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ポーカーフェイスと無縁の男

 鹿ノ子(かのこ)が慰めるように、(あらた)に声をかけてきた。


「私は全部賭けますよ」


 彼女の合計は四十五ポイント。一日目一位、二日目二位の結果である。確かに二百、さらにその上を目指すなら、ここらで勝負と思ってもおかしくない。


 (ひじり)は合計八十ポイント(つまり一日目も二日目も一位)も持っていたが、五ポイントの賭けを宣言する。彼はあくまで護衛のためにいるだけだという姿勢を崩しておらず、ポイントには無関心だった。


 そして圧巻だったのが、宗一郎(そういちろう)のポイント数である。彼は初日から全賭けを繰り返していたとは聞いていたので、新は今は百六十ポイントだろうと思っていたのだが──


「な、七百六十!? ってことは、六人も辞退させたのか?」

「君たちと争い合うのが辛いって言ったら、結構皆分かってくれてね。もう少し声をかけたかったんだけど、ゲームが始まっちゃったから」


 宗一郎はそう言ってゆったり笑っていたが、新はひたすら不気味なものを感じていた。


 こいつのこの、底なし沼ともいえる引力はなんなのか。なぜ人は、ホイホイこいつの意図にはまってしまうのか。確かに顔もスタイルも良いのだが、同じようなスペックの佳乃(よしの)にはこんなことまではできまい。


「ちなみに今回も全部賭けでいかせてもらうよ」

「あなたも、別に紹介はいらないという口でしたか? これだけ稼いだのに負けたらゼロというのは、惜しくありません?」


 鹿ノ子が聞くと、宗一郎は首を横に振った。


「いや、最初はそのつもりじゃなかったよ。……でももう、僕の目的は達成しちゃったから」

「何だと」


 それはもう、佳乃がホテル火災の関係者だと見抜いたから、いたぶるのは彼女に決めたということか。それとももっと他のことを考えているのか。その疑念を抱きながら新が噛みついても、宗一郎は涼し気な顔のままだった。


「さあ、ほら。ディーラーが困っているよ。まず誰から始めるか決めないと、ゲームが始められないからね」

「……ちっ」


 最初に行われるのは、単純にゲーム開始を決めるためのトランプ配りである。今回親はディーラーがやるとのことなので、本当に順番だけの問題だ。表を向けて配っていき、最初にスートはなんでもいいから「J」が当たった人が初回開始となる。


「俺が最初だ」


 新が手を上げると、ディーラーはうなずく。そして再度シャッフルを終えた。本来ならここでカードを裏向けに配っていくのだが……なぜかディーラーは、ぴたりとその手を止めた。そして卓の下から、黒い表紙の帳面を取り出す。


「皆様に追加でご連絡が。今回、ポイントとは別に評価項目がございますので、ゲームの前にそちらを説明させていただきます」

「評価項目?」

「ただ役を完成させて三回勝てばよい、というのであれば、皆さんが狙うのはワンペアのみという、ゲームとしてはつまらないものになってしまうでしょう。それでは、種目をポーカーにした意味がない。ですので、一ゲームごとに、完成させた役に対して点数をつけます」


 ディーラーが言った点数はこうだ。


 ロイヤルストレートフラッシュ:一万点

 ストレートフラッシュ:千点

 フォア・カード:百点

 フルハウス、フラッシュ、ストレート:十点

 スリーカード、ツーペア:五点

 ワンペア:一点


「まあ、妥当なところだよね」


 宗一郎の感想に、五郎(ごろう)以外の全員がうなずいた。


「三ゲーム終わったところで、役の点数を合計します。その点数が高かった人から一位、二位と順位が決まっていきますので、皆さま勝利だけでなく、役にもこだわってください」

「分かった。できればだけどな」


 新が言うと、ディーラーはさらに続けた。


「それともう一つ。このゲームではポジション効果は認められておりませんので、ブラインドは不要です」

「ぽ、ポジション?」


 聞いたことのない単語に五郎が目を白黒させる。


「日本語で言えば順番ってこと。本格的なポーカーだと、親の左隣二人がゲームをするための強制参加費……ブラインドを払わなきゃいけないんだけど、今回は皆がポイントを払ってしまってるからね。必要ないんだろう」

「??」

「とりあえず今回の勝負には関係ない話だから忘れろ」

「アイサー!」

「まあ、扱い方をよくご存じだこと」


 いらぬところで鹿ノ子が感心していた。ディーラーはなんだか疲れた顔になって、プレイヤーにカードを配り始めた。今度は五枚、伏せた状態で置かれる。


 皆が手札を確認する。新の手持ちは、ハートとクラブの八のワンペア。お世辞にも強いとは言えないから普通ならパスしてもいいのだが、この勝負でわざわざパスを選ぶ連中もいまい。


「ビッド」


 新は自分から勝負を宣言した。こうなるともう、残りの人間は勝負から逃げることはできなくなる。カード交換でいいのがくることを願うしかないな、と新は腹をくくった。


 時計周りにゲームは進行していくので、次は鹿ノ子だ。


「今回、コールかレイズはポイントのことをさしていると思えばよろしいのかしら? 一回ごとのチップの移動がありませんものね」

「さようですね。ドロップのみ、勝負の棄権を宣誓していただく形になると思いますので、本来と同じですが」


 本来のポーカーはギャンブルで使われることが多く、各々手持ちのチップを賭けて行う。今回はそういう要素がないけどどうしますか、と鹿ノ子は聞いているわけだ。


「私はコールしか選びようがありませんので、コールで」


 聖も宗一郎も五郎も続いたため、結局誰もポイントの追加も、棄権もしないという結果になった。


「では、手札の交換にうつります。何枚交換するか、宣言してください」


 ここで、気に入らなかった手札を交換してより高位の役を狙うことができる。新はワンペアを残して、三枚交換を宣言した。


 来たカードはダイヤのK、ハートのA、スペードの三。全く何の役にもならず、期待外れもいいところだ。しかしそれを顔に出すと、相手に自分の弱みをさらすことになる。だから穏やかに、ポーカーフェイスを貼り付けたまま新はうなずいてやった。こうなってみると、もとから仏頂面の聖が一番強いかもしれない。


 そして言うまでもなく最弱は……


「おい、新! 俺、なんの役もそろってないんだけど、これってどうなんだよお。運、悪すぎやしないかッ!?」


 顔どころか言葉で自分の全状況を説明してくれている五郎であった。


「……落ち着け。ポーカーで役がないなんてことは、むしろ普通に起こることだ」


 あまりにもかわいそうすぎるのか、新が解説してやっても卓の誰も止めない。プロが幼稚園児の相手をする時のように、むしろ自愛のこもった視線が注がれていた。


「一番できそうなワンペアが、いきなり完成する確率ってどのくらいだと思う?」

「わかんねえけど、大体できんじゃね? だって、一番弱い手なんだろ」

「ワンペアが最初の配分でできる確率は、およそ四割。できそうに見えて、確率は半分もないんだよ」


 ツーペアになるとさらにその確率はがくっと下がり、五パーセントを切る。そしてストレート以上になると、いきなりそろう確率は一パーセントにも満たない。


「一番倍率の高いロイヤルストレートフラッシュが、初手で完成するのはどれくらいの確率か分かるか?」

「ひ、百回に一回くらいか?」

「およそ一万回に一回から二回。それくらいしか成立しない。お前は最初からそれ狙いっぽかったけど、無謀な賭けだからな。あれだけ得点に差がついてる時点で気づけよ」


 宝くじの一等が当たるよりは高い確率だが、それでも期待するには分が悪すぎる。だからこそ、最強の手なわけだが──と新は説明した。


「ほれ、なんの役もないんだったら全部交換しろ。今度は役の内容、しゃべるなよ」

「お、おう……」


 五郎がおっかなびっくり交換したところで、二回目の確認が入る。この交換したカードで勝負に乗るか? という意思確認である。今回も降りる人間は誰もおらず、賭けポイントを釣り上げる人間も出てこなかった。


「では、手札を公開して役を見せてください」


 ディーラーの宣言に伴って、各自が公開した役は以下のとおりである。


 新:ハートとクラブの八のワンペア

 五郎:役なし

 宗一郎:スペードとクラブの三のワンペア

 鹿ノ子:役なし

 聖:ダイヤ、ハート、クラブの九のスリーカード


 というわけで、聖が五点を獲得して一歩リード。新と宗一郎が一点ずつ獲得し、後は点なしで決着がついた。


 二回目の勝負もそう変わりはない展開だ。結局一番良かったのは鹿ノ子のダイヤのキングとハートのキングのツーペア。彼女と今回は役なしだった聖が並ぶ。今回は五郎がワンペアができて喜んでいたが、全体的には地味な展開が続いていた。


 そして三回目、最後の勝負が始まった。開始は五郎から。彼が勝負への参加を表明すると、次に新に順番が回ってくる。コールかレイズか、その単純な二択の場で、新は宗一郎の方を向いてこう言った。


「なあ、一つ……俺とお前だけの間で賭けをしないか?」

「なんで? 勝手なポイントのやり取りは、運営側が嫌がると思うけどね。あと、お金にも興味ないよ」

「違う。お前が知ってる『本当のこと』を言うか言わないかの賭けだ」


 新の台詞を聞いて、宗一郎の目つきが鋭くなった。あの「俺」と言っていた時と、同じ目をしている。そう思いながらも、新はさらに続けた。


「どうだ? 明日はめでたく最終日だ。何もかも打ち明けて、さっぱりした気分で打ち上げしたくないか?」

「で、その後の僕はどこへ行くのかな?」

「やったことに相応しいところだろ。それに文句を言うのは、筋違いだ」


 新と宗一郎の間に、冷たい火花が一瞬散る。しばらく後に、宗一郎の方が先に動いた。


「……面白いね。いいだろう。コール」

「逃げんなよ。コール」


 短く返して、二人の会話は終わる。続く鹿ノ子や聖たちも素早くコールを宣言し、順番を飛ばされたことに異論を唱えはしなかった。


「では、最後の手札交換をいたします。交換する枚数を宣言してください」

「お、俺は五枚」


 相変わらず引きが悪かったらしい五郎が、気まずそうに言う。新は今回、幸運なことにスリーカードがそろっていたので、二枚を交換した。


 きた。


 思わずそう言いたくなって、新はぐっと唇を噛む。すでにそろっていたJの三枚に、新しい一枚が加わったのだ。フォア・カード。これに勝てるのは、ロイヤルストレートフラッシュと、ストレートフラッシュのみである。


 状況を確認したところで、新の頭が回り始める。ぬか喜びできるような状況でないことは。自分が一番分かっていた。切り出すタイミングを逃したら、相手に逃げられてしまう。慎重に、ともう一度言い聞かせた。


「僕はこのままでいいや」

「では、全員勝負するか、再度意思表示を」


 五郎がビッド(覚えていないので本人はビッグと言っていた)を宣言。新はコールと続いた。これは約束の件も続行だぞ、という意味を含んでいる。宗一郎も無言でうなずいた。


「では、最終結果の発表を行います。皆様、カードを表にしてこちらにお見せください」


 卓のカードが、一斉にひっくり返る。まず皆が新の手札に注目し、歓声をあげた。


「驚いた。フォアカードだ」

「これは、強い手を完成させましたわね」


 もうこれで勝負は決まった。文字通り、もらえる点数の桁が違う。そう思ったのか、ディーラーが勝者を宣言しようとした時、五郎がにわかに声をあげた。


「い、いやこれ見てみろ! すげえぞ!」

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