第6話 勝負
ソフィアが駒を並び終えると、ちょうど相手も並び終えたところだった。つる植物の彫刻が施してある白い仮面を被った、ほっそりとした背の低い男である。
二人が駒を並べ終わったのを確認した司会者は、男のほうを指さした。
「クルフレッドさま、コインは裏と表、どちらが出るでしょうか?」
するとクルフレッドと言われた男は、声を出さず右手を出して掌を見せた。掌はコインの裏を示す。司会者は「裏ですね?」と確認を取り、彼がうなずくのを見てコインを投げた。
キンッとコインの独特な金属音が彼の手元で鳴ったかと思うと、床に置いてあるやわらかなクッションの上にコインがポスッと落ちた。
見ると、出たのは表。フェリウス二世の横顔だ。
つまり、先攻と後攻の権利はソフィアに委ねられたわけである。
「レイグスさま、どちらがよろしいですか?」
司会者の問いに、ソフィアは黒い手袋をはめた右手の甲を左手で指さした。甲は、先攻を意味する。
声を出してはいけないきまりなどないが、極力自分のことを出さないに越したことがないと思っていると、このような手振りを使った意思表示になることが多い。
司会者もそれは承知しているので、最初からどのように示すかを決めてあるのだ。
ソフィアの意思表示を確認した司会者は、「分かりました」とうなずくと、会場の人々に分かるように試合開始の合図を告げた。
「レイグスさまが先攻、クルフレッドさまが後攻です。では、試合開始!」
司会者が試合の合図とともに、競技者たちの持ち時間を示す砂時計をひっくり返す。ソフィアはそれを見るとすぐに◇を一つ前に進めた。試合は複数同時進行で行われるため、司会者がまた別の試合を始めようとしていたが、手元から聞こえる駒が盤を打つカチッという音が、彼女を集中の世界へと誘った。
☆
(クルフレッドに続いて、二人にも勝利した。こいつに勝てば決勝だ)
ソフィアは自分の◇を動かし、相手の●を☆と挟んで奪う。
すると司会者が歓喜の声を上げた。
「おっと! これは見事ですねぇ! 相手の●を手にした、レイグスさまの勝ちでございます!」
試合時間がもうすぐ二十分になるところである。四試合目ということもあり集中力を維持するのが少々難しかったが、ここまでは順調に勝ち進んでいた。
アレクシスに威勢よく言ったのは良かったが、さすがに十年も空白があったのだ。以前と同じように危なげなく戦えるかはやってみないと分からなかったため、ソフィアはここまでの結果に少しばかり安堵する。
だが、ここまで来ても最後で勝てなければ意味がない。
「では、いよいよ決勝でございます! 試合を行うのは、レイグスさまとフェルナンデスさまです!」
前の試合から間を置かず、司会者は次の試合を予告した。
ソフィアは舞台に立ちながら次の相手を待っていると、その者は優雅な足取りで客席から壇上へ上がってくる。
金髪に目元だけを隠す、銀でできた仮面を被った男だった。身長が高く、体格もそれなりにいい。
フェルナンデスと言われた男は、力の抜けた姿勢で、ソフィアと盤を挟み向かい合った。
「よろしく」
フェルナンデスはソフィアに挨拶した。大きい声ではないが、余裕のある印象が伺える。
それに対しソフィアは声を発さず、口元を隠していた扇を一時的に閉じたあと、右手を胸に当て、反対の手で軽くドレスの裾を掴むとお辞儀をした。
「では、お二人とも席にお付きくださいませ。決勝だけは、お互いの持ち時間が十五分になります。そのため勝負は三十分です」
司会者の指示でソフィアは盤の前に座りながら、フェルナンデスという男について考えていた。
彼は客席から舞台に上がってきた。つまり、ソフィアと同時進行で行っていた別の試合が先に終わっていたということである。相手は強いと見たほうがいい。
「コイン当て」で司会者に選ばれたのはフェルナンデスで、コインの出る面を当てたため、彼は後攻を選ぶ。
(後攻か……)
ソフィアは、厳しい戦いになるかもしれないと思った。
リブームは、後攻が有利にはなることのほうが多い。しかしそれは、時間をかけた場合であって、この試合のように時間が短く決められている場合は、先攻のほうが有利なのだ。それが分かっている者や、後攻の戦略がない場合は、オウルス・クロウでリブームの試合をするときに先攻を選ぶことが多い。
しかし、フェルナンデスは自ら後攻を選んだ。つまり、後攻で勝てる自信があるのだろう。
さらに後攻を選ぶというのは、決勝まで勝ち残ったソフィアに対して、「私はあなたに勝つ自信がある」ことを誇示することにも繋がる。精神的な揺さぶりも考えているなら、相当な手練れだ。
「それでは、はじめ!」
ソフィアが考えているうちに、試合が始まってしまう。
持ち時間の砂時計がひっくり返されたのを目の端で見たのちに、ソフィアは右の外側から二番目に置いてある☆を二マス前に動かした。




