第81話 「クプタ」という料理
「人は並んでいたか?」
ソフィアはテーブルにある湯瓶を手に取ると、空っぽになったそれぞれのカップに茶こしを使ってハティルを注ぐ。
「うん。でも、それほど待たなかった。値付けが端数が出ないようなっているし、品物も二品か三品しかないから選ぶのも簡単だしね。何よりお店の人の準備が早いから、それほど時間がかからなかったんだと思う」
「ソルドーの朝市の特徴だよな」
アレクシスは「そうだね」と、ソフィアの右隣の椅子に座りながらうなずく。
「で、何を買って来たんだ?」
ソフィアはテーブルに並べられた円錐の形に包まれたものを一つ手に取り、包装紙の先が広がっているほうを開いて中をのぞいた。
「一年くらい前から流行りだしたものらしいよ。『クプタ』って言うんだって。料理を準備してもらっている間に店の人に聞いたら、キラタ粉(=キラタは穀物の一種。それを細かくすり潰した粉。小麦に近い)を水で溶いて、薄く焼いたもの二枚重ねた上に、アオミ葉(=柔らかい緑色の葉。味は水菜に近い)などの野菜や、味付けをしてある肉を載せ、それをくるっとまいたのがこの料理だと教えてもらったよ」
「へえ、知らなかったな。——それじゃあ、いただこうか」
ソフィアがユーインとアルフィを見ながら言う。
ユーインたちは顔を見合わせてから包み紙を手に取ると、彼女と同じように包装紙を捲った。すると薄く焼けた柔らかな生地に、さまざまな具材がまかれている料理が顔を出すのが見える。
ユーインとアルフィが食べようかどうしようか迷っている間に、ソフィアはクプタを食べ始めた。
「うん、おいしい。バラフに似ているけど、生地は食感がもちもちとしていて全然違うな。中に入っている肉の具材も味がよく染みているし、アオミ葉との相性もいい」
「よかった」
ソフィアが一人でもぐもぐと食べ進めている一方で、ユーインとアルフィは少し戸惑っているようだった。
(普段、カトラリーを使って食べているだろうから、そのままかぶりつくっていう発想がないんだろうな)
アレクシスはそんなことを考えながら包装紙を捲ってソフィアと同じようにかぶりつくと、ユーインとアルフィを見て「召し上がれ」と言って食べるのを促す。
アルフィはそれを見て「食べていい」と思ったようで、包み紙を取るとクプタにかぶりついた。
「うーん!」
「おいしい?」
アレクシスが尋ねると、アルフィは大きくうなずいた。口の周りについた甘辛いソースを舌で舐めてから、目を輝かせて感動したように言う。
「はい、とっても!」
「気に入ってもらえてよかったよ」
アルフィがおいしそうに食べている一方で、ユーインは中々口を付けられないでいる。
「ユーインは、こういうの食べられない?」
アレクシスが聞くと、ユーインは目を泳がせながら否定した。
「いえ、そういうことではないのですが……、普段こういう食べ方をしないので、何だかお行儀が悪いような……。侯爵さまはあまり気にならないのですか?」
ユーインに尋ねられ、アレクシスは苦笑する。
「私は慣れているからね」
「慣れている……?」
不思議そうに小首をかしげるユーインに、アレクシスは少しだけ自分のことを語った。
「私は侯爵の後継者として、立ち居振る舞いや礼儀作法をしつけられたけれど、グロリア家は町の人々に寄り添った仕事もしていてね。だから、子どものころは『侯爵の後継者』であることを隠して町を移動することもあったんだよ。身分を隠すってことは当然高い宿屋に泊まることはできないし、高級食材を扱った料理屋に入ることもできない。だから町の人々や旅人、生活用品なんかを売っている商人のような過ごし方をしていたから、あまり抵抗がないんだ」
「そうなんですね……」
ユーインが見るからに肩を落とす。
(自分の『できなさ』に落ち込んでいるのかな……)
アレクシスはそんなことを思う。
アルフィはあっという間に今の環境に慣れてしまい、いつもと違う場所でも平気で眠れるし、食べ物も抵抗なく食べることができる。驚くような適応能力だが、貴族であれば普通はユーインのような反応が当たり前だ。
(俺もソフィアといるときは、よく比べて落ち込んだりしていたな)
アレクシスがソフィアと出会ったのは十歳のときだった。
王家派の貴族とリョダリが協定を結んだことで、彼女と過ごす日々が少しずつ増えていったが、何しろソフィアはリョダリという戦いに優れた部族の族長の娘ということもあって、身体能力が並外れていた。
一緒に学んだ乗馬、射撃、体術など、身を守るための練習は常に負けっぱなしだったのである。
境遇はユーインとはまるで違うが、感じているものは同じだろう。
アレクシスは励ますように、ユーインに言葉をかけた。




