第82話 アレクシスの計画
「ユーインが戸惑う気持ちは分かるよ。私も最初はこういうことに慣れるとは思っていなかったからね。でも、やっているうちに、『これはこれだな』って思うようになった。貴族の生活を否定するわけじゃないけど、だから今では町の人が食べる料理も好んで食べるし、時折貴族という肩書を隠して市民の中に溶け込むことも案外好きなんだ」
するとアレクシスはソフィアのほうを見る。彼女はすでにクプタを半分ほど食べたところだった。
「うん?」
視線だけ寄こして尋ねるソフィアに、アレクシスは柔らかく笑って「いいや、何でもないよ」と言って、ユーインに視線を戻す。
「伯爵家の息子であるユーインたちに、慣れないことをさせているってことは分かっているし、申し訳ないとも思っている。だけど、今はこうするしか方法がなくてね。それにこれからまた移動しなくちゃならないから、食べ慣れないものかもしれないけど、しっかり食べて体力はつけておいてほしいんだ」
アレクシスの言いたいことが分かると、ユーインは顔を俯けて謝った。
「……すみません、変なことを言って」
「謝ることはないよ。もし、それが食べられそうになかったら、別のものを買ってこよう」
するとユーインは首を横に振った。
「いいえ、大丈夫です」
そしてクプタを、小さな口を開けて一口、二口と食べる。最初は抵抗があったようだが、クプタのおいしさが彼の空腹を満たすのを助けてくれたらしい。おいしい食べ物であることが分かると、ユーインはアルフィよりも遠慮がちではあるもののしっかりとクプタを噛みしめていた。
(よかった……)
アレクシスがほっと一息つきクプタを食べつつ、何気なく隣を見ると、すでに食べ終えたソフィアが隣で包装紙を小さく丸めハティルを少しずつ飲んでいる。
(なんか静か……)
暫くそれぞれが食事をし、ソフィアが黙ってハティルを飲んでいたが、アレクシスがクプタの最後の一口を食べ終えたのを確認すると、「これからのことだけど、アレクシスはどうするつもりでいる?」と聞いてきた。
(静かだと思ったら、俺が食べ終わるのを待っていたのか……)
先ほどからそのことを聞きたくて待っていたのだろう。向かう場所によってこれから用意するものも変わってくるというのに、この先の計画は話していなかったから、彼女が知りたがるのも当然である。
アレクシスは包装紙を畳んで小さくし、ハティルを飲んで口を潤すと言葉を選びながら答えた。
「スビリウスの追手が付いてきているということだから、それを撒くまで暫く転々とした生活を送らざるを得ないと思っている。グロリア家で用意した屋敷もあるけど、そこは最終地点だろうね。私が用意したものだと知られたら、別の問題が発生しちゃうだろうし……」
「そうだろうな」
ソフィアが素っ気なく言う。
もう少し何か言うのではないかと思っていたのに対しあまりにあっさりとしていたので、アレクシスは目を瞬かせて「それだけ? 他にないの?」と尋ねていた。
するとソフィアは少し怖い顔をして、アレクシスを見る。
「それなら問うが、君は自分が考えている計画で確実にユーインとアルフィを安全なところに連れて行けると思っているのか?」
痛いところを突かれ、アレクシスは気弱になる。
「それは……」
彼の返事を待たずに、ソフィアは続けた。
「私はジェレミア伯爵家が今どういう状態で、どうなっているのか、ユーインたちが戻れる状態になっているのかは知らない。だが君が今言った『グロリア家が用意した屋敷に連れて行くことが最終地点』とするならば、ジェレミア家の屋敷に戻れないということじゃないのか? そうなると、まだ子どもであるユーインたちを誰が面倒見ることになるのか?」
「えっと……」
「問題は他にもある。ジェレミア伯爵が生存しているのか否か。仮に死んでいるとしたら、第一継承者であるユーインが後継ぎになることになる。だが、戻れるのか? スビリウスに襲われたあと、ジェレミア家の屋敷にユーインもアルフィもいれば話は別だ。だが、一度連れ去られている。そして私たちは取り返したわけだが、この過程をユーインが公のところに戻ったところで説明することができるか?」
鋭く問われ、アレクシスは気圧されながら答えた。
「……できない」
「だろうな。オブシディアンとスビリウスの戦いで襲われたのだとするならば、王家は犯人を公にはできない。『ユーインたちが頑張って抜け出して来た』とかいう嘘の話を作るという手もあるが、それが公表され新聞などで情報が拡散されたときにスビリウスがどう動くかが読めないからいい案とはいえない。となると、オブシディアンを襲ったスビリウスの実行犯を捕まえるか、犯人をでっちあげる必要がある。だが、前者はきっと難しい。そう簡単なことじゃないからだ。彼らの尻尾を掴むことができていたら、ここまで苦労していない。では犯人を捏造するか。しかしこれはこれで問題がある。もちろん王家は必要なことなら嘘偽りを市民につくことができる。これまでもそうしてきたし、スビリウスの一件だって知っていて公表していないのだから同じことだ。だが、仮に『襲った犯人が嘘だった』とバレた場合に危険が大きすぎる。王家の信用が失墜する可能性があるからだ。それじゃあ、これらのことを全て包み隠して、グロリア家が管理する屋敷にこの子たちを連れて行ったとしよう。嘘をついたり捏造したりするよりかはよっぽど安全な案ではある。だが、万一アレクシスとユーインやアルフィが一緒にいるところを誰かに見られて『あの子たちは誰なんですか?』と尋ねられたら、アレクシス、君はまともな嘘をつくことができる自信があるか?」
一気にそこまで言われ、アレクシスは肩を落とした。彼女の懸念していることは、アレクシスも考えていたことであり不安要素でもあったからだ。




