2
「どうもー! 順風です、よろしくお願いしまーす」
「よろしくー」
俺たちは慣れないことをしていた。あまりにも狭すぎる箱のような部屋。目の前にはスマホが固定された三脚。それに向かって、誰も居ないのに話しかけている。
大きな大会は二回戦で落ちた。どう考えても俺の実力不足のせいなので、林からの「YouTubeをやろう」という提案を断るなんていう選択肢はどこにもなかった。
そんなことを言っていられるような状況ではない。事務所で俺たちのような売れない若手を管理してくれている横野さんからもやるように言われてしまったので、これはもう逃げることができなかった。
YouTubeをやる、と決めるのは意外と簡単なことではあった。もはやプライドなんてどこかへ吹き飛んでしまっていて、恥ずかしさなどを感じている暇などなかった。もちろんそれでも恥ずかしさはある。
しかし、意外とこれが難しいのだ。というのは、YouTubeをやると言っても、何をやるのかは自分たちで考えなければならない。
正直に言えば、何も面白いことが思い浮かばないのだ。カメラの前で話すだけの動画を撮ったり、ラジオの真似事をしてみたりと、何一つとしてウケる要素がないような動画しか投稿できなかった。
その結果は火を見るよりも明らかで、再生回数は数百、下手したら数十程度で収まり、ファンがいないという現実を叩きつけられることになっただけだった。
ネタが面白くなければ、ファンもいない。そんな俺たちには何か存在価値があるのだろうか。少なくとも芸人としての価値なんてどこにもないように思えてしまう。
勁烈だったのにいつの間にか弱くなっていた天井の照明。薄い光をこの空間に落としているそれは、俺たちの生き方のようでもあった。
当たり前だが、芸歴が浅い頃の俺たちはギラギラしていた。それは自分たちが漫才師として、芸人として成功することを信じて疑わないような激しい光だった。
それでも経年劣化によって、想いは薄れていく。薄れた光の中で、YouTubeを撮影するという選択を取ることができるようになった。
松野健は漠然と成功したいわけではなかった。純粋に、芸人として成功したいのだった。だから、ダメになる直前までYouTubeに手を伸ばすことができなかった。
ギリギリの淵に立っている彼。客観的な状況だけを見れば、周りの芸人や、消費者金融に借金をしている林豊の方が崖っぷちに居るはずだったが、主観的には松野健の方が飛び落ちてしまいそうだった。
彼が落ちそうなのは、彼にゲムが付きまとっているからだ。本当は崖っぷちになんて居ないのに、自分のことを淵の住人だと思い込むことで、本当にその場所に立ってしまっているというだけだ。
追い詰められているからそこに立っているのではなくて、自らの足でわざわざ歩いてギリギリのところまでやってきたということだ。
それはとても滑稽な様ではあったが、それを知っている人間は誰も居ない。彼自身も彼自身の常識のせいで、歩いているという事実に気付くことができていない。それはとても愚かなことではあるが、その愚かささえもゲムによって浮かされていることで発生している愚かさだ。
大抵の人は賢くなりたいと思っている。それなのに賢くなることができないのは、自らの愚かさによってそうなっているのではなくて、自分以外の何かによってそうなっている。
松野健と同じように、ゲムに悩まされている人は他にも存在する。しかし、彼のようにそれにゲムという名前を付けて、解放されるべき対象であると考えている人はほとんどいない。
創作をしている彼はゲムに気付くことができた。なぜならば、ゲムに浮かされている状態で人気者になることなんて絶対にできないからだ。
自己を探求する中で、自分に足りないものに気が付いた結果、それにどう対処すればいいのかがわからないままで、困っている、というわけだ。
「――いやぁ、ユーチューバーって思っていたよりも大変だな」
「そうかもな」
「俺たちみたいな芸人にはそれなりにファンもいるわけだけどさ。素人の人はどうやって客を集めてるんだろうな」
「YouTubeの話はもういいよ」
「でも、横野さんにも言われただろ? 売れても結局はやることになるんだからさ。前向きに頑張ればいいじゃん」
「そうかもしれないけどさ」
「そもそも俺からしたらテレビもYouTubeもそんなに変わんないしな。だって、松野さんだって売れたらテレビに出るつもりでしょ?」
「それはもちろん。そういう授業もたくさん受けてきたからな」
「なら別にいいじゃん。やってることは変わらないよ」
「でもな」
「気恥ずかしいっていうのはわかるよ。だって、俺たちだけでやってるし、俺たち以外には誰も見てないし」
「なるほどな」
「そうだ。ネタでも上げてみたらいいんじゃないかな?どこの芸人さんのYouTube見ても一番受けてるのってネタだからさ」
「ネタな」
「やってみたらいいと思うよ。別に悪いことしてるわけでも、恥ずかしいことしてるわけでもないんだからさ」
「そうだな」
いつの間にか空返事になっていた松野健。ネタをYouTubeという場所に上げることの是非を考えていた。もちろん、それが良いことであるとは思えないという前提で考えていた。
彼にとってネタとは全てでもあった。自分が注ぎ込んだ魂がそこにはあるような気がして、自分にとっても扱いが難しいものとなっていた。とてもではないが、軽々しく扱えるものではなかった。
それを簡単に「YouTubeにアップしよう」と言ってくる林。彼に対して憤りを感じることはなかったが、その軽薄さに嫌気が差していたのは間違いない。
ここでいう軽薄さとは、松野健が抱いている感情という意味だ。YouTubeにネタを投稿することが軽薄なのではなくて、松野健が林豊に対して軽薄さを感じているというだけの話だ。
それでも二人はまだまだ二人で一緒に居るつもりだった。大会に落ちたことで、二人はどこまでも落ち込んでいた。それもあって、衝突しそうになることもあったが、お互いに想いは胸にのみ留めておく。
ある意味で、YouTubeをするという選択をしたのは、崩壊しないためであった。思っていることを全て相手に伝えてしまったら、その瞬間に順風というコンビは解散への道を辿ることが二人には本能的にわかったので、そうならないように安全な道を歩いているのだ。
しかし、それではゲムから解放されることはない。少なくとも、松野健の努力によってそれが達成されることなど絶対にない。誰かの助けを借りないといけない。
その誰かは林豊以外の誰かであることが望ましい。二人の衝突の末路は解散への道となっているので、そうではない誰かによって気付かされないといけないのだ。
ゲムとは自分によって、もっと言うと自分の中にある成分によって生きている生命体のような塊、質量を伴うような存在である。
それを自覚することによってようやく新しい扉が開けるようになる。浮かんでいる状態では絶対にノックできなかった扉にノックをして、その中から誰か人が出てくるのを待ち続けることができる。今はノックすらできていないのだ。
結局は他人によって全てが決まる。特に成功のような、自分ではどうすることもできない物事というのは全てが他人によって決まる。
大事なのは扉をノックし続けることだが、それに応えてくれる人がいるのかどうかはもはや誰にもわからない。それでも、それを続けなければならない。
俺たちは二人並んで座っていた。それは動画を撮影するためだったので、それが終わり、話が終わるとすぐに離れることとなった。
林はもう帰ってもいいはずだった。が、すぐに帰ろうとするのも変だと思った彼はしばらくここでスマホをいじっていた。狭い部屋であぐらをかきながら帰宅するのにちょうどいいタイミングを見計らっていた。
俺としてはネタの打ち合わせをしたい気持ちもあった。大会の時に少し気になることがあったから、そこを調整したいという気持ちがあったのだが、それが終わってからの林はネタ合わせに後ろ向きになってしまった。
俺が思っている以上に、林はショックだったのかもしれない。彼が彼なりにベストを尽くしてくれているのは間違いない。その上で、壁を越えられなかったことが俺が思っているよりもショックで、現実逃避をせざるを得ないのかもしれない。
俺は、ゲムによって浮かされていた。その結果、林のことを思いやっていた。本当はこんな思いやりは必要ないのかもしれないけれども、それでもその感情を蔑ろにするわけにはいかなかった。
他の芸人の中にはもっとぶつかり合うコンビもいる。他にも明確に主従関係のようなものがあるコンビや、対等に同じ方向を向かって頑張っているコンビもいる。
俺たちにはどんな関係性が向いているのかを考えることもあった。どうすれば最適な関係になり、最適なネタを作れるのかを考えたこともあった。
だが、もはやそれはもういい。林はあくまでも可愛げがあるクズであって、それ以外は別に俺が考える必要のないことだ。どうせネタを書くのは俺なのだし、林には人に好かれてもらったらそれだけでいい。
十分にネタをやってはくれている。ちゃんと俺のネタを表現してくれてはいるから、俺から何か文句を言えるような立場でもない。きっと才能がある林のそれを潰してしまっているのは俺なのだ。
他の芸人とコンビを組んでいたら、もっと早く成功していたと思う。それは俺のことではなくて林のことだ。林は、俺ではない誰かと一緒に芸人をやっていた方がよかったと思う。
こんなことを考えても仕方がないことは十分に理解しているつもりだ。どうせ俺がやらなければ二人が成功することはないのだ。俺がちゃんとしたネタを書いて、林に日の目を浴びさせないといけない。
その時に俺はオマケであってもいい。彼の才能に寄生する虫であってもいい。とにかく、最低限、林が表舞台に立てるだけのネタを考えてやらないといけない。
「そうだ。宗像さんが一緒に飲みたいって言ってた」
「そう。わかった」
「じゃあ、宗像さんにそう言っておくから。予定合わせてね」
「そうする」
思い出したように宗像さんの話を切り出した林。それが終わると、近くにあった自分の荷物をまとめて、帰宅の準備を始めた。
こんな部屋だから荷物が散乱することもないので、それはすぐに終わり、軽く挨拶をしてからこの家から出ていく。その後ろ姿に声をかけて、また一人になる俺。
大会を言い訳に飲みに行っていなかったのだから、大会が終わったらそうしないといけない。それは俺もわかっていたし、ここでコレを断れるほど、人の気持ちがわからない人間でもなかった。
俺は倒れ込むようにして寝た。これから、簡易的ではあるもののYouTubeの編集をしなければならない。そこまで凝ったものではないが、慣れていないことなので精神的にはかなりすり減る。なおかつ、そもそもYouTubeに動画を投稿すること自体にそれなりの疲労感があった。
それはきっとそこにも夢を乗せているからだろう。なんだかんだ言って、俺も心の底ではYouTubeで成功して、こんな生活から抜け出せるならばそれはそれでいいと思っているのだろう。
そうなった時のためにもネタを研いておかなければならない。メディアに出るようになって、ネタを披露する機会が貰えた時、今みたいなつまらないネタをやったらくだらないタレントになるだけだ。
そんなものになるために芸人になったのではない、とも言っていられない現状ではあるが、とにかく俺は俺なりに面白いネタを書かなければならない。
新しく何か題材を見つけなければならない。今の手持ちのネタにはそこまでの価値がないようなので、どうにかして新しい武器を手に入れなければならない。
もはや面白いということがなんなのかさえもわからなくなるほどにそれについて考えている。緊張と緩和など、養成所で教わったテクニックめいたことを思い返してみても、本当に自分たちにそれが適応されるのかよくわからなかった。
何か別の生命体のために用意されているテンプレートのような気さえしていた。俺たちは俺たちでオリジナルのやり方を模索しなければならず、教科書をなぞっているだけでは成功なんてできるわけがない。
それでも、自由にネタを作ろうとしても、何も思い浮かばない。もはやガランドウになった心には、新しいものを作り出すだけの元気がなかった。
堕落してはいけないので、起き上がり、立ち上がり、ネタ帳を手に持ち、テーブルに広げる。過去に書いてきたネタの数々を見て、そのつまらなさに呆れてしまう俺。なんだこれは。
こんなもので何か大きなことを為そうとしていたのか、と、考えると、衝動的な虚無感がやってきて、それら全てを消してしまいたくなる。
ネタ帳のページ一枚一枚全てを切り刻んでしまいたいような気持ちに襲われるも、このネタは俺だけの物ではないことを思い返し、ギリギリのところで踏み留まる。
前までの俺だったら、こういう時に行動をしていただろう。破壊的かつ虚無的な衝動を抑えることができずに、努力の結晶とも言えるようなネタ帳をビリビリに破いてしまっていただろう。
相方との間にある細いが確かにある繋がり。それのせいで、いつもの自分ではなくなっている。俺のことを浮かしているゲムに支配されることもなく、努力を連続することができている。
松野健は衝動的でもあった。普段から思い付いたことをすぐに実行したがり、感情が昂ればすぐに怒り、その代償を自分自身で払っていた。
そんな彼が踏み留まれているのはやはり相方である林豊がいるからである。それがあるので、彼は普通のコンビよりも歪であったとしても、依存されていることを許していた。
ネタ作り、編集、あらゆることを彼がやっている。さらにはお金まで貸している。そんな状態であっても、小言を林に言うことはほとんどなかった。
もはや松野健は何かの弱みを林豊に握られているかのようでもあった。実際、もしも松野が一人になったら、彼は間違いなく困ってしまうわけで、弱ってしまうわけで、弱みを握られていると言っても差し支えないだろう。
どこか対等ではないとしか思えないような関係は、どちらかと言えば林にとって重荷だった。何か思ったことがあったとしても、依存している先の松野健にそれを言うことができない。
ゲムによって浮かされている彼には外部の介入が必要不可欠だった。が、ゲムは自らを生き永らえさせるために、それをさせないような仕組みを松野の中に作り上げる。生存するために必死なのは人間だけではない。
何か特別な衝撃が必要なのだった。それは衝動のようなものではあるが、あくまでも松野健の衝動ではなくて、その周りの人間による衝動でなければならない。
ハレーションが起こらなければ、ゲムから解放されることはあり得ない。それを無自覚的に理解していた彼ではあったが、あまりにもそれを恐れすぎている彼にはそれを受け入れることは難しかった。
相方と共に過ごしていた時間よりも、ゲムと共に過ごしていた時間の方が長いのだ。これもまた無自覚的ではあるが、彼はゲムと共に死にたいとも思っていた。
ゲム自体が自分の存在の証明であるかのように勘違いしていた。それは単なる脳機能の働きでしかないのに、自分のアイデンティティの全てであるかのように思えてしまっていた。
治し方がわからないという、短絡的な言い訳を用いて、自分ではなくてそれを優先してしまう。もっとも優先するべきなのはゲムから解放されることであるにも関わらず、そうしてしまう。
それではいつまで経ってもゲムから逃れられるわけがなかった。とにかく、必要なのは本気でゲムから解放されたいと思う気持ちと、それをしてくれるためだけに伸ばされる手だ。他人の手だ。
俺は、ネタ帳を閉じた。危ない衝動を抑えた俺は我に返り、自分がとんでもないことをしようとしていたと自覚する。それはテレビにも求められないような異常性だと思った。
そんなことをしてしまうような人間ではダメだ。それはゲムに支配された人間がすることであって、普通の人間がするようなことではない。
普通の人間であれば真剣にやったことは大抵成功させることができる。考えることさえできれば、成功なんて簡単に掴むことができるはずなのだ。
本来はそうであるはずなのに、箱のような部屋の中で誰も居ないのに窮屈さを感じながら生きている俺はそうではない。普通の人間ではないということだ。
俺が何も考えていないということはない。もはや考えすぎるくらいに物事を考えているが、それでも何も成果が出てこないのは、間違いなくゲムのせいだ。
ショートしそうな頭の回路。それは、何者かに動かされることによって、常に予測不能な未来がやってくることに疲れているがゆえにそうなっている。
塵界において、生きる意味を求めることほど無駄なことはない。なぜならば、脳内に舞っている塵の全てが人間の生きる意味であるからだ。これを払ってしまえば死ぬしかなくなる。
死ぬために生きているわけがない。俺は、みんなの感情と、俺の感情が接する点を作りたいだけなのだ。それにゲムが不要であるというのならば、いくらでも捨ててやる。捨ててやると思っているはずだ。
捨てられるものならば捨ててみせる。捨てたくないという思いさえも振り切って、俺はそれから解放され、自由になり、誰でもない自分になることで、成功することができるようになる。
俺は常に考えていることだけは立派だ。それに中身が伴っていない。いつかは中身が伴った自分にならないといけない。ちゃんと、成功しないといけない。
多くの人に受け入れられる人間になる必要がある。今の俺はそうではないという現実を受容し、それを踏まえて行動をする。何が足りないのかは知らないが、何かが足りない。足りていないから先に進めない。
もしくは何かが過剰になっている。恐らく、俺の問題は不足ではなくて過剰だ。だから、歩くのではなくて立ち止まる必要がある。しかし、立ち止まっていては、どうにもならない。やはり、先に進む必要がある。
松野健はネタを書くことにした。一人になれば考えは暗い深淵の方へと向かう。しかしそれはゲムがいる方だ。本来は逃げなければならない場所だ。
ずっとゲムと共に生きてきた彼はゲムと仲が良かった。だから、生きているだけで勝手にそれに近付いてしまうのだ。それはしてはいけないのに、そうしてしまう。
今もまたゲムと顔を向き合わせていた。ネタを書いている時が一番、ゲムによって浮かされている時間だった、他の時間よりも真っ直ぐにそれと向き合うから。
それから逃げなければいけないはずなのに、それをしない。努力をしなければいけないから努力をするものの、その努力自体でマイナスの方向へと向かう。
とにかく、とにかく彼にできることは一つしかない。ゲムから解放されることを願うことしかできない。自分以外の誰かの手によって、それが為されるのを信じて待つしかない。
そのためにできることがあるとしたら、人と触れ合うことだ。本人もその事には気付いているはずなのに、色んな言い訳を用いてゲムの解放から逃れようとしている。逃れようとしているとしか思えない。
書いてはかき消して、書いてはかき消してを繰り返しながら闇雲にどこかへ向かっている松野健は一人では生きられないタイプの人間だった。それでも、要領が良い部分でそれをなんとか誤魔化して生きていた。
ずっとSOSを出してはいた。しかし、背負ってしまう彼はそのSOSが偽物であるかのようにも振る舞うのだ。頼りになる人間のフリをすることで、彼のことを助けようとする心に戸惑いを発生させているのだ。
彼の近くにいる人は、誰もが彼が変であることに気付いていた。が、それはあくまでも彼自身の問題であると、みんなが思い込むことによって、それに手が差し伸べられることはなかった。
もっと、壊滅的にならなければならないのに、中途半端にマトモなままに生きていける能力は無駄なものだった。誰でも良いから助けてほしいと思っているのに、誰にも助けてもらえないのは不幸だった。
結局は運命によって人生とは決まってしまう。だから、松野健は自分が思い描いていたような道ではなくて、誰かに、ゲムでもない『ナニカ』によって動かされる。
動かされた結果が成功とは限らない。そして、ゲムから解放されることが本当に松野健の幸福になるのかもわからない。
それでも、彼が意図しない形で人生は動いていく。動かなければならないので動くことになってしまう。仕方がないと受け入れられるようなものではないかもしれないが、結局は受け入れることになるものなので、受け入れなければならない。
自分であることを否定することは絶対にできない。が、自分に刺さっているトゲまで自分だと思う必要はない。本来はそのはずだった。
彼もゲムのことを自分だと思う必要はない。ゲムはあくまでもゲムでしかなく、本質的には松野健とは関係がないものなのだ。
解放されたらいいのだ。解放されることによって何が起こるのかもわからなかったとしても、松野健はゲムから解放されなければいけない。
そうしなければいけないと本人が思っている間は、そうしなければならない。それだけが確かなことであって、それ以外のことはあまり関係などなかった。
感情的に揺れ動く方が正しいはずなのだ。だから、彼は自分の足ではなくて、他人の手によって動かされることを願わなければならない。
今もネタ帳にあれこれと色んなことを書き込んでいる男。それは端から見れば未来に向かっているようにしか見えないが、本当はあらぬ方向へ向かっているだけ。
それは誰も居ないような方向だ。逃げるためには、誰かに手を引かれる必要がある。それが相方なのか、先輩なのか、事務所の人間なのかはまだ分からない。
ゲムに解放されてしまったら、今までと違う人生を歩むことに、実際に自分の足を地面に付けて歩むことになるので、その時に松野健がどうなっているのかは誰にも分からない。
本当は、芸人として成功する必要すらないのかもしれない。全てはゲムから解放されなければ分からないことだが、実際問題、彼がゲムから解放されるのかすら、分からないのだった。
あらゆることが分からない中で歩いていくのが人生の本質だったとしても、わかったような顔で歩いているのがいわゆる普通の人間だ。
彼はそういう人間にならないといけない。つまりは、色んなことに分かったような顔をしてあげなければいけないということだ。
それはもしかすると辛い道かもしれないが、それがゲムから解放されるということならば、それは仕方がないこと、なのかもしれない。




