第84話 共に
「どういうこと?」
アレクシスが目を見張る。ソフィアは彼の顔を横目で見たあと、視線をハティルの入っていたカップに移した。全部飲んでしまったため、空っぽになっている。
「私たちの部族は、戦うことでしか生活できないからさ」
アレクシスはソフィアの意図が読めず、神妙な面持ちになった。
だが、彼の顔を見ていないソフィアは構わずに続ける。
「私が族長の地位に就いてから約六年。以来、必然的に内外のこと、そしてリョダリそのものの存在と周囲とのかかわりについて考えることになった。考えて思ったのは『戦える』というのは、いざこざを持っている連中にとっては喉から手が欲しい『道具』だということだ。問題が大きければ大きいほど、武力で制圧したほうが楽だからね。だから、私たちに目を付けて利用使用する者たちはいくらでもいる。王家派に就くことになったのも、私たちの強さが見込まれたからこそだ」
「君たちの能力を見込んで頼んだのは間違いないけれど、王家派は武力で制圧するために君たちと協定を結んだわけじゃない……!」
アレクシスは珍しく感情的になって、語尾を強めた。
リョダリとは、王家を守るために協定を結んだのだ。
もちろん、王家派の中にも少数派の民族や部族に対して快く思っていない者はいる。
しかし現国王であるフェリウス二世はもちろん、快く思っていない彼らですら、リョダリの力を使って反対勢力をねじ伏せようとなど毛頭考えていない。
そのことはずっと父が侯爵だったときから伝えていたはずだが、まさか伝わっていなかったのか――と、アレクシスは一抹の不安に駆られる。
ソフィアはそれに気づいて、彼に視線を移す。切れ長の黒い瞳がアレクシスの茶色い瞳のそれと交わると、彼女は少しだけ目元を柔らかくした。
「知っているよ。だが、父が協定を結ぶことにしたのは、きっと私と同じ懸念を持っていたからだと思う」
「懸念?」
聞き返すと、ソフィアは「そう」と短く言って言葉を続けた。
「つまり、遅かれ早かれ、リョダリのことが知れ渡るようになれば、道具として使われる可能性があったということだ。もし道具にされたら、私たちはその力に従うしかない。リョダリは戦う力があっても、権力はないからね。だから、部族そのものの存続が危ぶまれるようなことになれば、私たちはどんなに戦う力があってもあの地から去らなくてはならなくなる。だが、新たに住む場所を得るというのは簡単なことじゃない。誰もいないならいいけれど、誰かが住んでいるところや誰かの持ち物であればその人たちに土地を譲ってもらうなり借りるかするか、力で奪うしかないからね。セルディア王国の民族たちを見ればそれは分かるだろう。彼らは未だに自分たちの住まいに対して不安を抱いている。いつ追い出されるかしれないから」
「ソフィア……」
「だから少なくとも私は、王家派の肩を持つことができて良かったと思っている」
そう言ってから、ソフィアは再び瞳に強い光を宿しつつも、顔には悲観的な表情を浮かべた。
「でも、今の王家は危うい。リョダリが陰の護衛をしなければならないほど、危機的状況が続いているということだ。そしてスビリウスの件も、王家の足を引っ張っている。私はそのままにしていいとは思えない」
「そうだけどさ、でも、私は……俺は、リョダリを巻き込んでいいとは思えなくて――」
協定の内容では、リョダリとは王家の護衛をすることだけである。
それ以上のことは、族長が把握しながらも個々人の判断で動く。ソフィアが十年前にそうしていたように。
(有難い提案だけど、ユーインとアルフィがリョダリの地に行ったら、個人の話じゃなくなる……。それでいいんだろうか……)
「アレクシス」
「な、何?」
アレクシスがどうすればいいか決めかねていると、ソフィアが彼の肩を掴み、得意げな表情を浮かべた。
(あ……)
小さいころから、ソフィアが勝算があると思っているときに見せる顔である。
「戦うんだろう? 戦うつもりでいるから、闇取引へ潜入したんだろう?」
セルディア王国に巣くう者たちを排除するために。
「そうだけど……」
すると、ソフィアがしっかりとした声で言った。
「だったら、私も戦う」




