写真の中の幻影
記者の独自取材ではあったが、疑問点とされたのは以下の三点。
一:事故ならば当然判明するはずの、「出火元の部屋に泊まっていた客の名前」が事故後三か月たっても不明である。
二:ホテル側に問い合わせても「偽名であったため警察の捜査中」の一点張りで一切の情報が洩れてこない。
三:火事の初期、深夜のホテルから急発進していくバイクを見た、という目撃証言がある。
これに加え、実は事故があったホテルは放漫経営で傾きかかっていたため、記者はある推論をしている。
「もしかしたら、オーナーが保険金目当てで人を雇い、わざと火をつけさせたのではないか? ……だと」
もちろん、最初からホテルそのものを燃やそうとしていたわけではない。そうではなく、保険金をかけていた掛け軸を偽物とすり替えて燃やし、ちゃっかり金をせしめようとしていたのではないかと。もちろん、ホテルの巨額の借金を払うには全く足りない額なのだが、オーナーが海外逃亡する資金には十分なりそうだということだった。
しかし、それを頼んだ実行犯がしくじり、家財に引火してしまったので逃亡。オーナーはそれを知っているので、口をつぐんでいるのでは。そう記者はしめくくっていた。
「火災保険にも、その掛け軸は保険の対象だとわざわざ明記してあったわけか……確かにそりゃ、ちょっと怪しいな」
三枚目の画像からは、当日にホテル周辺で撮られた火災の写真、現場検証の写真、遺族の顔写真など、よくも集めてきたなというものが雑多に混じっていた。よく見れば、ビルから落ちる人間が映っていたり、死体の一部とおぼしき画像が認められたりする。
「確かに、佳乃には絶対見せられんな……」
食事をとっていなくて良かったと思いながら、新は画像を次々ザッピングしていく。だが、その中の一枚を見た途端、マウスのボタンが割れるほどの勢いで画面を停止させた。
「こいつは……!」
長身。柔らかそうな茶髪。後姿だし、シャツにスラックスというありふれた格好だから、はっきりと言い切ることはできない。だが、フルカラー写真の片隅に浮かび上がっているのは、新には紛れもなく宗一郎に見えた。
「いかんいかん」
先入観があることは否定しようもない。新はそう思って何度も首を振ったが、見れば見るほど、知っている男に見えてきてしまった。
「本人も火事を見かけて通報したことがあると言っていたし、現場にいたことは間違いないのか……?」
新は何回も目をこすり、直美のメッセージに戻った。
『全部見た。ありがとな』
『どう思う?』
画面に張り付いていたらしく、すぐに返信があった。
『そうだとも違うとも言えん』
『だよねえ。ただ、背格好とか肉付きは、どうしても似てる気がするんだ。全体的な雰囲気が同じっていうかさ』
『言いたいことは分かる。俺もそう思った。だが、まだ宗一郎にぶつけられる証拠じゃない』
『分かってる、画像なんて捏造できるもんだしね。黙っとくよ。口が軽そうだから、五郎にも内緒ね』
『当たり前だ。あいつ、今後ろで飯食ってんだよ』
『じゃ、そろそろ切ったほうがよさそうだね。引き続き調べるから、何かあったら連絡して』
『分かった。ありがとな。俺も調べてほしいことがあったら追加で言う』
直美との交信を打ち切って、新は息をついた。とんでもないことを知ってしまった。これを、佳乃に知られないままにできるだろうかと不安がつのる。
とりあえずパソコンの脇に貼ってあったパスワードの紙をスマホで撮り、念のために手帳にも写す。その後、紙をびりびりにちぎってゴミ箱に捨てた。気やすめだが、最初のパスワードさえなければクラウドに保管したデータを見られることはない。
下手にダウンロードして接続なしで見られても厄介なので、パソコンには落とさないことにした。バックアップとして、直美が持っていてくれれば十分だ。
「何してんだ?」
「ちょっと検索。自分で食った皿は自分で洗えよ」
「おかわりがほしいです」
「……お前の成長期はいつ終わるんだボケ」
悪態をつきつつ、見慣れた五郎の顔に少しほっとした。それを気取られないように、新は台所に戻る。
「やあ、今日は皆で一緒に来たのか」
「……そっちはそっちでにぎやかだな」
新と九班の面子が連れ立って公民館に到着すると、宗一郎はもう来ていた。彼の両腕にはかわいい女の子がべったりくっついていて、接着剤でも塗ってあるのかと見まがうほどだ。
「今日はちゃんと起きられたんだね」
「お、おう」
普通にしていろと言ったのに、五郎は宗一郎を見て目が泳いでいる。新は舌打ちしたくなったが、その時場の空気が変わった。佳乃がさっと、乗り込んできたからだ。
「おはよう」
「おう。相変わらず元気そうだな」
「あなたほどじゃないけど」
佳乃は少し皮肉っぽい表情。さすがに五郎ほどあからさまではなく、よく気をつけて見ていないと、昨日までと同じに見える。
「佳乃さん、おはよう。君もこっち来ないか?」
「おはようございます」
宗一郎が見え見えの挑発をしたところで、鹿ノ子と聖が割って入った。
「……おはよう。相変わらず、班も違うのに二人連れなのね」
「聖が過保護なもので。それに、うちは昨日一人減ってしまって寂しいんですよ」
ニコニコ笑いながら、鹿ノ子は宗一郎を挑発する。しかしこちらも簡単に乗るような性格ではなく、「僕も寂しいですよ」と流されただけだった。
やがてスピーカーから告知があり、昨日と同じように婆さんが出てくる。
「よし、集まってるね。それでは、二日目のゲーム内容とルールを説明しようじゃないか。下手したら今日、ポイントがなくなる……という奴は、特にしっかりお聞き」
婆さんは一同をじろりと見回し、魔女みたいな顔つきのまま言った。
「さよなら五郎。短い命だったね」
「なんで俺いなくなる前提なのよ、ねえ!?」
直美に五郎が声を押し殺して抗議したが、周囲の誰からも反論は出なかった。
「今日のゲームは『ダウト』だよ。シンプルなルールながら、心理戦が展開できるから面白くなること請け合いさ」
婆さんはうきうきしながら、画像の準備を始めている。その間に、思わず新たちはつぶやいていた。
「これは本当に、五郎に不利だな」
「不利ね」
「さようなら……」
「俺にも分かるように説明してもらえるッ!?」
泣きつかれて、結局佳乃が折れた。
「ダウトっていうのは、一言でいうと『嘘をついて相手を騙さないといけない』ゲームなの。あなた、さっきから感情が全部顔に出てるから……たぶん、大の苦手なんじゃない? 嘘つくの」
「生まれてこの方、なんでかみんな俺の嘘は見破ってくるんだよな。周りが優秀すぎると辛いぜ」
「それは周りの問題じゃなくてだね……」
直美がまたもつっこみを入れようとした時、婆さんの会話が始まった。
「今回もルールは基本的なものだ。カードに余計なことが書いてあることもない。三ゲーム行い、一番に上がった回数が多い者がその卓の優勝者となる。今回は一位五十、二位十五、三位十、四位ゼロのポイント配分だから、頑張って優勝を目指しておくれ」
一位とそれ以外のポイントの差が開いてきた。おそらく、次のゲームではもっと露骨な点数差になるのだろうと新は考える。良い縁が欲しければ他人を蹴落とせ、という運営からのメッセージが露骨になってきている。
「四人一組なのは変わりなし。そのままだと二卓だけ三人になるが、その卓はまあ当たりだと思っておくれ」
つまり、三人の卓だけはドベになっても十ポイントがもらえて、今日失格にならなくて済むというわけだ。確かにそれはラッキーだな、と新は内心でつぶやく。
「組はクジで決定する。ここに用意してあるから、心の準備ができた者から引きにおいで」
老婆の前に、大きな木箱が置かれる。箱には穴があいていて、手をつっこんでクジを取る形式になっていた。
「じゃ、お先に」
皆が迷っている中、ついっと進み出たのは宗一郎だった。婆さんは彼を見ると、にやっとカエルのような顔になって笑う。
「おっと、箱に近づかないでおくれ」
「え?」
「こっちでクジを引いて、この場で番号を発表する。いい気はしないだろうけど、不正防止のためだから勘弁しておくれ」
宗一郎はちょっと不満そうにしていたが、すぐに手を降ろして黒服がクジを引くのを待った。
「良かった、運営が対策してくれてて。今回は組み分けが重要だから、ちょっと心配だったのよね。あいつなら、クジをすり替えるとか交換するとかしそうだもの」
横で佳乃が低くつぶやく。事情を全く呑み込めていない五郎が、また視線をうろうろさせた。
「昨日と今日、どうしてこのゲーム順になったと思う?」
「……なんとなくとか?」
「違うわ。昨日のゲームで握った秘密をうまく利用して、なんとしても一位になれって運営は言ってるのよ。欲しいものがあるならね」
「基本的に見られたのは自分の卓の秘密だけですが、他の参加者から聞き出せば秘密は集められますからね。中には、秘密が公になるくらいならゲームで八百長をする、という方もいらっしゃるでしょう」
鹿ノ子が言い添えると、五郎はようやく納得したように「そっか!」と言った。
「当然、自分が秘密を知っている人が多い卓の方が有利になります。だから運営側も、席決めにここまで気を遣っているんでしょうね」
「願わくば、今度は違う卓がいいなあ……あいつとは」
新の順番が回ってきたので、くじ箱の前に立った。宗一郎の班は「三」。とりあえずその卓でなければどこでもいい、と熱心に祈る。
「あ」
一瞬似た形が見えてひやりとさせられたが、くじの文字は「二」だった。宗一郎と隣なのは気に食わないが、とりあえず最大の危機は回避できた。
しばらく横で様子を見ていると、佳乃は「八」、直美は「一」、五郎は「五」、聖は「十二」……そして鹿ノ子は「三」だった。
「うわ、鹿ノ子さん大変そう……」
直美が思わずこぼしたが、鹿ノ子本人はにっこり笑っただけだ。聖も心配するかと思いきや、眉毛一本動かしていない。
「あら、なかなかラッキーで面白い配置だと思いますよ? 胸を借りるつもりで、一回ぶつかってみるというのも悪くないでしょう」
「ラッキーって……」
新が呆れていると、鹿ノ子はくすくす笑って五郎の方を指さした。
「まあ、彼ほど幸運ではありませんけれど」
五郎は天に向かってガッツポーズをしていた。彼が配属されたのは、例の三人しかいない幸運な班だったのである。
「ものすごい運ね。この場合、悪運かもしれないけど」
佳乃がため息交じりに言う。その横で直美もうなずいていた。
「あいつ、ルールも知らないのに勝ち残るのかあ。そう思うと、ちょっと癪だな」
その言葉を聞きつけて、五郎がぐるんと振り向いた。
「あのなあ。俺だって今回はちゃんと調べたから知ってるよ」
「ふーん、じゃあここで説明してみれば?」
「よ、要するに嘘の上手い奴が勝つゲームだろ」
「じゃあ、どんな嘘つくのよ」
「そ、それはだな……」
細かく突っ込まれると途端にボロが出る五郎を見て、宗一郎が笑った。佳乃が身構えるのにも構わず、彼はさらに接近してくる。
「まあ、間違ってはないね。要は、自分が口で言った数字と、出したカードが合っているかを問われるゲームだ」
カードを切って均等に配ったら、まず最初になるプレイヤーを決める。その人が「A」と言ってカードを出し、次の人は「二」と言ってそれに続く。
「そうそう。口で言った数字と、違うのを出してもオッケーなんだった。そういうところが、嘘ってことだ」




