第79話 気になっていること
(十年前に消えた女護衛士、か……)
昨夜同じようなことをエレインに言ったことを思い出しながら、イグマンはフロイドの問いに答えた。
「申し訳ありませんが名前は知らないので、私が考えている方とフロイドさんが考えている方が同じかは分からないですね。ただ、確かに『そういう方がいた』ことは知っています」
「シンファ」の名前をあえて出さなかったのは、人が行きかう宿屋の受付所では誰が聞いているから分からないからである。
もちろん声を抑え、受話器に手を当てて話せば周囲に気づかれず話すこともできるが、端から見ると明らかに人に聞かれたくない話をしているのが分かってしまう。
人に怪しまれないようにするためには、できるだけ周囲に溶け込むことが重要だ。
『そうか』
フロイドは呟くように言ったあと、電話越しにふっと微笑した。
『それじゃあ、もう少し情報を与えよう。「シンファは銃の扱いが突出して優れており、狙った通りの場所に撃つことができた。その上、体術も強かった」とこちらの資料には残っている。そして、昨夜対峙した男たちは銃と体術でやられていた』
昨夜、借馬屋を見回ったエレインは、「男たちが戦ったのは女」で、「ほとんどが腕をやられた」と言っていた。そして馭者以外が気絶させられていたとなると、体術で対応した可能性が高い。そう考えると、ますます「シンファ」のような気がしてくる。
だが、女の護衛士は世の中に「シンファ」一人というわけではない。
男の護衛士よりはずっと数は少ないが、闇取引に出入りする者たちのうちの二割ほどは女を護衛人として連れている。
見栄えがするという理由で連れて来る者もいれば、闇取引を出入りする女主人が「女性同士のほうが気が楽」という理由で帯同させていることも多いようだ。
もちろん、昨夜のように五人の男があっさりとやられるようなことは珍しいことかもしれないが、ないとは言えないだろう。
「そうはおっしゃいますが、似たような方が絶対にいないとも限らないではありませんか」
イグマンがやんわりとした口調で反論すると、フロイドも『もちろん君が言うように、情報が揃っていない中で断言するのはよくないとは思う』と言って続けた。
『だが、もう一つ同じところがあるんだよ。昨夜の集まりでリブームに参加し、勝ち進んだのも彼女だった』
「その結果も関係しているのですか?」
イグマンが不思議そうに尋ねると、フロイド『ああ』と返事する。
『十年前の「シンファ」も、リブームが強かったようだからね』
イグマンは顎を手で撫でながら「……そうですか」と呟いた。
フロイドの中では、十年前に消えた「シンファ」と、今回兄弟についている女護衛士は同一人物だと思っているようだ。
だが、イグマンは話を聞いていて一つ気になる点があった。
「フロイドさんのお考えは分かりますが、一度退いた方なのでしょう? それならどうしてその方は、戻っていらしたのでしょうか」
十年前に消えたという女が、何故再び戻ってきたのか。
するとフロイドは面白そうに笑った。
『気が合うな。私も同じことを考えていたんだよ。十年前に消えたのに再び現れた……。私もその理由を知りたい』
要するに、仮に「『シンファ』だったとするならば、戻ってきた理由も調べよ」ということなのだろう。
(なるほど。あの女が十年前に闇取引を出入りしていた「シンファ」と同一人物だったとして、ジェレミア伯爵家の息子たちを手に入れようとした理由を知りたいってことか。仮に「ユーインとアルフィという兄弟を助けるため」に「シンファ」が動いたとしたら、オブシディアンの残党である可能性がある。そうなれば彼女が十年前に闇取引に出入りしていたのは、スビリウスの探りを入れるためだったかもしれない……と考えられるからだろう。そうなると今度は彼女が仕えている主人が怪しくなってくる。オブシディアンの一件があってから、スビリウスは警戒感を高めているからな。危ない芽は早く摘んでしまおうと思っているということか……)
フロイドの考えていることは分かった。
だが、今朝方兄弟たちを護衛している女と小競り合いをしたイグマンとしては、そう容易なことではないということも分かっている。
闇の中であそこまで戦えるのだ。日が昇っているところで戦って、勝ち目があるとは思えない。
(今回の仕事は厳しい……)
しかし、それでもやらなければならない。
イグマンが笑顔を貼り付けて「分かりました」と答えると、フロイドがわざとらしく次のように言った。




