最後の夜に君に感謝を
「ご一緒します。意味深すぎて、このままじっとしていても、モヤモヤしそうですし」
鹿ノ子が賛成すると、三班の二人もうなずいた。どうも鹿ノ子に憧れを抱いているらしく、熱っぽい視線を送っている。宗一郎に引っかからなかったのも、それが原因かもしれない。
「では、一班の宿から回ってみますか?」
異論は出なかったので、一行は聖に案内されててくてく歩いていく。進むにつれて空の分量が増えていき、やがて遠景に海まで見えてきた。
「いいなあ、こっちの方が見晴らしがよくて。うちの家じゃ、全然見えなかった」
「俺、明日になったらやっぱり海辺で遊んだりしたいな」
五郎と鈴木がいいなあ、いいなあとはやしたてる。聖はちょっと困った顔になって、ようやく口を開いた。
「……そんなにいいものではない。それに今は、ゲームに集中した方がいい。ほら、着いたぞ」
聖が一行を案内したのは、どっしりとした黒壁の家だった。すすけた塀を隠すように庭木が茂って、その間に飛び石も見える。純和風な装いには金がかかっているので、公民館と同じくバブルの忘れ形見なのかもしれない。
しかし室内は現代風にリフォームされていて、まるでホテルのようだった。玄関脇、すぐ横にバスルームがあるのが、汚れて帰ってくる農家らしい。
ホールを抜けると広い居間があり、その奥がキッチン。居間にはいつの間にか大きなスピーカーが運び込まれていた。真っ黒な球体が照明を受けて、てかてか光っている。
「これは……」
キッチンの冷蔵庫から飲み物を出してくれていた聖が、振り返りながら言う。
「明日の通達用だろうな。今朝はこんなものはなかった」
「ゲームの間に運び込まれたってことですか」
「そうだろう。帰ったら忘れずに電源を入れておいた方がいい。俺もそうする」
個人の部屋はリビングの両側にあって、八班の家と構造が似ている。
「やっぱり、部屋の広さに格差はあるな」
聖は自分の部屋をまず見せてくれた。彼が東側の一番広い部屋を割り当てられたようで、ほぼ新と同じ広さを占有している。
「部屋のデザインは違えど、備品はほぼ一緒だな。ただ、全部の部屋に絵がかかってるのは共通してる。この部屋は、鶴か」
「絵にも意味があるってことかなあ」
三班の二人と鈴木は首をひねっているが、新にはもうその種明かしが分かったので黙っていた。後は数か所回ってみて証拠を集めれば、それは確信に変わる。おそらく明日のゲームは、その要素が関わってくるはずだ。
「……どうしましたか」
「なんでも」
私室をじろじろ見られるのが嫌だったのか、珍しく聖が話しかけてきた。新は簡単に答える。
「他の部屋も見てきたけど、特に変わったものはないなあ。隣の家に行ってみる?」
静馬がそう言いだしたので、一行は連れ立ってぞろぞろと移動した。しかし、第二班の家の玄関の扉を引いても、全く動く気配がない。
「これ、もしかして鍵がかかってる?」
「誰もいなくなった班の家には、入れなくなるってことなのかな」
直美がつぶやいた。扉を壊して入るほどでもないため、一同は三班、四班、六班、八班、九班の家も見て回る。新はもういいと言って、外で聖と待っていた。
そして、問題の十一班の家の前まで来てしまった。
広い平屋だが、今まで見た中でダントツに古い家だった。リフォームすれば映えるだろうに、ところどころ瓦が欠けた屋根が、妙に寒々しい雰囲気を醸し出している。庭の草木も手入れされておらず、なんとなく荒れた感じだ。
「どうします?」
「正直、入りたくはないわなあ……」
鹿ノ子に問われて、新は頭をかいた。だが意を決して、玄関の呼び鈴を鳴らす。すると、思ったよりあっさりと宗一郎が玄関口に出てくる。
「どうしたんだ……ってそうか、明日のゲームの調査か。いいよ、上がって」
宗一郎に言われるがままに玄関を上がると、その目前に扉がある。そこを開くと、ダイニングキッチンだった。一応旧型でも設備はちゃんとしていたが、リビングがくっついていないので皆でくつろぐという感じではない。使用の形跡もほとんど残っていなかった。
「お前、普段はどこで過ごしてたの? テレビもねーじゃん、この部屋」
「もともとこの家、テレビなかったんだよね。休むのは、こっち」
宗一郎がキッチンを出て、最初の廊下へ引き返す。よく見ると、その端っこに縁側へ通じる扉があった。
「あ、トイレどこ?」
「俺も俺も」
数人が廊下の反対にある扉に殺到する中、新たちは縁側に出た。縁側は思ったより広く、家の左側をぐるっと取り巻いている。そこに障子戸が延々と面していて、試しに開けてみると、布団を敷いてある部屋があった。
「部屋と部屋の間、襖で隔ててあるだけなんだよね。この家、だいぶ古くってさあ」
雨の模様が描かれている襖を宗一郎が開きながら言う。確かに襖の向こうにも、似たような部屋があった。広さもだいたい同じくらいで、机の上に置いてあるパソコンが不釣り合いな点も変わらない。
「何、飯もここに引っ込んで食うの? ちょっと寂しくない?」
静馬が聞くと、宗一郎は苦笑しながらうなずいた。
「僕、個人主義者だし。正直皆で集まると、口々に話しかけられて食べるどころじゃなくなるから。それでもしょっちゅう、偶然を装って襖を開けられるんだけどね」
「モテる男の嫌味か、これは」
「素っぽいね……」
ひそひそと交わされる会話を横目に、佳乃はすたすたと玄関の方へ歩いていった。
「ご飯くらい食べていかないのかい?」
「結構よ。他に行くところもあるしね」
「では皆さん、私たちもお暇しましょうか。ありがとうございました」
最後に鹿ノ子が引き取って、一行は十一班の宿舎を後にした。しばらくしたところで、新は聖の前に立つ。
「俺や皆の身体に、なんかついてそうか? 距離はとってたんだけど」
「念のために見てみましょう」
宗一郎に近かった静馬と山下の衣服を、聖が丹念に見ていく。山下が女なのもお構いなくグイグイ触るので、さすがに彼女も嫌な顔をしていた。
「盗聴器の類はありません。あと、トイレに行くといったついでに下足場を見張ってましたが、そっちにも誰か来た形跡はないですね」
「そうか、良かった」
「なになに、何の話なの?」
宗一郎がらみの話が理解できていない面子が首をかしげるので、新はざっと彼の危険性について説明した。今残った面子なら、耐性があって聞いてくれそうな気がしたからだ。もちろん、佳乃関係の事件の件は省いている。
「わざと自分になびかせて、人が喧嘩するのを見て楽しんでるの? 性格悪っ」
「じゃあ、女の子が大量に離脱したっていうのもやっぱり、あの人のせいなのかな……」
「運営側まで操るって、マジかよ。俺、そんなのに当たんなくて良かったー」
幸い、佳乃のことを話してもネタは山ほどある。周りの面子をすくみあがらせるのには、それで十分だった。
「まだ何かやらかしそうで、心配なんだよ」
「でも、部屋を見た感じ……そんな危なそうなものはなかったよね?」
「そうそう。綺麗すぎて拍子抜けはしたけど」
「そりゃそうだろ。使ってないんだから」
新が言うと、鹿ノ子と聖、佳乃以外は派手に驚いていた。
「え、嘘の部屋を見せられたってこと?」
「そういうこと。あそこは『見せ部屋』で、ほとんど使っちゃいないだろうな。本命はトイレの奥側にある部屋か、庭にある離れだ」
「なんでそう言い切れるの?」
「他の宿のことを考えてみろ。広い部屋も狭い部屋もあっただろ? 運営はなんらかの理由で参加者にランク付けをしてて、広い部屋をそっちに割り当ててるんじゃないかって気がしてな」
そのランクの重さは、いわゆる過去の重さだろうが、ここでそこまで話す必要はない。そう思った新は、短く言った。
「なるほど。あんなみんなほぼ同じ広さの部屋にはしなかろうと」
直美の言葉に、新はうなずく。
「それに、キッチンを使った形跡がなかったから、食べるのはインスタントかレトルト、すぐ食えるパンかおにぎりあたりだと思うが……ごみ箱に全くそういうもんのゴミが残ってなかったからな」
「よく見てんな、お前……」
「おそらく生活しているのは離れだろうな。薄くだったが足跡が残っていたから」
五郎が引いた表情をする中、聖が言った。ずっと下駄箱に張り付いていたわけでもなく、動いている時間もあったらしい。
「トイレ前に何人かいた間にな。さすがにその間に、靴に何か仕掛けるのは難しいだろうと思って」
しれっと言う聖を見て、新は感心してしまった。さすがにプロは、やることにいちいち理由が伴っている。
「本物の部屋には何かありましたか?」
「特に危険物の類は。実家に行き先を知らせていないのか、私が探っていた間にも着信はありましたが」
さすがの聖でも細かく調べつくす時間はなかったので、断言はできないと言い添える。
「……そう。今日のところは仕方ありませんね。最後は、佳乃さんの十二班ですが」
隣の家まで行ってみると、十二班の家もまた特殊な構造をしていた。家がちょうど「コ」の字になっていて、中央の庭が作業場になっている。
「私の部屋からだけ、中庭が見えるようになってるの」
やはり、過去が重い佳乃は広い部屋を与えられていた。勝手口の方が近いからとそちらから入り、部屋の中を見回す。かかっているのは鳥の絵で、壁際にはパソコンのデスク、壁際にはベッド。備品に混じって、佐藤と横田にもらったグッズがちゃんと置いてあるのが、ほほえましかった。
十二班の他の面子の部屋は佳乃の向かい側にまとめられており、三部屋がぎゅっとくっついた構造になっていた。構造の関係か、佐藤や横田がいた部屋と比べると若干狭い。
「これで全部見て回ったけど、やっぱり人がいなくなった部屋には何もなかったな。なんで運営はよく観察しとけなんて言ったんだろう」
静馬がつぶやくと、鹿ノ子がくすくすと笑った。
「あら、収穫はありましたよ。少なくとも、運営の考えの一端のようなものは見えましたし」
「え、マジで? どこが?」
「それを教えてしまったら、明日の勝負がつまりませんもの。ねえ?」
鹿ノ子は佳乃に視線を送る。彼女も分かっているのか、薄くうなずいた。
「えー、どこかにヒントなんかあった? 私、全然気づかなかったけど」
「結構分かりやすいわよ。ヒントは『部屋の絵』ね」
「絵? でも、鍵がかかった部屋のやつは、見られなかったじゃない」
「……全部見なくても気づいた人もいるみたいだから、大丈夫よ」
「さあ、なんのことかねえ」
佳乃に意味ありげに視線を向けられて、新はとぼけた。
「遠いところの奴は、気を付けて帰れよ。明日、寝坊にだけは注意しろ」
「なんで俺たちの方見て言うんだよお!」
九班の二人が抗議の声をあげたが、新はそれを黙殺した。
帰ってきてからは静馬と一緒に夕食を食べた。負けていなくなった女子二人と会えなくなるのが少し寂しいと新がこぼすと、静馬はにっこりと笑う。
「ああ、それなら後で連絡先教えるよ」
「いいのか?」
「二人とも、光瀬くんになら教えてもいいって言ってたからさ。なんか考え込んでる雰囲気だったから、なかなか今まで機会がなくて」
「……そっか。いい奴らだったな」
「うん。俺、ポイントもそんなに稼げなかったけど、参加して良かったよ。楽しかった」
屈託なく笑う静馬を見て、新も微笑んだ。かがみこんでスピーカーの裏面の電源をチェックし、直美からのメッセージを見てから、改めて言う。
「そうだな。最後まで笑って終わるために……明日、頑張ろうな」
「なんだよ。なんか意味深だな」
「俺さあ、ここには情けない理由で来たんだよ。でもゲームで勝って、お前らにもそんなこと言ってもらえて、嬉しかった」
「……お前、ほんとになんかあったのか?」
問われたが、それには今は答えられない。かがみこんでスピーカー後部の電源を確認し、新はつぶやいた。
「なんでもない。早く寝ろよ」




