これで終わりかそれとも次か
彼が指さしていたのは、宗一郎の手札。そこにあったのは、全てスペードで統一された十、J、Q、K、Aの五枚。──ロイヤルストレートフラッシュだった。
「これは……」
ディーラーですらコメントに困り、勝利の宣言のために上げた手を降ろしてしまった。五郎は自分で出したわけでもないのに、「写真撮っていい?」と無駄に盛り上がっている。
「確かこの役は一万点、だったかな? 悪いね、最後に僕の運が強かったみたいで」
宗一郎がにっこりと一同に微笑みかける。しかし新は面白くなさそうに、鼻を鳴らしてみせた。
「馬鹿かお前は。そんな寝言、本気で誰が信じる。ひと勝負でストレートとロイヤルストレートフラッシュだと? あるわけないだろうが、不正でもしなきゃ」
新はそう言い放つと、ディーラーの肩がぴくっと反応した。そして、鹿ノ子が眉間に皺を刻む。
「まあ、そう言うと思ったけど……超低確率でもゼロじゃないんだし、疑うのはどうかな。なんなら、僕の動きを逐一チェックしてもらっても構わないよ? どうせこの会場に、監視カメラの一つくらいあるんだろうしね」
宗一郎は余裕たっぷりだ。その様子に新は苛立ちながら、手元のフォーカードをはじく。
「お前のところは探ったって何も出ないだろうよ。見るんなら、ディーラーの方じゃないとな」
「え?」
卓の他の面子が驚く中、視線を一気に浴びたディーラーは視線を彷徨わせた。
「ポーカーは、席を移動しなきゃカードを配る順番は決まってる。ディーラー(親)から見て左の人間からだ。だからディーラーが一、六、十一って、決まった位置にカードを忍ばせときゃ勝手に役が完成するってわけだ。カメラの前でやるんなら、これが一番余計な動作をせずに済む」
だから班は五人でなければならなかった。鹿ノ子たちがたまたま声をかけてこなかったら、宗一郎は無理をしてでも人数を集めたに違いない。
「もう一人フォアカードになりそうな組を作っといたのは、ぬか喜びさせるためか? 性格悪いにもほどがあるぞ、お前」
「面白いことを言うね。彼は皆の前でシャッフルしてるんだよ? そんな奇跡的な配置に、意図的にできるものかな」
「シャッフルした束は使わない、ありゃ『見せ』だ。束ごと入れ替えるんだよ。どうせ、あのルールブックが隠してあった引き出しにそのストックが入ってたんだろ? なんなら、そこを今から確かめてもいいけどな。さすがに捨てに行く時間はなかったはずだから」
新が言うと、ディーラーの顔色が明らかに悪くなった。それを見て、鹿ノ子がくすくす笑う。
「あら、彼のポーカーフェイスが崩れてきましたわね。それにしても新さん、何故そのことに気づきましたの?」
「最初から怪しんでたさ。宗一郎がやたら人を引き込んでる話を聞いてからな」
宗一郎は、ちゃらけているように見えて、その実は全部行動に理由があるタイプだ。その彼が、与しやすい女性だけならともかく、反感を買いやすい男性をターゲットにし始めたと聞いた時点で、新はある可能性を疑っていた。
「運営側は、見る限り婆さん以外全員男性だ。もしかしたら参加者にまぎれて、黒服の誰かを巻き込んでやしないかってな。そうしたら、不正はもっとやりやすくなるからな。……懸念は、正しかったわけだ」
「ちょっと失礼」
話が進む間に、聖が素早くディーラーを押しのけ、引き出しからカードの束を引っ張り出した。
「お嬢様、三つも束があるんですが」
「つまり、各ゲームごとに束が丸ごと入れ替わっていたってこと? 私たちは勝つのも負けるのも、完全にコントロールされていたということですか」
「たまたま誰かが一、二回戦で大勝ちする可能性もあるからなあ。ただ、その慎重論が裏目に出たな」
新は第一のゲームの時、引き出しの存在を知った時にカードのすり替えを疑った。マジックとしては、よくある手だからだ。だから、自分のところに回ってきたカードのいくつかに、爪で印をつけておいた。
「側面だったり正面だったり、色々な。二回目の時、鹿ノ子がたまたま俺が一回戦で使ったカードを出してきたから視覚で確認できたけど、本当は適当にカードを触ってみてもよかった」
「私が出したカードには、あなたがつけた『跡』はなかった。だから疑ったと」
「ああ。それに宗一郎が勝つ側に回らなかったってのも、不自然だしな。こいつ、負ける必要がなきゃ基本勝とうとするし」
「……やれやれ、そこまで読まれるとはね。結構、考えてることが分からないって言われるんだけどなあ」
話をそらそうとする宗一郎をにらみつけ、新はきつく声を放った。
「んで、どうすんだ。話すのか、話さないのか」
「話してもいいよ。ただし条件がある。今回の不正のことを、運営には話さないこと。僕の勝利でゲームを終えてくれるのなら、本当のことを言おう」
「カメラの画像があるから無駄だぞ」
「あいにく、ここが映る分は昨日、ディーラーの彼が壊しちゃってるんだ。カードがなければ証拠もないよ」
「ずいぶんやる気だな。最初は帰ってもいいなんて、言ってたくせに」
「途中で気が変わるなんてよくある話だろう。それにこのディーラー、運営の金を使い込んでてね。分かったら半殺しになるかもしれない。そういう意味でも、明らかになっちゃ可哀そうだろう。で、どうする?」
問われて新は爪を噛んだ。そして少し悩んだ後、うなずく。
「交渉成立だ。さあ、話せ」
「……僕は、佳乃さんのご両親が死んだ火事に関係があるよ。計画の立案者じゃないけどね」
その言葉に、卓の全員が息をのんだ。五郎ですら真っ青になって、新にしがみついてくる。
「やっぱり、火をつけさせたっていうのはオーナーなのか」
「ああ、そうさ。あの男、結局宿泊客の寝たばこで押し通したから、そう重い罪にはならなかったけどね。本当のところは、あいつが美術品の保険金目当てでやったんだよ」
あの推測記事はまさに大正解だったということか。新はさらに聞いた。
「お前、なんで今までそれを黙ってた? 裁判で証言すれば、オーナーがそんなことになるのも避けられただろうに」
すると、宗一郎はため息をついた。
「君、放火の量刑がどれだけ重いか知ってる? 特に、人が住んでると分かってる建物に火をつけたとあっちゃ、執行猶予すら認められずに懲役さ。あの男のために、誰が好き好んでそんなことしたいと思う?」
宗一郎が長いため息をつく。そのやたら白い顔をにらみながら、新は吐き捨てた。
「理屈だな。だが、やったことはやったことだ。この卓にいる全員が証人だぞ。明日、全部のゲームが終わったら警察に行って、自分のやったことを全部言え」
「そうだぞ! 言えよ!!」
「……さっきの会話、私のスマートフォンで録音してございます。言っていなかったは今更通りませんから、そのつもりで」
五郎と鹿ノ子も追撃してくれる。宗一郎はうっすら笑いながら、それを聞いていた。
「分かったよ。やれやれ、『年貢の納め時』っていうのはこういう時のことかな」
「お前のは『引かれ者の小唄』だよ。せいぜい、最後の自由な一日を楽しんどけ」
新は吐き捨てた。そしてディーラーに向き直って、顔面を指さす。
「ぼさっとしてないで、勝敗がついたって言ってこい」
「さもないと……横領の件、誰かにしゃべってしまうかもしれませんよ」
鹿ノ子にまで責められて、ディーラーは青を通り越して紫になった顔色で駆けだした。おそらくはもう、二度とこっちには戻ってくるまい。婆さんがあんな意味深なことを言う時点で、ディーラーの中に変な奴がいることはもうバレているの確定だからだ。とっ捕まるのは自業自得である。
「ああ、後な」
新は最後に、宗一郎を振り返って言った。
「佳乃には何も言うな。謝罪も独白も、一切だ。謝ったって親が帰ってくるわけでもなし、向こうはお前の話なんて聞きたいと思ってねえ。分かったな」
「……怖い顔しなくても、それくらいは弁えるよ」
宗一郎はくくっと笑ったが、新はその底に、まだ不気味なものを感じていた。
「お疲れ様。勝ったの?」
新が壁にもたれて婆さんの総括を待っていると、佳乃が話しかけてきた。
「二位」
「その順位、好きなの?」
「好きでなっとるんじゃないわい。お前は?」
「勝ったわよ。もちろん」
「……でしょうなあ、その顔で分かったわ」
「ちなみに直美さんが二位よ。喜んでたわ。他のみんなは?」
「宗一郎が一位。三位が同率で鹿ノ子さんと聖。ドベが五郎」
新は、あえて宗一郎のことを自然に出してみせた。ここで隠したら、勝負中に何かあったと言っているようなものだからだ。
「おおむね、予想通りの結果ね。新が二位になれるとは思わなかったけど」
「失敬だな、お前」
新が顔をしかめた時、会場から婆さんの声が響いてきた。
「全チームの試合が終了したよ。ポイントを使い切った者、辞退した者は駅まで送る。今から車を出すから、外に出な。嘘をついても、こっちは分かるからね」
婆さんがどんぐり眼でぎろっとにらむと、ぞろぞろと人が外へ出て行く。残った面子は、わずか十三人になっていた。
「寂しくなったよなあ。誰もいない家とかできてんじゃねえの?」
五郎の言うとおりだった。八班からも横田と佐藤が脱落。九班も五郎と鈴木という一番の巨漢だけになったし、聖と佳乃、直美のところは一人だけになってしまったようだ。唯一の例外は鹿ノ子の班で、なんと三人も残っているという。
「生き残りの状況をまとめると、一班一人、三班三人、四班二人、六班一人、八班二人、九班二人、十二班一人か」
新が指を折ると、佳乃が苦々しい口調で言う。
「……それと、十一班一人ね」
「なんだかんだで、最初に車に乗ってきた組は全員生き残ったか……悪運強いな、俺ら」
そう新がつぶやいたところで、公民館の扉が閉まった。再び、婆さんがマイクを握る。
「生き残りの十三人、おめでとう。現時点でもう目標ポイントを集めた者もいるし、程遠い者もいるだろう。いよいよ明日は最後のゲームだ」
ぐるりを見回し、婆さんは面白そうに続ける。
「ゲームの詳細は明日の朝四時、スピーカーからの放送で伝える。だから皆、今日は夜更かしするんじゃないよ」
「よ、四時!? 夜中じゃんか、そんなの」
五郎が悲鳴をあげるが、婆さんは意に介さない。
「ただし、最後の最後には逆転のチャンスもちゃんとあるからね。寝るまでの間には、自分の周りをじっくりと観察しておきな。そこかしこに、最後のゲームのヒントは残してある。では、解散」
きっぱりとそう言い放つと、婆さんは舞台袖に引っ込んでしまった。その直後、宗一郎もふいっと出ていってしまう。
「追いますか?」
「いいわ。プレイヤーはこれで全てだし、今更抵抗はしないでしょう」
鹿ノ子が聖に言ったあと、沈黙が満ちる。なんとなく二人の会話の意図が読めず不安なのか、残った一同は互いの顔を確認しあっていた。
「ちらっと顔は見ましたけど、話すのは初めて、ですよね。三班の山下です」
「宮本です」
スポーティーなショートカットの女子が山下、ちょっとぽちゃっとした人の好さそうな女子が宮本だった。彼女らにあいさつをしながら横を見て、新はぎょっとする。
「生き残ってたのかお前らっ!」
「し、失敬だなお前」
「そうだぞ。三日目のゲームではよくも!!」
なんと四班の生き残りは、あの見苦しい泥試合を繰り広げた額田と堀井だった。
「というかあの時、お前失格になっただろ堀井!」
「それは双子の兄ちゃんだ。我ら兄妹、額田とは和解した」
「紛らわしいな!!」
「ふん。兄の分も仇はとってやる」
五郎と鈴木もそうだが、悪運だけめちゃくちゃ強い人間とか血族というのはいるものだ、と新は呆れる。
「それにしても、自分の周りをじっくり観察しろっていうのはどういう意味だろうね? 最後はトランプゲームじゃなくて、クイズにでもなるのかな」
「やりかねんな。この運営、なんでもありだからなあ」
直美のつぶやきに、新はうなずいた。
「ねえ。人数もだいぶ少なくなったし、一回皆でぐるっと村の中を見て回らない? 今までちゃんとそういうことをやってなかったし、どこかにヒントが隠してあるのかもしれないし」
佳乃が言った。確かに今までずっと自分の宿と公民館の行き来ばかりだったから、知らないところがたくさんある。暑いのは閉口するが、自販機はぽつぽつあるようだし、水分補給を怠らなければ良いだろうと新は判断した。
「俺は行く。皆はどうする?」




