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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第六章 

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第97話 目覚めを待つ猛獣

 イグマンがリルの茶色い瞳を見ると、西日に当たっているせいか、赤々とした炎が奥底で燃え始めたように見えた。


(まるで眠っている猛獣もうじゅうが、起きかかっているみたいだな……)


 イグマンは小さくため息をつく。

 彼らが「手柄を渡す代わりに暴れさせてくれ」というのは、「暴れて宿屋の物を壊したり、関係のない者を誤って怪我をさせてしまったときに後処理をしてくれ」という意味である。

 簡単に言ってくれるが、片づけをとどこおりなく終わらせるのは容易なことではない。


 しかし、今のイグマンにとって拒否する権利もなかった。


 ——もし君たちが今回失敗したら、イグマンは私の元に来てもらおう。 


 ——君たちだけでは頼りないからと思ってね、こちらからもまた別の要員を送っているんだよ。もし彼らが先に兄弟を手に入れたときも、イグマン、君は私の元で働かせるからね。


 電話越しのフロイドの言葉がよみがえる。

 どちらにしてもイグマンがジェレミア伯爵家の子どもたちを連れ帰らなければ、彼はフロイドのところへ行かざるを得ない。それはイグマンにとっていくつかの不都合が生まれるため、どうしても避けたかった。


(ここで拒否したところで、リルとセレイラが俺たちの仕事の邪魔をしてくるだけだ。そうなるのならリルたちの後始末を引き受けて、兄弟を確実に回収するほうを選んだほうがいいのかもしれない……) 


「イグマンさま、奴の話に耳を傾ける必要はないですよ」


 エレインがイグマンを気遣うように言ってくれる。だが、イグマンの腹はすでに決まっていた。

 

「エレイン、ありがとう。だが、今回は彼らと手を組むことにする」


 リルがにっと嬉しそうに笑い、ほっそりとした手でイグマンの肉厚な手を握った。


「決まりですね。それじゃあ、細かいことはお願いしますよ」


「イグマンさま!」


 驚いたエレインが、声を荒げて上司の名を呼ぶ。また側にいたアベルとヨハンも困惑した表情を浮かべていた。西日を背にしていたこともあり、その顔に浮かぶ憂いの陰はなおのこと濃いように感じたが、イグマンはそれを見て見ぬふりをした。


「俺たちの仕事は、ジェレミア伯爵家の後継者とその弟の回収だ。それを成功させるには分担するのもいいと思う」


 イグマンがそう言うと、エレインが反論した。


「しかし、そうだとしてもリルとセレイラが戦った後始末は彼らがすべきことです」


 建物内部での戦いの後始末は、ジェレミア伯爵家を襲ったときのようにあえてそのままにしておくこともあるが、それはスビリウスが報復であることを示すときに限る。

 そのため、ほとんどがスビリウスの犯行であることが分からないよう、痕跡こんせきを消さなければならない。これが意外に手間のかかり、手抜かりがあれば責められることになる。そのため、エレインたちはしたくないのだろう。

 イグマンも同じ気持ちだが、今回ばかりはそうは言っていられない。


「夜明け前の女との対峙で、四人がかりでも難しいと思ったばかりじゃないか。それに今回は宿屋に入り込まなくちゃならないから、俺たちが逃げるための馬をここで見張っている者も必要になる。そうなると部屋に入れるのは俺たち四人のうち二人だけ。そうなると、リルとセレイラの応援は有難いと思わないか?」


 エレインが言い返せないと分かって、女との対峙のことを引き合いに出す。すると案の定反論の勢いが弱まった。


「そうですが……」


「じゃあ、そういうことで。いつ入り込みます?」


 エレインが何も言えなくなったのを見計らって、リルが明るい声でイグマンに尋ねた。一緒に行動をしたことはないが、とりあえず年配のイグマンを立てて彼の指示に従うようである。


「夜中の一時を過ぎた辺りかな。その時間帯だと、受付や周りの警備の人数も少なくなる」


「分かりました。では、その間にセラと夕食を食べてきます。終わったら、後ほどここで会いましょう。俺たちの馬もそのときに連れてきます」


「ああ」


 リルは背を向けると、セレイラと共に東のほうにある大通りに向かって歩き出す。

 一息ついたと思ったイグマンだったが、リルは何かを思い出したように反射的に体をこちらに向け、急いで戻ってきた。


「何だ、忘れ物か?」 


「そんなところです。ちょっと、言いたかったことがありましてね」


「言いたかったこと?」


「今回俺たちに依頼をしてきたのはフロイドさまだったんですよ。イグマンさんのことも色々言っていましたが、俺もセレイラもどっちでもいいことなので、俺たちが都合よく動けるほうを選びました。利害が一致したってことでよかったですね」


 リルはにっこりと笑い再び駆け出してセレイラの背に追いつくと、連れ立って再び大通りのほうへ向かう。

 しかし、イグマンには彼がこちらに向けた笑顔には見えず、感情のない瞳で彼の背を見続けていた。


「……イグマンさま?」


 怖い表情でいたからだろう。アベルが困惑した様子でイグマンの名を呼ぶ。

 イグマンは心配させないように笑顔を作りたかったが上手くいかず、表情が引きつってしまう。彼は無理にするのをやめて、代わりにアベルの背を優しく叩いた。


「何でもないよ。それより、エレイン、アベル、ヨハン。リルとセレイラに後援してもらって、今夜兄弟奪還を決行する。いいな?」


 エレイン、アベル、ヨハンがそれぞれうなずくと、イグマンは今夜の作戦について説明をし始めるのだった。

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