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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第五章

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第78話 女護衛士

「ヨハンは朝食を買いに行って、イグマンさまは受付にお茶を取りに行ってくださったよ。僕が行こうとしたんだけど、本部に連絡も入れるついでだからって」


「そうか……」


 エレインは呟く。


(本部へ報告するといっても、今朝けさまでは特に成果はない。「夜明け後も追跡せよ」と言われているくらいだから、多少時間がかかるのもやむ無しと上層部は考えているのだろう。だが、いつまで待ってくれるのだろうか……)


 エレインが追跡の終了期日について気にしていると、丁度部屋の扉が開き、背が高く金色の髪をした青年が二つの紙袋を抱えて入ってきた。


「ヨハン、お帰り」


 アベルが呼びかけると、ヨハンは表情をかえることなく素っ気なく返事をした。


「ただいま」


 扉を閉め、テーブルに近づきながらヨハンはエレインを見て挨拶をする。


「エレイン、おはよう」


「おはよう」


 ヨハンはテーブルのところまで来ると、抱えていた紙袋をそこに置いた。

 袋から出していないのに、すでにおいしそうな匂いがする。


「どこまで行ってきたんだ?」


 エレインが尋ねると、ヨハンは紙袋から薄い緑色のアリューチェ(=小さい青りんごのような果実)などの果物くだものを出しながら答えた。


「宿屋のすぐ目の前。人が多くて、何が売っているか見てから買うのが面倒だったから、その中でも特にあまり人が並んでいないところで買った」


「そっか。それで朝食は、何を買ってきてくれたの?」


 アベルが尋ねると、ヨハンはもう一つの紙袋から朝食用の食べ物を出した。


「サジオル(=バンズに似ている噛み応えのあるパンである『パラフ』に、野菜や燻製肉くんせいにくなどを挟んでいるもの)。特に量感のあるやつ」


 サジオルが包んである油紙から、中身を見てみると、確かにバラフの間に挟まっている具材が沢山詰まっているのが分かる。


「本当だ。おいしそう。ありがとう」


「ありがとう」


 アベルとエレインがお礼を言うと、ヨハンは今日初めて表情をゆるめた。


「どういたしまして」


「朝食はイグマンさまが来てからにしよう。俺はちょっと顔を洗ってくる」


 エレインが部屋の外にある洗面所へいこうとすると、アベルがその背に声を掛けた。


「いや、先に食べててくれって言われているから、食べてしまおう」


「そうなのか?」


 振り向くと、アベルとヨハンがそれぞれうなずく。


「電話に時間がかかるかもしれないからって」


(そんなに報告することでもあるんだろうか……)


 そんなことをふと思ったが、エレインは余計なことを振り払うように首を小さく横に振ると「分かった。じゃあ、そうしよう。でも、顔は洗ってくる」と言って、部屋を出た。



     ☆


 ヨハンが、部屋に戻る少し前のこと。

 イグマンは宿屋にある黒い電話を使って、本部へ連絡をしていた。電話機のダイヤルを回して電話番号を入力すると、三回のコールのあとに女性が応答した。


『はい。こちらエイヴァード商会です』


「エイヴァード商会」というのは、スビリウスの表の名称である。本部の電話番号は内部の人間だけではなく、商品を仕入れる取引先や顧客にも教えているため、組織名ではなく会社名で対応するようになっているのだ。


「お世話になっております、イグマン・シュトラウスです。出先からの連絡なのですが、フロイドさんをお願いできますか?」


 宿屋の電話を使っていることもあり、イグマンは周りに不審に思われないように商売相手と話をしているようによそう。さらに口調をいつもよりも柔らかにし、過度な敬語も使わず、さらに声の調子も明るくして話した。


『かしこまりました。少々お待ちください』


 女性がそう言ったあと、受話器からは電話を受け取った女性と男性の小さな話し声が聞こえる。

 そして「はい」「分かりました」というような女性の声が聞こえたあと、相手が受話器を取る音が聞こえた。


『おはよう、イグマン』


 フロイドの声である。いつもと変わらない、ゆったりとした調子の若い男の声である。


「おはようございます。朝早くに申し訳ありません」


 イグマンは明るい声で話しつつも、申し訳なさそうに謝った。するとフロイドは声に嬉しさをにじませながら『構わないよ』と言う。


『昨夜の集まりが久しぶりに上手くいってね。軽くお祝いをしたんだ。その興奮もあってあまり寝れなくてね。もしかしたら君の話を聞いたら眠れるかも』


 彼の言う「集まり」とは「闇取引オウルス・クロウ」のことである。

 イグマンたちが兄弟たちを追っている間、競売が行われていたはずだがそちらも上手くいったのだろう。


 だが、それよりも問題は「フロイドが眠ることのできる話ができるか」である。

 要するに、「ジェレミア伯爵の息子たちは捕まえたか?」ということだが、結局昨夜は彼らの姿すらも見ることがなかった。


「それほど良いお話はお聞かせできないかと」


 イグマンは周囲を気にしながら、あえて声の調子を変えずに言う。


『一夜だけでは捉えられなかったか』


「申し訳ありません」


『手を抜いているとか?』


「そのようなことはございません」


 すると、フロイドは明るい声でイグマンを試すようなことを言う。


『君は部下に甘いからね』


 それに対し、イグマンは反射的に答えた。


「いえいえ、私は厳しいですよ。フロイドさんがご存じないだけです」


『そうかな? 彼らにちゃんと兄弟たちを捕まえるように命令すれば、女をくずすこともできたのでは?』


「『女性』とおっしゃいましたが、もしや相手のことをご存じで?」


 するとフロイドが間を空ける。まさか、このような問い方をするとは思っていなかったのだろう。フロイドはイグマンの意図が分かると、面白そうに、くっくっくと笑った。


『イグマン、君は相変わらず質問の仕方が上手いね。私の追撃をかわすとは』


「フロイドさんほどじゃないですよ」


 笑いが収まったフロイドは、「まあ、いいだろう」と言って言葉を続けた。


『ジオグン街に散らばせておいた情報屋から今朝方連絡があってね。あの後の借馬屋での状況を見た者によると、兄弟を護衛している女が誰なのかということについて、一つの可能性が出てきた』


「それで、どのような方だったのでしょうか?」


 イグマンが尋ねると、フロイドは静かな声で答えた。


『十年前に消えたとされている、「シンファ」という女護衛士だ。君も聞いたことはあるだろう?』

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