第86話 国境を接している町
「そうなったらそうなったでいいじゃないか。駄目で元々なんだから。相手を生かすために無駄飯を喰わせなくても済む。それに協力する気がなかったら、今度こそ私が喉を掻っ切ってやるさ。無駄な殺生は嫌いとは言ったが、協力しないスビリウスの連中はリョダリの危険因子になる可能性があるからね。そのときは遠慮なくやるから気にしなくていい」
ソフィアがはっきり言い切ったときである。
「喉を掻っ切る……?」という小さな呟きが聞こえた。アレクシスはハッとして、そろそろとユーインとアルフィのほうを向くと、すでにクプタはほとんど食べ終わっていた二人が、空っぽになりかけの包装紙を掴んだまま、唖然とした顔をしている。
「ソフィア……」
途中から気にせずに話してしまったが、もう少し婉曲ないい方をすべきだったのではないか――。アレクシスがどう繕うか考え始めたところ、ソフィアがきっぱりと言った。
「いずれ知ることになるんだ。隠すより良いと思って話している」
それはもちろん理解できるし、二人に隠し事はしないということは今朝も彼女と話をしたばかりだ。
仮にジェレミア伯爵が仮に亡くなっていたとしたら、全てユーインが決めなければいけなくなる。たとえ傍に補佐する者がいたとしても、考えなければいけないのは当主になる彼になるからだ。
しかし将来的にそうなる可能性があるとしても、ソフィアが人殺しをするかもしれにないことすら包み隠さず話すことがいいのか、アレクシスにいいとは思えなかった。
(俺は昔から父上に闇取引のことを聞いていたし、戦い方も教わってきたから『そういうものだ』と思えるけど、昨日の馬車の中のユーインを見る限り、あまり話しすぎても辛いだけなんじゃ……)
きれいな正義を信じているユーインに、ソフィアの考えが通じるのだろうか。
そう思っていると、ユーインが「あの……!」と声を出した。
ソフィアもアレクシスも、アルフィもユーインのことを見る。彼は一気に視線が集まって驚いた顔をしていたが、包装紙をぎゅっと握りしめて意を決するとこう言った。
「いいです。隠されるより、話してもらったほうがずっといいです……!」
「ユーイン……」
アレクシスが彼の名を呟くと、ユーインは顔を俯け、悲しみを押し殺すようにして理由を教えてくれる。
「僕、屋敷がどうしてあんなことになったのかとか……、人が襲ってきた理由とか、今日まで本当に何も知らなくて……。分かったところで何か変わるわけではないですが、知っているだけで、安心できるものもあると思うんです。ソフィアさんと、侯爵さまが色んなことを話してくださったように……」
するとアルフィもうなずいた。
「僕もお兄ちゃん……兄と同じです。僕は、兄よりもきっと理解できないことが沢山あると思いますが、教えてもらったほうがいいように思いました」
「そっか……」
アレクシスが小さく呟くとユーインは顔を上げ、弟と共にうなずいた。
「はい」
そして、アレクシスがちらりとソフィアのほうを向くと、「ほらな」と言わんばかりに、にこりと笑う。
本当にこれがいいのかはまだ分からないが、前に進んでいくしかないのだ。そう思うと、ある意味ユーインとアルフィの積極的な姿勢はこれからの道中はやりやすくなるのは間違いないだろう。
アレクシスは小さく息をつくと、真剣な顔で兄弟を見つめた。
「ユーイン、アルフィ。それじゃあ、君たちにもちゃんと話すね。聞いていたかもしれないけれど、まず私たちはこれから西の端にあるリョダリの地へ向かおうと思う。君たちの屋敷には帰ることができないからだ」
ソフィアが出て行ったあと、ジェレミア伯爵の屋敷に戻れないことはユーインには話しているがアルフィには言っていないため、あえて「帰ることができない」ことを伝える。
するとユーインとアルフィが視線を合わせたあと、アルフィが自分の考えを口にした。
「あの、僕自身も全部は分かったとは言えないですけど……、侯爵さまの用意した屋敷にはいけないことと、僕たちのいた屋敷にも戻れないこと、そしてソフィアさんの住むところに行くほうが一番安全であることは理解しました」
「そうか」
アレクシスは聞いてほっとする。そこまで分かっていれば十分だ。
「あの、僕も聞きたいことが……」
アルフィが話したあとに、ユーインが言った。
「何だろう」
「その……、リョダリ……の皆さんがいるところへは、どれくらいかかるのでしょうか?」
言葉を選びながら尋ねられるユーインに、ソフィアは一瞬驚いた表情を浮かべたあと、すぐにふっと笑った。
「リョダリのことを気遣ってくれてありがとうね」
「いえ……」
照れくさそうにするユーインに、ソフィアは顎に手を当てながら彼の質問の答えを考えた。
「ここからだと、そうだね……。毎日昼ごろから夕方まで常歩で進んで、順調にいけば五日くらいかな。ソルドーから北に向かって、隣町のトレントへ向かう。そこからさらに北西に向かって、シェイルドという西にある町へ行くんだ。そこは西の端でサハナ王国と土地が接しているところで、私たちはその国境付近で暮らしている」
「分かりました。それと、追手の人たちを捕まえるというのは……」
心配そうに尋ねるユーインに、ソフィアは首を横に振る。
「それはユーインたちが気にすることじゃない。私もそこまで一人でできると思っていないから、リョダリの地が近づいてきたところで仲間に連絡を入れようと思う」
「ですが、どうやって……? 電話でも掛けるんですか?」
アルフィが不思議そうに尋ねると、ソフィアは肩をすくめた。




