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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第五章

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第88話 エレインの問い

    ☆


「何をしているんですか?」


 宿屋の外の壁際でイグマンが一人朝市で買ったクプタを食べていると、彼を見つけたエレインが声を掛けた。

 それに対しイグマンは「おう」と短く返事をする。


 エレインは上司の様子を不思議そうに眺めながら、「朝食ならヨハンがサジオルを買って来てくれていますよ」と言った。


「知っているよ。俺が頼んだんだからな。食べたか?」


「食べましたけど……」


「けど?」


 クプタを頬張りながら、イグマンは聞き返す。するとエレインは上司と同じように壁に背を向けて彼の隣に立ち、「お茶はどうなさったんです?」と尋ねた。


「あー、そういえば……」


 イグマンは、雲一つないからりと晴れた秋空を見上げ、太陽の眩い光に目を細めるとぼんやりと答える。すっかり忘れていた。


「忘れたていたんですか?」


 エレインはイグマンを顔をのぞき見て、驚きの表情を浮かべる。


 イグマンは視線だけでそれを見たあと、今度は目の前を行き来する人々に目を向けた。朝市に立ち止まる者が先ほどよりも多くなっている。日が昇り、近隣の町から来ている者たちが、次の目的地までの昼食用に買って行くのもあるのかもしれない。


「まあ、そういうときもあるよ」


 そう言って、クプタの最後の一口を食べると、包装紙をくしゃくしゃに丸め、近くにあった朝市で用意しているごみ箱にそれを捨てた。


「お茶、今からもらうから機嫌を直してくれ」


 くるりと体を反対に向け、イグマンは宿屋のほうに向かって歩き出す。

 だがその背に、エレインが「別に機嫌を損ねているわけじゃないです。それに、もうヨハンが持ってきてくれました」と言ったので、イグマンは足を止めて振り返った。


「あ、そう?」


 何でもないふうに振舞ったが、エレインはむっとした表情からすぐに神妙な面持ちを顔に浮かべる。


「——電話で、何かありましたか?」


 スビリウスで生まれた子どもということもあって、エレインはあまり人の機微きびを推察しようとする子ではない。

 だが、イグマンやアベルたちのこととなると話は別のようで、小さな変化も見逃さなかった。


(まいったね)


 イグマンは嘆息する。


 先ほどのフロイドとの電話が引っかかっていた。


 もし、今回の計画が失敗すれば、自分はフロイドの元に送られ、エレインたちと離れることになる。

 とりあえずエレイン、アベル、ヨハンが一緒にいられるということには希望が持てるが、フロイドの元に送られた自分はスビリウスの直接の監視が付くということである。そして、今以上に命令を忠実に遂行しなければならなくなるだろう。

 たとえ、自分の中にぎりぎりある道理すら破ることになったとしても。


「やっぱり何かあったんですね?」


 詰め寄るエレインに、イグマンはそっと手を伸ばして彼の顔をなぞった。肌は若くて張りがあり、髭もきれいにられたつるりとしている。


「な……何ですか……? 一体、どうしたんです?」


 普段しないようなことをイグマンがするので、しどろもどろになっているのだろう。イグマンはそれが分かると、くっくっくと、腹を抱えて笑い出した。


「は⁉ 何、笑っているんですか!」


 周りに迷惑にならないように声は押さえているものの、顔を真っ赤にして抗議するエレインに、イグマンは「ごめん、ごめん」と謝る。


「上手く隠せているなと思って」


 そう言って、自分の右耳をとんとんと叩く。今朝方、女護衛士にやられた傷のところだ。エレインは茶色い柔らかい癖毛で覆い、見えないようにしている。

 するとエレインは、はーっと息をはいて、気持ちを整えると真面目に答えた。


「なんだ、そんなことですか。どこでこれを見ている人がいるか分からないので、念のためです。ぎりぎり耳の下まで髪があってよかったですよ」


 要するに、女護衛士が見たら自分たちが昨夜から追いかけていたことが知られてしまうため、隠しているのである。

 不思議と彼女はあの暗闇の中でも、弾がエレインとアベルのどこに当たったのか把握していた。日のもとで右耳の下に怪我があることが見られたら、間違いなくこちらには不利になる。


「そうだな」


 イグマンが短く答え宿屋の中に入ろうとする。

 だが、エレインは彼の腕を掴んで止めた。


「あの、まだ答えを聞いていませんけど」


 はぐらかそうとしたが、上手くいかなかったらしい。


(さすがに二十六の男に、これは通用しないか)


 だが、イグマンも言う気はない。これは自分とフロイドの問題だからだ。


(仕方ない。エレインにとって深刻な話をして、話題を逸らせよう)


 イグマンは小さくため息をつくと、人の出入りの邪魔にならないところでエレインの肩に自分の肩を密着させ小さな声で言った。


「あのな、エレイン」


「はい」


「言いにくいんだが」


「はい」


「お前、ふところの『あれ』、無くしただろう?」

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