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香水と馬糞

「よ、こっちこっち」


 デスゲーム(?)当日、(あらた)五郎(ごろう)直美(なおみ)を最寄りの新幹線の駅で待っていた。より早く現れたのは直美の方だ。


「おーす、よく分かったねえ」

「そりゃお前、その恰好でフラフラしてりゃなあ」


 直美は目に痛くなるような蛍光グリーンの髪に、同じ色のジャージを合わせて来ている。インナーカラーは派手なピンクで、ネイルとスニーカーの色はそれとおそろいだ。百メートル先に居ても絶対に視認できる女、それが伊藤直美である。


 彼女は現在、学生ではない。親の泣き落としでなんとか高校は卒業したものの、今は自分で動画の編集をしてそれで食っている。月収を聞いたら軽くサラリーマンの倍はあり、最初はうるさかった親も黙りつつあるそうだ。


「しかしお前、いいのか? せっかく仕事順調なのに、こんな怪しげなとこに参加してよ」

「何言ってるのさ! デスゲームなんて、本当に阻止できたら最高にかっこいいじゃん。見逃すなんてもったいない!」


 直美は決して強がりとか、新と五郎を心配して言っているわけではない。彼女の性分が、元からこうなのである。楽しいと思ったことは万難を排してもやり抜くが、興味がないこと(例えば授業とか)は全身全霊をもってサボる。五郎も楽しいことは好きだが、根が小心者なので直美ほど徹底はできない。


「そこまで授業を嫌がられたのは長い教師人生初めて」と学年主任を嘆息させ、「もう普通の人生は諦めてますから、先生たちは他の生徒さんを見てあげてください」と親に言わせた女だ。だから、彼女がデスゲーム攻略に前のめりでも、新はちっとも驚かなかった。願わくば、もっとましな趣味を見つけてほしいところだが。


「おお、お前ら先に来てたのか」


 そうこうしているうちに、五郎がやってきた。いつもの坊主頭に気の抜けたたれ目顔は相変わらずだが、今日は彼なりに気合をいれたのか、襟元がぱりっとした黄色のTシャツとデニムでまとめている。


「直美は相変わらず派手で、新は相変わらず地味だな」


 時計を見ると十五分ほどの遅刻だが、彼は全く気にした様子がない。


「人の格好をどうこういう前に、まず遅れたことを詫びろ」

「いや、すまんすまん。途中で買った切符なくしてよお」

「……で、さんざん騒いだあげくにポケットの底にあったって落ちでしょ」

「さすが幼馴染、よく分かってらっしゃる」

「あんたが何回も何回も同じことするからでしょうがっ! 猿でももうちょっと賢いわ!」


 茶化した五郎に直美が雷を落とす。新はいつものことなので慣れ切っていたが、周りの客は何事かと振り向いた。彼らに肩をすくめてみせながら、新は視線で訴える。いつもの喧嘩なんです、すみません。


 たいていの客はそれで苦笑してくれたが、その中に一人だけ、じいっと怒りの視線を投げてくる男がいた。明らかにスポーツをやっていそうな背の高い男で、髪も短く刈り上げている。しかし着ているのはワイシャツと黒のスラックスで、シャツをまくった場所からは筋肉のついた腕がのぞいていた。


 絡まれたら厄介だと判断した新は、素早く二人に目くばせして黙らせる。二人もさすがに空気を読んで、ぴたっと静かになった。


 そして短髪の男性の方にも、連れがいた。いかにもお嬢様といった感じで、黒い髪を肩のところで緩く巻き、パステルピンクのワンピースをまとった女性である。彼女は、「やめておきなさいよ」と言いたげに男性の袖を引き、こちらに向かって軽く会釈してみせた。


「お、可愛い子だなあ!」

「やめとけ。またモメたいのか。それに、新幹線に間に合わなくなるぞ」

「あんたはなんでそういうことは忘れないかねえ!」


 新と直美が必死に引き戻し、ようやく目的のホームにやってきた。どうせ五郎が遅れるだろうとかなり時間に余裕がある便を予約していたが、無事に乗れるとやはりほっとする。


「飛行機の方が早かったんじゃねーの?」

「飛行機には搭乗手続きというものがあってな。お前のように遅れるのが普通な人間には、決して達成できないミッションだ」

「そ、そんなことねえよ」


 五郎は強がるが、その目は明らかに泳ぎまくっていた。


 冷たい目で五郎を見ながら、さらに直美が言う。


「それに、飛行機でも新幹線でも、そんなに時間変わらないんだよ。福井って、空港が待ち合わせ場所の近くにないからさ」


 運営が待ち合わせ場所に指定してきたのは、日本海側にある福井県である。雪が多い地点であるが故か、大きな空港となると隣の県にしかなく、そこから荷物を抱えてバスに乗らなければならなかった。それならば結局、新幹線の方が楽だろうと話がまとまったのだ。


「ま、いいか。電車はゆっくり駅弁食えるからいいよな」

「お前な」


 しゃべりながら食事を済ませると、うとうとと眠くなってくる。まずい、と思いつつ、新はいつの間にか意識を手放していた。


「……兄さん」

「ん……」

「お兄さん、もうすぐ駅に着きますよ。福井に行くんですよね。そこで降りるんじゃないんですか?」


 心地よい男性の声に起こされて、新はがばっと体を起こした。連れの二人は絶対にあてにならないから、自分は起きていなければならなかったのに──やってしまったと後悔がこみあげる。


「す、すみません。助かりました」


 新が頭を下げると、相手は涼やかな声で「いいんですよ」と言ってくれる。声優がやれそうな声だな、と思ってまじまじ見ると、顔も俳優顔負けに涼やかで、栗色のさらさらとした短髪姿の男性がそこにいた。


「じゃあ」


 男性がほのかな香水の匂いを振り撒いて去ると、進行方向の座席にいた女性たちが皆ぽーっとなっていた。本当に五郎が寝ていて良かった、と新は安堵する。


「おい、起きろ。もうすぐ着くぞ」

「んあ……」

「イケメンがお前の前を通ったぞ」

「俺の敵ッ!!」


 五郎はさっきまでの呆けた顔が嘘のように上体を起こし、素早く周囲をにらんだ。さっきまでイケメンにぽーっとなっていた女性陣が、今度は馬糞でも見るような視線を投げてくるが、意に介した様子はない。


「相変わらず凄いなー、お前のモテる者への敵意は」

「奴らさえ……奴らさえいなければ、俺だって青春を謳歌できたんだ!! そうは思わないか直美くん!!」

「カレーがないからって、わざわざウンコ食う女はいないわい」


 起き抜けの直美が、不機嫌も相まってド直球にひどい言い方をする。


「てめえ、人のことを排泄物扱いしてんじゃねえよ!!」

「実際クソみたいなもんじゃない。毎年のバレンタインの成績、思い出しなよ」

「あー、もう喧嘩すんな、降りるぞ!」


 幼馴染コンビが本当につかみ合いを始めそうになったので、新が二人の襟首をつかんで引っ張る。この段階で、彼はすでに悟っていた。


 直美の方はちょっと頭が回るが、感情丸出しのこいつらにデスゲームの阻止なんて絶対無理だ。もし本当に悪意をもって挑みかかってこられたら、初手で死ぬに決まってる。


 ならば、友人としてできることは一つしかない。運営に会ったら、すぐに棄権させるよう計らう。幸い二人とも新のように脅されている様子はなかったし、二人が強豪枠なわけもない。頼めば、案外あっさり受け入れてもらえるのではないだろうか。


 この時点では、新はそう考えていた。




 待ち合わせ場所に指定されたのは、新幹線駅前のターミナルだった。駅はきれいなガラス張りで、恐竜推しの県だけあってあちこちになんとかサウルスの絵がある。


 降りた人々の大半はそっち目的なのか、嬉々としてタクシーやバスに吸い込まれていく。しかし新たちは迎えの車が来るというので、ロータリーに佇んで待つしかなかった。


「あれ? さっきの人だ。バス乗り場ならあっちだよ」


 すると、先ほど新を起こしてくれた男性が、また親し気に声をかけてきた。五郎が、今度こそ猫のようにフーッと声をたてて唸る。


「な、なんだよお前! そのさらさら髪に使ってるシャンプーを教えやがれください!」

「初手から負けんな。それにお前の頭でシャンプーって」


 さっそく牙を折られた五郎の後頭部をはたきつつも、新は彼を責める気にはなれなかった。立ち姿をまじまじ見ると、本当に足が長くて背筋が伸びている。正直この男の横に積極的に立ちたい、なんていうもの好きな男はそうそういないだろう。並んだ瞬間、生物として敗北である。


「……これは馬鹿なんでほっといてください。俺たち、迎えを待ってるからここでいいんです」


 新が言うと、男性はかすかに眉を上げた。


「迎え? もしかして、君たちもこのゲームに参加するのかな」

「『も』ってことは、お兄さん……」

「うん、参加者だよ。招待状の内容は胡散臭いけど、面白くなさそうだったら帰ればいいかなと思って」


 そう言って、彼は招待状を見せてきた。新たちが持っているのと同じ内容で、宛名だけが「醍醐宗一郎(だいごそういちろう)」となっている。こちらも封筒を見せて、自己紹介をした。


「醍醐さん、ですか。名前も合わせて、古風ですね」

「だろ? テストの時、こんな苗字の家に生まれたことを呪ったのは一度や二度じゃないよ。できれば、下の名前で呼んでくれると嬉しいな」

「良かったね五郎。最後の一文字だけ一緒だよ」


 五郎はそれを聞くと、「数字が大きい分俺の勝ちだな」と謎の自信回復を見せていた。


「……お兄さん、そろそろ真面目に怒った方がいいですよ。こいつ、どこまでも調子に乗りますから」


 見かねた直美がそう言ったが、宗一郎はにこにこしたままだ。その表情には一点の曇りもない。


「いいよ別に」

「助かります。ほんといい人で良かった。あたしたちのことも、名前で呼んでくださいね」


 直美はほっとした様子だったが、新はそれを見てつっと一歩引いた。なんとなく、この男は信用できないなという空気を感じ取ったのだ。宗一郎の方も新の様子を見て取ってわずかに目をすがめる。


「どうしました?」


 宗一郎が何か言う前に、新は先手をとった。


「向こうにも人がいますね。俺たちと同じ参加者かな」


 ロータリーの反対側に自動販売機があって、その前に何人かがたむろしている。話をそらすためにあえてそちらを指さした新だったが、並ぶ顔に見覚えがあるのに気づき、今度こそ純粋に驚いた。


 一人は、マンションの郵便受けで見かけた、モデル風美女。彼女が、自動販売機で飲み物を買っている。


 その横にいる二人組は、駅で見かけたふわふわお嬢様にお付きのスポーツマン。お嬢様は封筒片手に顎に手を当て、何やら考え込んでいる。お付きの人はそれには加わらず、オペラグラスらしいものを使って周囲をにらんでいた。


 いずれも印象の強かった人々がここまで揃うと、その背景には共通の「意図」が感じられる。


 向こうも新たちを視認したのか、美女が先に立ってこちらにやってくる。すると、お嬢様と男性のペアも後からついてきた。


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