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奇妙な招待状

「なあ、(あらた)。次の休み、俺とデスゲームに行かね?」

「頭は確かか貴様」


 大学の教室で、友人から光瀬新(みつせあらた)が誘われたのは、もう夏休みも近い夏のある日のこと。珍しく一限目に必修が入ってしまって、眠い目をこすりながらなんとか授業を終えた時だった。


 だから最初は、横にいるこいつも白昼夢でも見ているのだろうと新は思ったのだが、相手はやけにはきはき喋ってくる。


「ほらあ。ちゃんと招待状もあるんだから!」

「すぐ捕まりそうな運営だな。それにお前、そんなことしてるとお袋さんに怒られるぞ」

「分かってないね新くん。俺はね、誰も死なせずゲームをおさめて、ヒーローになるために行くのだよ」

「漫画の読みすぎだ阿呆」


 嘆息しながら書状を見ると、ちゃんと冒頭に「坂田五郎(さかたごろう)」と、隣席の男児の名前が書いてある。配達間違いではなさそうだが、運営とやらはなぜ堂々とこんなものを送りつけてきたのかと新は訝った。


「それにゲームに買ったら、金で買えない貴重な品をプレゼント! だってよ。何がもらえんのかなあ、身に着けるとフワっと浮く石とか!」

「お前がそれ着けて落ちてきたら、溜池にそのまま沈めてやるよ」


 まともに見もしないまま、新は五郎にそれを返した。どうせデスゲームなんてのは嘘で、頭の弱い大学生を引っかけるための闇バイトか何かだと思ったのだ。


「本当にやめとけって。変な話だったらどうすんだよ」

「うちの郵便受けに入ってたんだ。もしかしたら、新の家にも来てるかもしれないぞ! そしたら他の奴も誘ってみようぜ! 各一人くらいは一緒に連れてけるだろ」

「お前、友達のフリした死神かなんかか」

「だから誰も殺させないの!」


 傍から見ると嫌がらせにしか見えないが、五郎に本当に悪気はないらしい。普段からこの男は「面白そう」というノリに弱く、それ以上に──


「なんでだ!! 女の子を誘ったら、極限状態でカップルになれるかもしれないだろ!!」

「俺が女ならお前だけは絶対に嫌だ」


 モテたい、という欲が異様に強いのである。そのためには目の前の損得が見えなくなり、最終的には大損することも珍しくない。世間ではこういう人間を馬鹿ということを、新は知っている。


「絶対ポスト見ろよー、後で聞くからなー」

「はいはい。せいぜいお前だけ行って勝手に爆破されてこい」


 まだうるさい五郎に背を向けて、新は教室を出た。今日は後の授業もバイトもない日だから、一限が終わったら漫画喫茶でダラダラしよう。そう思っていたのに、なぜか直前に聞かされたポストの話が、何度も脳内をよぎる。


「ええい、クソ」


 新は基本的に面倒くさがりだが、一旦脳内に刻んでしまったことは容易に忘れることができない性分でもある。結局一時間もしないうちに漫画喫茶を飛び出して、自宅に戻ってしまった。


「おいおい……」


 どうせあるはずがない、と軽い気持ちでポストにつっこんだ新の指先に、なめらかなものがつっと滑る。明らかに高級紙の感触で、いつも触っているチラシのそれではない。


 慌てて中身を引っ張り出して見ると、金の装飾が入った分厚い封筒が転がり出てきた。ご丁寧なことに、蝋で封までしてある。


「まさか、な……いや、まさか……」


 思わずマンションの入り口でぼそぼそ呟いていると、脇から視線を感じた。顔を上げると、綺麗な女性と目が合う。


 年は新と同じくらい。ヒールではないのに身長もほぼ並ぶ。つまり女性で百七十センチを超えている計算になり、かなりの長身だ。顔立ちも切れ長の目をしたいわゆる「綺麗系」の女性である。そんな彼女が、訝し気な視線をこちらに向けていた。呟いているのを聞いて、不審者とでも思ったのだろうか。


「す、すみません。なんでもないです」


 新は挨拶もそこそこに、中に入ってエレベーターに飛び乗る。まさか同じマンションにあんなモデル系美女がいるとは思わなかった。普段なら眼福と喜ぶところだが、今は完全に封筒に意識をもっていかれている。


 家に入るなり、狙いすましていたかのようにスマホにメッセージが届いた。五郎からだ。仕方がないので通話に切り替える。


『なあ、なんかあったか!?』

『見慣れない封筒なら。お前のところに来てたのも、これと同じか?』

『そう、それだよそれ!! なに、マジ!? 本当に来たのか』


 封筒の画像を送ると、五郎は一人で大興奮だ。異様に速い速度でたたみかけてくるので、新は閉口した。


『早く読めよ!』

『ああ、まあ……でも手で破る、のは危ないな。中に剃刀とか入ってる可能性もあるし。ちょっと待ってろ、鋏持ってくる』

『男なら素手でビリっといけよお』

『お前、本当のデスゲームだったら初手で死ぬタイプだな』


 愚痴りつつ、新はビニール手袋を装着した。それから鋏で慎重に切り開き、封筒の中身を取り出す。とりあえず中にあったのは高そうな紙だけで、こちらを害するようなものは何もなかった。


『なに……八月の三日から七日まで開催。あなたに新たな日常をお約束する、刺激的なカードゲームのご提案……か。どこにもデスゲームとは書いてないけど?』


 ざっと一枚目の説明文を読むと、どうやら知力を尽くして競い合うゲームを、より尖った面子と状況でやりたい、と書いてあるだけのようだ。これを五郎は、異常な情熱を持って拡大解釈したらしい。


『馬鹿だなあ。本当にデスゲームって書いたら、人が集まらないだろ? だからこれはきっと、ぼかして書いてるに違いないんだぜ!』

『馬鹿に正論を吐かれた……』

『な、なんだよ!?』

『それ、どうせお前のアイデアじゃないだろ。入れ知恵したのは直美(なおみ)あたりか? あいつも封筒もらったんだな』


 急に五郎が静かになった。五郎には伊藤直美(いとうなおみ)という幼馴染がいて、こちらはまだ頭が回る。


『……………………』

『この状況で沈黙は肯定ととるぞ。で、報酬だが……これはお前が言ってたとおり、金で買えないものとは書いてあるな』


 人を舐めているとしか思えないレベルでふわっとしている。こんなのに引っかかるのは、本気で闇バイトの受け子をやるような奴ばかりだろう。新はそれを読んで、改めて五郎に説教しようとして──ふと手を止めた。大きな便箋の間に、それより二回りくらい小さい紙が数枚、挟み込まれているのに気づいたからである。


 そこには、こう書かれていた。



 光瀬新様。


 日々、ご両親との関係に、大変苦慮していらっしゃること、当方はよく存じております。傍から見ていてもご両親、特にご母堂のあなたへの執着の強さは一種狂気じみていて、あなたがよくも一人暮らしを勝ち取れたものだと感心するほどでした。


 しかし、離れられるのはわずかな間。数年たてば、あなたは強制的に実家に呼び戻されることになるでしょう。そのことを一番分かっておいでなのは、貴殿かと存じます。



「……っ」

 新はわずかにうめいた。ここで読むのをやめてしまいたいと思ったが、視線は勝手に紙面の上を滑っていく。



 当方の主催するこのゲームに参加いただければ、ご実家、そしてご両親と完全に縁を切ることも叶いましょう。具体的な手段を教えるのは不公平になりますから後日となりますが、提案が伊達や酔狂ではない証拠として、貴殿の家のご事情を調べた結果を次紙に記しておきます。


 間違いでなければ、どうぞご参加を検討くださいませ。もしこの手紙を無視された場合、ご実家には不愉快な報告が届くかもしれませんが──その時は、ご自身で対処をお願いいたします。



 読み終わって、新は大きく息をした。知らず知らずの間に呼吸を止めていた。それに気づかなかったくらい、文面に引き込まれていたといえる。


『おい、どうしたんだよ。さっきから、息の音しかしねーぞ』

『……大丈夫だ。なあ五郎、案内と一緒に……少し小さな紙が入ってなかったか?』


 新が聞くと、五郎は不思議そうに答えた。


『いいやあ?』


 具体的に聞き出したが、五郎の封筒に入っていたのは大会の説明と、会場まで到達するための交通手段の紙だけ。家庭の事情をにおわせるどころか、挨拶文らしきものまでなかったという。


 この主催者が人を見ている、というのは嘘ではなさそうだ。遊びに行ったことがあるから分かるが、五郎の家はみんな仲が良くて、まっとうに働いてきた人たちばかりだ。こういう脅すような弱みがなかったから、必要がなかったのだろう。


『なあ、お前も行くだろ!? 面白そうじゃん。お前と直美がいたら、俺たち絶対全員生き残れるって!』


 五郎の声が頭の遠くに押しやられる。今、新の頭の大半を占めているのは、このおかしなゲームのことを、母が知った時の修羅場だ。


(なんでこんな怪しげなところから手紙が来るのかしら? 通販で変なもの、買ったりしなかった?)

(新ちゃんには、やっぱりママがついていないとダメなのよ)

(ねえ、ずっと一緒にこの家で暮らしましょう? そうしたら、ずうううっとママが新ちゃんを守ってあげるわ)

(ねえ、新ちゃん……)

(新ちゃん……)

(新ちゃ


『新! 聞いてんのか、新!?』


 どん詰まりに入りかけていた新の思考を引き戻したのは、五郎の声だった。新は犬のようにぶるぶると頭を振って、母親の影を追い払う。


 警察に通報する気にはなれない。そうなったら両親が介入してくる。結局参加するのであれば腹をくくって、無謀なことを考えている五郎と直美を止めた方が良い。新はそう判断した。


『分かった。俺も行く。ただ、俺たちがどこへ行くか──お前の家族には絶対に知らせておいてくれ。いざとなった時、外から探してもらえる実家があることをアピールするだけでも、向こうは極端なことがやりにくくなると思う』

『えー?』

『あとは期間中、絶対にスマホを手放さないこと。ネットや電波が来てなきゃお手上げだが、この手紙からみると日本国内でやるようだし、全くつながらないってことはないと思う。いざとなったら、警察を呼べるようにはしておきたい』

『お前、それは人を疑いすぎじゃないか?』

『こんな性格の悪い運営をあっさり信用するお前の方が、人として問題がある』


 その後も五郎はさんざんゴネたが、新は脅したりすかしたりしてようやく納得させた。全てが終わった時には夕方にさしかかっていて、新の肺から深いため息が漏れてくる。


「行くしか……ないよな。実家に戻ったら、俺は終わりだ」


 自分に言い聞かせるようにそうつぶやいて、新はスマホを握りしめた。


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