条件では辞退を認めるわけには参りません」

「どうしてですか?」

「大会の決まりでございます。参加も辞退も、当人が自らの意思で、自らの口で語らなければならない。そういうルールでございます」


 男がかっちりとした口調で言う。そのとりつく島もない様子に、新は苦い思いを抱いた。思わず口調が元に戻る。


「……ろくでもない大会だな。潰してやりたい気分だよ」

「これは物騒なことをおっしゃる」

「俺は家庭の事情も引っかき回されて、少々頭に来てるんでね」


 それを聞くと、男はにやりと笑った。


「失礼いたしました。しかしここより先は頭を使って考えていただくゲーム。どうぞ、短慮は起こされませんようお願いいたします」


 新は警察でも呼んでやろうかと考えて、やめた。実態はどうあれ、主催者は普通の頭脳ゲームを提案しただけだ。これでどうこうしろと言われても、警察だって始末に困るだろう。


「では、車にどうぞ。後がつかえておりますので」


 男性が勝利を確信した顔で微笑む中、新は渋々指示に従った。


 車に乗り込むと、中は思ったより広々として快適だった。ただ、どこへ向かうかを知られたくないのか、室内の窓はびっちりと黒いシートが張られていた。運転席との間には仕切りがあり、そこから外をうかがうこともできないようになっている。


「車内にバーカウンターがあるよ。何か飲む?」


 宗一郎がさっそく皆に気を遣う。大翔たちはソフトドリンクを選択したが、鹿ノ子だけはワインを選択してぐびぐび飲んでいた。見た目に反して酒豪の様子である。


「この車でゲーム会場へ行くらしいけど……たかがカードゲームで、そこまで移動する必要があるの?」


 佳乃は訝っている。確かに、特別感を出すにしてもリムジンを借り切るなんて、相当金がかかっているのは間違いない。


「何か特別なセットが必要なんでしょうか……困りました、移動が長ければ、することがなくなってしまいそうですわ」

「……お嬢様。こんなものが置いてありました。移動中に読めということではないでしょうか」


 鹿ノ子の嘆きを聞きつけて、飲み物もお菓子も食べずに座っていた聖が、サイドテーブルの引き出しから本を見つけてきた。高級なノートのような表層で、開いてみると履歴書のような人物紹介がずらりと並んでいる。


 鹿ノ子はそれをめくって、つと手を止めた。開いてみせてくれたそれには、鹿ノ子のプロフィールが載っている。


「あら。つまりこれはゲームの参加者一覧ということ?」

「そのようですね。結構、細かいところまで調べ上げています」


 あいうえお順に記載されているので、苗字の順番に伊藤直美、醍醐宗一郎、財前鹿ノ子、坂田五郎、天花寺佳乃、光瀬新、村雨聖と出てくる。全員で確認したが、プロフィールに特に間違いはなかった。


「それにしても、これでいくと四十八人も参加することになってるよ。後の四十一人はどこにいるの?」


 直美が聞く。


「おそらくだけど、別の車で連れてこられてるんじゃないかな? さすがに四十八人じゃ、バスでも借りなきゃ乗らないからね」


 宗一郎が答えた。


「つまり、これから連れて行かれるところは道が狭い可能性もあるわけね。まとめて運んだ方が、運営的には楽だもん」

「君の言うとおりだね」

「そ、そうかなあ。えへへ」


 直美は宗一郎に褒められて、あからさまに機嫌をよくした。その様を、スルメをかみ砕いている五郎がじーっと見つめている。


「このリムジンだって、車体の長さは相当だけどね。途中で詰まらなければいいけど」


 佳乃が呆れた様子で言う。彼女はそう言うとすぐに顔を下げ、参加者一覧を抱え込んで舐めるように見ていた。新はよほど報酬が欲しいのかと、半分呆れ気味に彼女を見やる。


「そんなに強そうなのがいたか?」

「……今のところ、見た目も経歴も大したことないのばかりよ」

「容赦ねえなあ、おい」


 しかし佳乃に見せてもらってみると、本当にその通りだった。だいたい、大学生か社会人なのだが、何かの大会で優勝したとか、賞をもらったという記載はゼロ。ぱっと見には、住民票から適当につまみ出したようにも見える。


「こんなので盛り上がるとでも思ってるの?」

「難しいなあ。五郎みたいなのもいるし」


 終いにはゲームが成立しなくなるんじゃないか、と新はいぶかった。この大会に豪華賞品がありそうだというのも、眉唾になってくる。


「意外と素人の方が面白い、と思っているんじゃないかな。それか、招待選手が他にいるとか」


 宗一郎が苦笑する。佳乃はそっけなく、「後者であることを祈ってるわ」と言い返した。


「それにしても、佳乃さん……だっけ。私以外に大学行ってない子がいるとは思わなかった」


 直美が佳乃を見つめて言う。勝手に名前呼びしているが、彼女は拒否しなかった。全員名前呼びになっている状況で自分だけ突っ張っても、と思っているのかもしれない。


 佳乃の肩書は「高校卒業後、家事手伝い」となっており、つまりは無職ということだ。直美は「高校卒業後、動画で生計をたてる」とちゃんと書いてある。


「お金持ちの家なんだ。今は花嫁修業?」


 付き合いが長い新は、直美に悪意がないことを知っている。しかし聞きようによっては嫌味にも聞こえる台詞だ。案の定、佳乃が嫌そうに眉をひそめた。


「……まあね」


 絶対に嘘だな、という口ぶりだったが、直美はそれ以上追及しようとはしなかった。より気になる記述を見つけたからである。


「宗一郎さんも大学、休学中って」

「そうそう。一旦入ったんだけど、色々見てみたくなっちゃってね。親の許可ももらったし、色々海外を回ってたんだ」


 聞けばアメリカ、ヨーロッパ、オセアニアはだいたい制覇したらしい。治安の面で他の地域は許してもらえなかったというから、宗一郎こそがいいところの家の子なのだろう。さっきから五郎の嫉妬ゲージがたまりまくっており、スルメでは飽き足らずマドラーを噛み始めた。


 新は最後に、鹿ノ子と聖の記載に目を落とした。


「……財前さんは家の会社を手伝ってるんですか」

「そうです。名ばかりの役員ですけどね。皆さん名前で呼び合っておられますし、私も聖も下の名前で呼んでください」


 こちらも資産家の家のようである。運営はここ辺りから参加費をせしめるつもりなのだろうかと、新は訝った。


「で、村雨……聖さんがその秘書と」

「仕事はほとんどお嬢様がされますので、俺は主に身辺警護をしています。それくらいしか取り柄がありませんから」


 今までずっと黙っていた聖が、ぼそっと言った。本格的にしゃべるのが嫌なのか、それとも鹿ノ子の影であると自覚しているのか、彼は水を向けなければいつまででも黙っている。


 それからしばらく雑談をしていると、急なカーブを通っていることがわかるほど、車体が動き始めた。

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