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あらゆることがネタを書く上でのヒントに見えてくる。が、実際にその中で価値があるのは極一部で、俺にとってはほとんどの出来事がノイズでしかなかった。
よる辺がない湖の中で一人、手製のボートを漕いでいる。目的地はなく、ひたすらに水面に波紋を立たせるだけで、何もしていないのと同じ。
都会と下町が混ざった街並みが夜に近付いていく中で、俺はここに居ること自体に違和感を覚えてしまう。行方さえないのにどこかへ向かっている旅は、どこかで終わらせないといけないのかもしれない。終わらせたいと思っている。
劇場へ向かう道中を林と二人で歩いていた。今日は宗像さんと三人で飲むことになっている。食費が浮くのは有り難いが、どうしても人付き合いに慣れることができない俺は今からその時が来るのをビクビクしながら待っていた。
何か悪いことを言われるのではないか、と余計なことを勘繰ってしまう。俺たちのネタにはいくらでも良くないところがあるはずだ。だから、ダメ出しをしようと思えばいくらでもできるはずだ。
それに、俺がしゃべくり漫才にこだわっていることはみんなにもバレている。そろそろ動きのあるネタを書くようにアドバイスされてもおかしくない。
そうなった時に俺はどんな表情をして、どのような対応ができるのだろうか。このこだわりを捨てるのは容易ではない。他人の意見を受け入れることも容易ではない。俺は、そういうのが苦手な人間だ。
電線に止まっているカラスがカァーカァーと鳴いていた。夜になろうとしているのに何をしているのだろうか。彼は眼下に広がる疎らな人の行き交いと、その中で二人並んで歩いている俺たちのことを見てどんなことを思うのだ。
きっと、俺たちのことなんてなんとも思っていない。考えなければならないような価値がある人間になどなれていない。誰からも無視されるのが相応しいような生き方しかしておらず、カラスにさえも居ないものとして扱われるはずだ。
当然ながら、歩いているとそのカラスから遠ざかっていく。それにつれて、彼の鳴き声も徐々に小さくなっていく。真っ黒なカラスはこれから夜に溶け込もうとしている。夜になって、自分のことを世界から見えなくしようとする。
目立たなければいけない俺はカラスになってはいけない。それでも、俺という人間はカラスのようだと思った。カラスのように、透明人間になってしまっている。みんなから見えなければならないのに、誰からも見えなくなっている。
そんなことを考えながら歩いていると、カラスの鳴き声すらも聞こえなくなった。完全に消えたカラスは、うだつの上がらない芸人をしている俺だった。
それもこれも全てはゲムのせいであると思う。ただ、もしかすると、宗像さんとの飲みの中で、俺はゲムから解放されるかもしれない。そういう可能性がある。
少なくとも、一人でネタ帳に向き合っているよりかはその可能性は高い。それで全てが上手くいくのかは分からないが、今よりも成功できるのは間違いない。
「YouTubeなんだけどさ。ネタ上げたりする?」
「ネタは、もうちょっと完成させてからでもいいか」
「でも、変えるところも特になくない?」
「大会に落ちたんだから、そのままというわけにもいかないし」
「そりゃそうかもだけどさ」
「どこか直すべきところがあるはずなんだよ」
「そうなのかな」
「もしかしたら新ネタを上げた方がいいのかもしれない」
「新ネタね」
「映像に残るならしっかりとしたものにしたい」
「それも宗像さんに相談してみる? どこか直した方がいいところとか」
「そうした方がいいかもな」
「俺にはあんまり分からないからさ」
「俺にも分からないけどな」
「それならやっぱり聞いてみるのがよさそうだ」
「そうするか」
「別に悪くはないと思うんだよな。少し変えるだけで大分よくなりそうだし、あんまり難しく考える必要も無さそうだけどね」
「そうだったらいいけど」
「宗像さんも褒めてくれてるよ。だから、自信は持っていいはず」
「そうか」
林はずっとYouTubeに前向きだ。林がそうであるということは、普通の人はそうであるということだと思う。その表情には曇りさえないように見えた。
アレだけ悲惨な結果になっているYouTubeを見てもまだ希望を抱けるというのは不思議だ。自分たちにファンがいないことを露呈するだけの結果になったソレに、どうしてここまで乗り気になれるのだろうか。
そして、どうして俺はここまで乗り気になれないのだろうか。ネタの完成度を上げたいというのは全うな意見のように思えてそうではない。
なぜならば、これらのネタはすでに客前で披露したことがあるネタだからだ。真剣に作って、すでに審判を受けて、ある程度はウケるということが分かっているネタだからだ。これでお金を取っているのだ。
結局のところは怖いだけなのだと思う。毎回毎回観客からの審判を受けるだけでも十分に疲れるのに、それがYouTubeというもっと広い場で行われるというのが考えるだけでも嫌なことだから、逃げているだけだ。
それならば人前に出るような職業を選ばなければよかったのに、と、考える気持ちもある。が、やはり、まだ完成していないように思えて仕方がないのだ。
もっと改良することができるはずなのだ。そして、その手助けをしてくれる存在がいるかもしれないのだ。ゲムに浮かされている間に書いたネタは、ゲムに浮かされていない人間によって批評されないといけない。
俺が思うに宗像さんはゲムに浮かされていない人間だ。度重なるコンパがそれを表している。俺と違う人間であることがそれを表している。
松野健は変わりたくなかった。しかし、それだとどうにもならないので、変わりたいと思っていた。元来変化を好まない彼は、自らの意志ではなく他人の意志によって否応にも変わらなければならないような状況に追いやられることを願っていた。
それと同時にそれを避けていた。宗像にネタの相談をすることもあまり乗り気ではない。もちろん、YouTubeにネタを投稿するのもあまり乗り気ではない。
それらをしたくない理由は非常に簡単で、変わりたくないからだ。変わりたくないから、存在すらも変えてしまうような出来事に触れたくないのだった。
そういう気持ちと同じような濃度で、ゲムから解放されたいとも思っている。とにかく今のままでは未来がないように思えていたので、未来を作るために自由になりたいと思っていた。なんでもいいから先に進みたかった。
地面に裸足を付けて歩きたかった。それには痛みも伴うが、浮かんでいるだけの存在よりかはマシな未来を迎えることができるはずだ。実際に、ゲムに浮かばされているだけの松野健よりかは、裸足で地面を歩いている松野健の方がマシな未来を迎えられるのだと思われる。
林豊がいきなりYouTubeの話をしてきたのは、ずっとその話がしたかったからだ。二人で並んで歩きながら、ずっとそのタイミングを見計らっていた。二人の関係性はずっとそういう関係性だった。
林はずっと松野の表情をうかがっていた。彼にこだわりがあることはみんなが分かっていることなので、それに触れないように、逆鱗に触れないように、必死に隙を見て会話をするのだった。
松野は話が通じない相手ではない。なので、林には意見を言う理由があった。聞き入れてもらえることも、そうしてもらえないこともどちらもあったが、それでも、聞いてもらえることがあるのならば、意見を言う意味があった。
「乾杯!」
宗像さんはガチャガチャとした居酒屋の中で、大きな声を張り上げる。職業病になっている大きな声は周囲の人の視線を集めるのだが、俺はそれが苦手だった。
それと同時に羨ましくもあった。わざわざ大声を出さないと観客に届かない俺の声は、漫才が連日続くと必然的に弱々しくなってしまう。
それに、ボケである俺にはボソッと面白いことを言わないといけないタイミングがやってくることもある。聞こえるか聞こえないかギリギリの声量でボケて、観客になんにも伝わらなかったということも、今まで何度もあった。面白い、面白くない以前に、届かなければなんにもならない。
いわゆる昭和レトロ的な趣があるこの店はとある時期から急速に勢力を伸ばしてきたチェーンの店だ。これはもう当然の話であるが、個人経営の店よりもチェーンの店の方がクオリティが高い上に値段も安いので、基本的に飲みに行く時にはこういうところにばかり来ていた。
客層はかなり雑に広がっていて、老若男女からサラリーマンからフリーターまであらゆる層がこの店にはやってきている。しかし、基本的にはここに居るのは飲み食いが好きな人だ。
ガヤガヤとした雰囲気自体を楽しめる人がほとんどなわけだが、生憎なことに俺はそういうのが苦手なのだった。とにかく、自分の手に余るような状況に身を置くことが好きではなかった。
俺はこの空間において何者でもない。全てが俺以外の全てによって決まり、自分ではどうすることもできないような濁流のような環境に居る。
もしかすると、いきなり隣の席のサラリーマン然としたスーツ姿の二人組から話しかけられる可能性も、喧嘩を吹っ掛けられる可能性もある。宗像さんの声の大きさはトラブルの発生を心配してしまうくらいには異質的だった。
雑に用意されたおつまみの数々がテーブルには広がっている。食事を楽しみに来たというよりも空間を楽しみに来たという感じなので、具体性がないような料理しか目の前には広がっていない。
ゲムの影響下にある俺は当然のようにこの空間を楽しむことが苦手だった。具体的なことに向き合うことでしか何かを理解することができない俺は、抽象的な空間の、その空気を読むことが得意ではなかった。が、ある程度適応しようとすれば、ある程度は適応できるものである。
馴染んでいるフリをしている俺はこの場で浮かんでいた。浮かんでいないフリをしながら、明確に奇異な存在としてこの場所に座っていた。
きっと、宗像さんの大声なんて問題でもなければ、トラブルの元でもない。もし仮にそうであったとしても、些細なものでしかない。
それなのに、小さなものを大きく見ている俺は不安になり、緊張し、無駄に疲れ、ダメになる。こういう日常の繰り返しが俺であり、俺の脳である。
しばらくは他愛のない会話が続く。俺はしっかりと他愛のない会話を楽しんでいるフリをする。ゲムから解放されていない間に、このような会話を本質的な意味で楽しむことは絶対にできない。
不自然にも自然と周囲を見渡してしまうのだ。そして、ここにいる人々がある種の個体として動いている様を客観的に眺めることになる。
群れであるはずの人々が、ここにおいては個体のように振る舞っている。見えない線が俺以外の全員に繋がっていて、あらゆることがシンクロするような空間で浮かんでいる。空間が一つの生命体のようだ。
繋がりがないから浮かんでしまうのだ。線によって、綱によって地上に繋ぎ止められていないから、どこまでも浮かんでいってしまう。それは際限がない。
自分以外の全てが塊のように見える。そしてその塊は、今にも漏れ出ている俺のことを排除してくるのではないかと要らない心配をする。異物を取り除こうとするのではないかと不安になる。
そんな心配は必要がないのは理解しつつも、そうとしか考えられないような線が他人と他人の間に見えた。まるで、それぞれが居酒屋の客という役割を演じているように、自分ではない誰かに成り代わっているように思えた。
「それにしても真面目だよな。健ってな」
「そうですかね? そうでもないと思います」
「林から色々と聞いてるよ。ちゃんとした人間って感じだ」
「ありがとうございます」
「そうだ! 宗像さんに聞きたいことがあるんですけど」
「なんだ?」
「俺たち、ネタの方向性が迷子になっちゃってて」
「そうか? 別に今のままやっていけばよさそうだけどな」
「ちょっとアドバイスというか、何かないですかね?」
「いきなり言われても困るけどな」
「そりゃそうっすよね。でも、宗像さん! そこをなんとか!」
「うーん、これ、言っていいのかずっと迷ってたんだけどな」
「え? 何かあるんですか? 思ってたこと」
「別に変な意味じゃないんだけどな? 俺的には二人ってボケとツッコミ逆の方が合ってるんじゃないかって思うんだよな。ネタがどうこうってよりもそこが一番大きいような気がしてるんだよな」
「なるほど。それは考えたことなかったね。松野さん」
「なるほど」
「別に気にしないでいいけどさ。逆でやってみたら? 一回」
「いいっすね! ちょっと試してみよっか?」
「そうだね」
「意外と上手くいくと思うよ? なんとなくだけどね?」
「いや、ありがたいっす! ありがとうございます!」
「ダメだったらすぐに戻したらいいんだし」
「ですよね! いや、本当に助かりました!」
「健的にはどうなんだ?」
「俺としてもいいと思います。何度か思ったこともありますし」
「そうか。それならよかった」
俺はそれを誰かに言われることを待っていた気がした。これで、俺はネタを大幅に変える口実を手に入れることができた。ずっとこの時を待っていた。
俺にはこだわりはあるが、主体性も中身もない。こだわりという殻によって人間の形を保っているだけで、本当はその中には何も入っていないのだ。虚無的な衝動があるだけでその内実は空っぽだ。
林もその意見に納得したような様子を見せている。これはおそらく本当にそれをすることになるだろう。俺たちは一度、ボケとツッコミを入れ替えて漫才をすることになるだろう。悪くない話だ。
しゃべくり漫才自体を否定されたわけではない。それを否定されていたら俺はもっと不自然な反応をしていたのだと思う。それはきっと相手にも伝わるような反応だったはずだ。社会に適合しないような反応だ。
宗像さんはバランス感覚がいい人だ。だからこそ、自分たちの芸風を変えて、また新しいコンビに成り代わって一から再出発することができたのだ。
それにしても、どのようにしてツッコめばいいのだろうか。ネタを書いている時に頭に浮かべているのは林のツッコミだ。それを俺がそのまま踏襲したところで、下位互換的なものになるだけだろうし、俺なりのやり方を模索しないといけない。
そうなると、ちょっとしたテストで終わらせるのではなくて、本格的に移行していくつもりでそれをした方がいいだろう。大会の二回戦で落ちたことは、抜本的に仕組みを変えるにはちょうどいい機会なんだと思う。ゲムの力よりも落ちたことの力の方が強い。大会に落ちたことは全ての喪失に近かった。
その勢いのまま、宗像さんのアドバイスを聞いてしまえばいいのだ。ゲムから解放されなければならない俺は、この混沌としたどさくさに紛れて、どこかの誰かに成り代わる。こういう場所で、他人と線が繋がり、個体になれるような自分へと変身する。浮かばない俺になる。
それが上手くいくかどうかは分からないが、上手くいかなければいかないで未来は開けてくるだろう。何をしても何にもなれないのであれば、さすがの俺たちもこの仕事を諦められるはずだ。ここには未練さえもなくなるはずだ。
普通になるのは一つのゴールだ。俺にとってのゴールであって、林にとってのゴールではないが、お互いに沈み込むよりかはどちらかは助かった方がまだマシだ。芯の部分で人と共感することができない俺であれば、別に林の犠牲くらいはなんとか消化できるだろう。
松野健には人の心が分からない。それは、普通の人の分からないとは違う次元で、もはや皆目検討も付かないというレベルで分からないのだった。
それは元来生まれ持ったものであるから、どうしようもないと言えばどうしようもないのだが、だからと言ってそれが肯定される世の中でもない。彼は常に演技をしている。とにかく分かっているフリをしている。
それでも、ゲムから解放されさえすれば、そういう状態にあっても世間との繋がりを持つことができるようになる。異質な存在としてみんなから肯定されるようになれば、それはこういう人間にとっては成功としか言いようがない。
それからも他愛のない会話が続く。それをテクニックとして覚えただけのやり方でなんとか違和感がないように過ごしている松野健。純粋にその時を楽しんでいる宗像と林。対極的なのに、同じように見える。
孤独しか受け入れられない彼も人間ではある。なので、人並みに感情があり、分かられたいと思う。だからこそ、自分と他人が接したお笑いの道に進むことになった。他人の気持ちは分からないが、自分の気持ちは分かられたいのだ。
どこまでも自己中心的な彼はそうではないように振る舞うしかない。性根の部分からねじ曲がっているという自覚が彼にはあるので、体裁を整える手段は意識的にも無意識的にもたくさん用意している。どうすれば他人を怒らせないのかをある程度は理解している。
が、それはあくまでもテクニックであり、フリだ。オートマタにならないそれを続けるのはひたすらに疲れる。普通のことをしているだけで疲れるということはシンプルなハンディキャップだった。
誰かと肝胆相照らすような仲になれるわけもなく、普通の人であれば当たり前のように享受することができる接点を得るためにわざわざお笑いという遠回りをしている。その遠回りの中でまた自分の特性のせいで遠回りをする。
遠回りをしながら、それらから解放されたいという願望を持つようになった。ゲムから解放されたいと心の底から思うようになった。が、それはやはり自分一人の手でどうにかなるようなものではない。誰かの助けを借りなければならない。
線のような繋がりが可視化すれば、もっと演技は容易になり、いつかは自然に溶け込み、無意識的に行えるようになる。線が可視化すれば、何をすればみんなが喜んでくれるのかが容易に分かるようになる。
まだそれを作品というレベルでは感じられない松野健は、その線との繋がりがある宗像からのアドバイスを純粋に受け入れることにした。ボケとツッコミを入れ替えることが、いわゆる普通の人々と共通のスキーマを共有することになるのであれば、そこで躊躇う必要などなかった。
宗像は色んなことを分かっている人だ。二人の関係性が歪であることも、人の心も、ボケとツッコミにどこか違和感があることも全てが分かっている。だからこそ、知ってしまっているからこそ、二人に気をかけないといけないという使命感に駆られている。
心配しているのは松野健だ。林豊という人間は強い人間であることを知っている彼は、本当のところは松野健のことを一番に気にかけていた。気にかけられるだけの価値がある人間だと思われていた。
松野健がどのような気持ちで人と接しているのかに関わらず、彼がやってきたことは彼自身の評価になる。それは悪いことばかりではない、どころか、良いものばかりで、どちらかと言えば他人から好感を持たれている人間だった。それでも、ゲムがあることで、繋がりが持てなかった。
居酒屋での話し合いはやがて夢現としたものになっていく。お酒が入っていけば、宗像も、林も、松野も、誰も彼も何もかもが曖昧になり、見えている世界がぼんやりとしてくる。それは現実の記憶というよりも、何者かに差し込まれたような、作り物のような記憶だ。実感を伴わないような思い出だ。
三人は何軒か居酒屋をハシゴした。そして、それら全ての支払いは宗像がするのだった。あまりにも盛り上がりすぎた会の代償は、益々寒くなっていく懐だった。それでもよかった。
誰だって、こだわりを捨てたくないものだ。それでも、この世界と結合し続けるために、自分にとって本質的に大事であるはずのこだわりすらも呆気なく捨ててしまう。そういうものだ、と言いながら、悔しい想いを抱えながら捨ててしまう。
そんな中で、いつまで経ってもしゃべくり漫才にこだわり続けている松野健は、希望でもあった。もしもの自分を見ているようで、宗像や、その他の先輩からしたらその存在は眩しいのだった。
ゲムによって浮かされていることに何もメリットがないなんてことはない。彼は、彼のことをよく知る人物からは慕われ、ある種の羨望を受けていた。
例えそうだとしても、やはり松野健はゲムから解放されなければならないのだった。成功しなければ未来がない人生を選んでしまった以上はそうせざるを得ない。
矛盾したような状況でも、酒に酔ってしまえば全てがどうでもよくなる。その魔力に一時的に溺れている彼らは、自分たちの立場のことすらも忘れた。
忘れられることはなんでも忘れた。それでも忘れられないものが特性的なものであって、ある意味では本質とも言えるものなのだ。
本質とは常に変わらないものであるから、酒に酔った三人はいつも同じように振る舞うのだった。変わらないでいる三人の姿は、都会によく居る、眩しいくらいに青い人々だった。
その青さは光でもあった。憧憬という光になって、周辺で暮らしている人々を引き寄せるも、この街の吹き溜まりのような場所で滞留し、何者にもなれないまま、時間だけが流れていくのだった。




