参加者たちは手札となって
翌朝、新はむっくりと体を起こした。時計を見ると、時刻は三時四十五分。少し余裕をもって目覚めることができた。歯を磨いて着替えると、四時まではあと五分になっている。
「おはよー」
静馬が眠そうな目で起き出してきた。こちらは身づくろいをする時間がなかったので、寝間着姿のままである。
彼がくたくたとスピーカーの前に座ったところで、スピーカーから声が聞こえた。
『おはよう、諸君。ちゃんと起きて、この通信を聞いていることを願っているよ』
婆さんの声である。寝ている者を声で起こさないためか、いつもよりだいぶ声を押さえている様子がうかがえた。
「よく言うわ。起こすつもりならもっとデカい声で言え」
新がつぶやくと、それをかき消すように会話が続いた。
『では最後のゲームを発表しよう。ゲーム名は七・五・三。本来は子供でもできる単純なトランプゲームだが、今回は最終戦にちなんで形式を変更させてもらった』
ゲーム名を聞いた途端、新にはそれが大体どんなものか見当がついた。後は、自分の予想が正しいか確認するだけだ、と新は心の中でつぶやく。
『七・五・三は切ったトランプを裏向けにして円形に並べ、そこから各自好きなものを選び出し中央に表向けに置いていく。その数字が七、五、三のいずれかであった場合、全員が場の中央に手を置き、一番遅かったものが表になった札を全て引き取る。最終的に、カードの手持ちが最も少ないプレイヤーが勝ち──というゲームだね』
婆さんは、最終日だからかやけに懇切丁寧に説明してくれる。今回はカードゲームの亜種だから特別、ということなのだろうか。
『今回の参加者は、運営によってあるものになぞらえられている。このスピーカーを通じてキーワードを五分おきに述べていく。参加者を見立てた正しいキーワードが発表された時点で公民館に駆け付け、正しい回答を述べた最初の一人を優勝者とする』
「なるほど……」
半分夢うつつの静馬がつぶやく中、婆さんはさらに続けた。
『ポイントは到達までの時間を考慮して付与する。最初のキーワードで正解すれば千、そこからキーワードが一つ増えるたびに百減っていく。全てのキーワードが出た時点から十分経過して誰も正解者がいなかった場合、今回の勝負は無効とし、今までの勝負で最も高いポイントを稼いだものを優勝とする』
新はぼんやりとそれを聞きながら、頭をかいた。答えはすでに分かっているから、後は最初のキーワードが発表されるのを待つだけということだ。
「さて、最初はどんなものになるかねえ」
そこまで聞いたところで、新はスマホの充電が切れかかっていることに気づいた。昨日充電を忘れて、そのまま寝てしまっていたことを思い出す。
「俺ちょっと部屋行くから、聞いててくれ静馬」
充電器のある自分の部屋に入って──何気なく部屋の隅を見た時、新はぎくりと体を強張らせた。明らかに誰かがいる。そして、卓上にあるパソコンの電源が入っている。
「おい、お前──」
声をかけた瞬間、何かが空を切る音がした。受け身を取る暇もない。そこで、新の意識はぶっつりと途切れた。
「おい、おい新!? 大丈夫かよ」
新の耳に大声が飛び込んでくる。誰かが体を揺すっている感覚がある。その騒々しさが、徐々に新の意識を現実に引き戻していった。
「五郎……鈴木も」
「良かった。最終日くらいは、俺たちが起こそうぜってことになって、こっちに来たんだ」
「坂田君を起こしたのは俺だけど」
「黙ってろ鈴木イ!」
鈴木は騒ぐ五郎を無視して、さらに言った。
「静馬くんがなかなか部屋から出てこないっていうから、様子を見に来たらこんなことになっててさ。どうしたの?」
「……部屋に誰かいて、襲われた」
「ええ!?」
おそらく、新たちが夕食を食べている間に勝手口から侵入し、竈の影に隠れていたのだろう。そしてリビングが無人になったら、今度は佐藤か横田の部屋に移動。最後に新が起きてきてトイレにでも行った隙に部屋に入って、隅に陣取っていればいい。
ゲーム内容の放送の時間は、誰もが絶対にスピーカーに張り付くとわかっている。その間にパソコンを起動させれば、中の情報を見ることは可能だ。
「ってことは、犯人は佳乃だな。くそ」
最近大人しくしていると思っていたが、この前、探った情報を伝えたことで直美がこそこそやっているのに気づいたからだったのか。
直美はもちろん犯人関連のことは佳乃に言わなかったろうが、ネットに詳しい彼女は他に何か探し当ててきたはず、そしてそれは新も知っているはずと当たりをつけてパソコンを覗いたのだろう。直美のほうにいかなかったのは、彼女の方がロックなどをかけてガードが堅いと判断したからに違いない。
「データ、ダウンロードしとかなくて正解だったな……」
「え?」
「こっちのこと」
新はパソコンを落とそうとして画面をのぞき込み、次の瞬間戦慄した。インターネットのブラウザが開かれていて、ブックマークしてあった情報管理サイトがトップにでんと鎮座している。
「な、なんでパスワードを突破できたんだ……」
新はパスワードを確認する。「uguIgi08udtrDlwq01」。単純な数字の並びではなかった。英語の大文字、小文字、数字が組み合わされていて、とても短時間に勘でどうこうできるものではない。
「ん……待てよ?」
新の頭に、嫌な予感がよぎった。一番近い位置にあった佐藤の部屋に転がり込み、パソコンの横にあったパスワードのところへ突進する。
「やられた!」
そこには「uguIgi08udtrDlwq04」とあったのだ。つまりこの一つの家にあるパソコンのパスワードは似通っており、「08」は八班の、末尾の数字が個人の部屋を示しているに過ぎなかったのだ。
この前、佳乃は佐藤と横田の部屋に連続して入っている。その時、パソコンの横をみて、パスワードの共通性に気が付いたのだろう。そして、新がネット上に何か隠していても読み取れると判断した。
「この前、妙に機嫌がいいとは思ったが、そういうことだったか……」
証拠はないが、佳乃はすでにあの画像を見ているに違いない、と新の本能が告げている。そして彼女は公民館に向かっただろう。新にすら実力行使をためらわないのであれば、宗一郎に対して慈悲なんてかけるはずがないからだ。後は、宗一郎が公民館に向かう前に、止めるしかない。
「っ……」
「ね、寝てた方がいいんじゃない!?」
「悪い、構わないでくれ。キーワードは、どんなのが出た」
「ええ!?」
「順番に教えてくれ! 時間がないんだ」
詰め寄られた静馬、鈴木、五郎は必死に記憶をたどりはじめた。
「最初が確か『拳銃』だったよな」
「その次が『学校』、次が『いじめ』になってた」
「んで『シカト』がきて、次が『警察』……で、合ってるよな? これで全部なはずだけど」
最後の五郎の言葉を聞いた途端、新ははね起きていた。もうすでに、引き金は引かれている。少なくとも数分経過しているから、今更十一班の家に寄っても間に合うまい。
「悪い、ちょっと出てくる!」
五郎たちの反応をうかがう暇もなく、新は必要な品が入ったバッグをひっつかみ、足を靴に押し込んで走り出した。佳乃を止められる可能性があるとしたら、もう公民館の直接接触の前しかない。
「桐が柳を殺すか……」
玄関を飛び出し、走りながら新はつぶやいた。そう、運営が新たちを見立てていたものは、花札。一から十二月までの季節の花や自然を描いた、日本古来からの遊び札だ。
「俺も『五光』か、くそ」
花札で最も格が高い役。一月の「松に鶴」、三月の「桜に幕」、八月の「芒に月」、十一月の「柳に小野道風」、十二月の「桐に鳳凰」が全てそろった状態をいう。その構成要員とされたのは一班の聖、三班の鹿ノ子、八班の新、十一班の宗一郎、十二班の佳乃だ。
それは各部屋にあった絵画のモチーフからも明らかだ。気づいてみればこんなに分かりやすいヒントもないのだが、最近は花札で遊ぶなんて機会もないから、気づかなかった面子も多いのだろう。
「三橋なんか、思いっきり勘違いしたままだったからな……」
自嘲しながら、新は足を速める。
見てはいないが、おそらく三橋の部屋にあったのは、赤い短冊の絵。そしてその中に「みはしの」としか読みようのない造形の文字が浮かび上がっていたに違いない。
「あれ、本当は『みよしの』なんだよな」
三橋が「私の部屋だ」と喜んでいると聞いた時点で、新はなんとなくこの構造を理解していた。参加者は花札で、その過去の重さによって五光札、短冊、タネ、カスの四種類にランク分けされているのだろうと。部屋の広さはそれによって決められ、対応する絵がかけられた。
そしてキーワードの中に混ぜ込まれた本物は「シカト」である。花札の十月札に描かれている鹿が、まるで無視をしているように見えることからできた言葉だ。
「そもそも、あの婆が遊戯の話をしたときに、花札を出さない時点でおかしかったんだ……」
昔からよく遊ばれていたはずのものが、意図的に無視されている。そのことに最初から気づいていたら、その後の全てに納得いったはずだが、今やそんなことはどうでもいい。
運営の目的は、「花札」というプレイヤーの隠しキャラを言い当てさせて終わり、では決してない。それになぞらえられた有力札たちが、暴発して本当に殺し合う事故を放映してリアルなエンタメを演出し、視聴者を楽しませること。それだけだ。
きっと当初の計画では新が義憤を起こすだろうと予測した者もいたかもしれない。鹿ノ子や聖にも、援助者というだけではない裏の顔があったのだから、もしかしたら彼らが殺す役だったのかも……とそこまで想像して、新は足を止めた。
目の前に、公民館の建物が見える。荒い息を吐きながら、新は前方を睨み据え吐き捨てる。
「お前らの思い通りになんて、させてたまるか……!」
周囲に目をやると、すぐに佳乃の姿が目に入った。白み始めた空から洩れた光で輝いているのは、台所にあった包丁か。
彼女はそれを握りしめ、殺気のこもった目で宗一郎をにらみつけている。
「困ったなあ。……せっかく回答しに来たのに、これじゃ答えるどころじゃない」
宗一郎は相変わらずへらへらとしていた。その様子が、佳乃をさらに苛立たせる。
「力と体格では絶対に負けないと思って、いい気になってるの?」
「いやあ、それは違うよ」
物陰で新は小さくうなずく。そうなのだ。本当に宗一郎は、違うことを考えているのだ。なのに、完全に頭に血が上っている佳乃は、それに気づいていない。




