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炎は全てを飲み込んで

「こっちはなかなか重かったぞ。まあ、半分は俺関係の秘密でもあるんだが」


 ここまで来たら隠すことでもなかろうと、(あらた)は「死」「火事の嘘」「家庭内暴力」「虐待」について説明した。


「虐待って、嘘だろ……お前のお袋さんって、テレビでも有名な育児評論家だよな? うちの母ちゃんも本、持ってたぞ」


 五郎(ごろう)があからさまにショックを受けていたので、新は重ねて言った。


「残念ながら、あの人は本の内容なんてひとっつも実践してない。俺が自分の思い通りに育たなかったと感じたら、すぐに束縛か無視が始まるんだ。……俺は五郎んとこの母さんがずっとうらやましかったよ」


 五郎の母は口も悪いし、しつけのためなら容赦なく手が出るが、それでも曲がったことをしたところは見たことがない。何より、五郎が失敗しようが、人様に迷惑さえかけなければよしとする器の大きさがあった。


「……いつでもさ、飯食いに来いよ。お前んちと違って、きったない家だけど」

「うちもさ、家出先に使っていいよ。アシしてくれりゃ、バイト代出すし」

「おう。サンキュ」


 しゅんとして五郎や直美(なおみ)なりに気遣ってくれるのが嬉しい。しかしこれ以上この話題について語っても仕方ないため、新は自分から話題を変えた。


「俺の方は、そんなとこだ。今はそれより、宗一郎(そういちろう)の『死』と『火事の嘘』の方が問題だな。直美の方では、なんかあったか?」

「ええっと……」


 新に問われて、直美は目を宙に彷徨わせた。


「うちもそんなに深刻なのはなかったなあ。私のチャンネル名ばらされて、ちょっと場が盛り上がったくらい。そんな生きるの死ぬのの秘密は出なかったよ。五郎んとこはどうだったのさ」

「俺んとこは、ありとあらゆるAVの履歴が公開されて、卓の全員の性癖を知り尽くしたぜ……」

「ある意味平和だな」


 ちょっとその卓に参加してみたかったと新は思ったが、女性陣の前なのでこらえた。


「……(ひじり)のところは?」

「うちもこれといっては。私が人を殺した経験があることを、公開されたくらいでしょうか」

「こっ……」


 聖の独白を受けて、五郎と直美がすくみあがる。それを聞いて、鹿ノ子(かのこ)が手をあげた。


「ああ、あくまで正当防衛ですよ。彼は海外でSPもやっていて、要人に銃を向けた相手を射殺しただけの話ですから」

「そ、そう」


 それでも二人はそわそわしていたが、最初よりは少し落ち着いた。


「今まで秘密を聞いてきましたが、運営がよく調べているな、という感想を抱きますわね。それなら、宗一郎さんが犯人かどうか、もっとはっきり書いてほしかった気もしますが」

「書き方が難しかったのかもしれません。教唆だけだったとか、最初から殺すつもりでなかったとか……彼の性格を考えると、そちらの方がありそうな気がして」


 佳乃が考え込む。その表情には改めて、「だからといって許すわけじゃないけどね」と刻まれてはいたが、宗一郎については捉えかねている様子だ。


「引き続き探りは入れてみるにしても、明日のゲームがどうなるかですね」

「奴が欲しいのはポイントじゃなさそうなのは確定だ。佳乃と絡めるなら、容赦なく揺さぶってくるが……また佳乃と接点がなかった場合、何を狙ってくるのか読めないな」

「では、新たに彼の興味を引く人材を増やしてみるというのはいかがでしょう。例えば、私とか」

「お嬢様。相手は殺人犯かもしれないんですよ」


 鹿ノ子がわくわくした顔になってきたので、さすがに背後の聖が止めに入る。しかし、鹿ノ子の表情は全く変わらなかった。


「大丈夫ですよ。私がどういう人間か、聖はよく知っているでしょう。それに、何かあったらあなたが守ってくれるのですよね?」

「それは間違いありませんが……」

「だったら協力なさい」


 こうなると聖はつながれた犬状態で、「はい」と言うしかない。五郎が「ケッ」とまたひがむ横で、二人は平然としていた。


「私たちは今日、くだらないものも含めて情報を多数入手しました。おそらく明日はそれを使ったゲームになるでしょう。そこで目立てば、宗一郎さんも興味を示すかもしれません」

「んで、機会があるなら懇親会でさらに揺さぶってみるか」

「それはできたらでいいわ。あまり挑発して、他の人に被害が出るのは避けたいの」


 佳乃が締めくくったので、その日の作戦会議は一旦終了となった。ふいと時刻を見ると、もう午後四時を過ぎている。


「あ、俺もう戻らねーと。炊事当番やってんだ」

「私も帰るかあ……火事については、ネットでもうちょっと調べておくよ」


 帰る方向が同じ新・五郎・佳乃はまとまって行動する。一人だけ離れている直美は、聖が送っていくことになった。


「でもそれじゃ、聖さんが危険じゃ……」

「私は男ですし、ここにいる人間程度なら束になったところで負けはしません。お構いなく」


 最初はもじもじしていた直美だったが、やがて嬉しそうに聖の後をついていったので、今度はこっちに惚れたのかもしれない。宗一郎じゃなきゃ好きにやってくれ、と新はため息をついた。


「なんとか、明日の方針が決まってよかったな」

「そうね。……さっきから、やけに私の顔ばかり見るのはどうして?」


 帰り道、誤魔化そうとしたのに正面から聞かれて、新はどぎまぎした。


「いや、気にしてんじゃねえかと思ってさ。あいつに、あんな情報見せられて」

「気にはしてる。最高にムカついてるわ。でも、それがあなたの責任だとかは思ってないから、安心して」


 佳乃はくっと頭を上げたまま言い放った。


「今回のことは、前のめりになりすぎた私のミスよ。鹿ノ子さんと聖さんに入ってもらうの、結果的に正解だったかもね」

「お前、頭に血が上ると変なことするからなあ。マンションの件も……」

「踏むわよ」


 彼女が皆まで言う前に、新は足を踏まれた。


「せめて踏むって言い終わってから踏めよ」

「善は急げって言うでしょう」

「その行為が善かどうか、胸に手を当てて考えてみようか」


 言い合っているうちに、九班の家の前の曲がり角に来ていた。佳乃がつっと、新と五郎から離れる。


「ここでいいわ。後は自分で帰れる」

「いいのか? 途中で宗一郎に出くわすかもしれんぞ」

「その時は、正面から笑ってやるわ。……大丈夫、短慮は起こさない。今はね」

「おい!」


 新は呼び止めたが、佳乃はさっと身を翻してしまった。そのまま走り抜けて、みるみる背中が小さくなる。


「……いーのかよ、あのままで」

「追いかけたら余計怒るだろう。後でちゃんと帰れたか、メッセージ入れとく。……それにしても足はえーな、あいつ」


 情報交換会議の時に、佳乃と鹿ノ子、聖の連絡先は入手してある。それに、あの速度で走っていたら、宗一郎も声のかけようがないだろう。そう判断した新は、宿舎の中に入っていった。




 翌朝、新の目覚めは最悪だった。


「どけ、筋肉ダルマ共」


 昨日は盛り上がって、五郎だけでなく九班の他の面子までこっちに泊まったのだ。部屋の広さと性別から考えて新と静馬(しずま)が受け入れるしかなく、五郎を含めた三人は新の部屋、一人は静馬の部屋で寝ている。


 ……それはいいのだが、寝相の悪い奴が新の布団を引っ張って剥がしてしまっていた。夏だからいいものを、冬だったら確実に風邪をひいている。


「今日も暑くなりそうだな」


 窓の外に目をやると、宗一郎が家の前の道を歩いていくのが見えた。朝早くにも関わらず、両脇に女がびったり張り付いている。どうせ、九班の家に誰もいなかったからこっちまで様子を見に来たのだろう。もし今日も寝こけていたら恩を売って、自分の味方にしようとしていたのかもしれない。


「男にも女にも見境なしか。こいつら、こっちに泊めといて正解だったかもな……」


 つぶやきながら、新は起き上がった。手間削減のため朝はパンと決めているため、戸棚からインスタントスープやコーヒーを出して湯を沸かし、あとは卵を準備。冷凍野菜をチンしてサラダを作ったら、皆が起き出してくるまですることがない。


「そういや、直美の調べはどうなったかな……」


 スマホの画面を見てみると、彼女からメッセージが入っていた。新聞記事のアーカイブや個人サイトの写真をいくつか見つけたから、こっちに送ってくれたという。さすが、やると決めたことには徹底的な女だ。


『ただ、画像データが重いから、見るならパソコンからの方がいいよ』


 直美のメッセージで、新は部屋にあるパソコンのことを思い出す。スマホがあるとついつい遠ざかってしまい、今まで一度も使っていなかった。


『それと、見る時には後ろに注意してね。結構グロい画像もあるから、特に佳乃さんには絶対見られちゃダメ』


 直美は結構踏み込んだところまで探してくれたようだ。感謝のメッセージを送ったところで、他のメンバーがもそもそと起きてきた。しっかりした女子に起こされたおかげで、今日は五郎もちゃんといる。


「パンとサラダは勝手にとってくれ。卵はオムレツ? 目玉焼き? スクランブルエッグ?」


 めいめい食べたい卵料理をあげるので、新はぱぱっと作って台所を離れた。それなりに腹は減っているが、今は直美の画像のほうが気になる。


 大型のデスクトップパソコンは、電源を入れるとすぐに起動した。ネットは有線だったため、机の横に書いてあったパスワードを入力して繋げる。


「お、これだな」


 メールボックスのファイルを解凍すると、まず目に飛び込んできたのは白黒の新聞記事だった。「未明の悲劇」「ホテル史上に残る大惨事」と、派手な活字が躍っている。写真の中央には、窓から噴き出した真っ黒な煙がとらえられ、見るものの恐怖を誘っていた。


 事件の全貌はこうだ。三年前、二月一日の深夜二時ごろ、十二階の客室のひとつから発火。煙草かライターが原因と思われる。従業員が煙の充満に気づき、階段で一階に駆け下りてフロントに連絡。この時点で速やかに消防に連絡されていれば、もっと小規模な火災で終わっていたかもしれない。


 しかし、ここでこの事故を悲惨なものにした、決定的な要因がほぼ二つ同時に発生してしまう。


 まずは従業員の怠慢。このホテルのオーナーは外面が良かったものの、裏では訴えられたら確実に負けるレベルのパワハラを行っており、歯向かった者の給料を遅延させることさえあったという。そのため、オーナーの叱責を恐れ、火災の発生を把握してから三十分後まで消防への通報がなかった。煙を見つけた通行人からの通報が殺到した方が早かったというから、呆れた話である。


 そしてもう一つは、ずさんな管理で防火設備が十分に働いていなかったこと。このホテルにはスプリンクラーも設置されていたし、非常ベルが作動すれば自動で近隣の消防署に通信を行う無線機もあった。にもかかわらず、オーナーが人件費と設備点検費をけちっていたせいで、無線の電源は切られ、スプリンクラーはセンサー不備で動かなかった。このことがさらに、事態の悪化に拍車をかけた。


 結果、消防隊による懸命な救助が行われたにも関わらず、宿泊客と従業員合わせて死者百十二名という歴史に残る大惨事となった。火から逃れようと窓から墜死した客も二十名を超え、この事件後のオーナーへの批判は苛烈を極める。それに対してオーナーはあくまで客の寝たばこによる事故だと強調し、結局最後まで真摯に反省することはなかった。


「やっちゃいけないことの見本市みたいな事件だな……でもこれだと、放火じゃなくて事故じゃないか?」


 もう一つの画像にうつると、それは少し後の日付の記事になっていた。そして、さっきの新の疑問に答える内容でもある。事故として調査が進められていたホテル火災に、「意図的な放火だったのでは?」という疑いがもたれていることが記載されていたからだ。

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