第77話 しわ寄せ
アベルはエレインから窓のほうに視線を移すと、眩しさに目を細め、先ほどと変わらない口調で答えた。
「まずは減給されるか、報酬が得られないか……どちらかはあると思う。あとは、配置換えをさせられるんじゃないかな。そうなったらエレインも僕も、ヨハンもきっとバラバラ。イグマンさまは……僕たちを育てた経験から、私生児の育成にでも回されるような気がする。警戒心が強くなっている今のスビリウスに、新しく人を引き入れるのは簡単なことじゃないからね」
アベルはそこで言葉を区切ると、そのままベッドの上に仰向けになった。
「僕らはイグマンさまの下で働けなくなるだろうな。人手が少ないから、使いものにならなくても、捨てられはしないと思う。でも、イグマンさまのような上司には二度と会えないだろうね」
エレインもアベルと似たようなことを考えていた。
オブシディアンがスビリウスに残した爪痕は大きい。二年前から人手が足りていないのが現状で、仕事や報酬の面でエレインたちにもしわ寄せがきているからだ。
(カナリアさまをはじめとするスビリウスの上層部は、一度の失敗くらいでは俺たちを手放すことはない。動かせる駒が足りていないからだ。新しく引き入れるにしても、スビリウスの組織の構造のことや、仕事のことなんかを一から叩き込まなければならないし、万が一にも裏切られないように組織に忠誠を誓わせなければならない。そうなると、アベルが言うように俺たちのような、スビリウスの中で生まれた私生児を一から育てたほうがいいと考えるだろう。その育て役として、イグマンさまが選ばれる可能性があることも十分にある)
自分たちの面倒を見てくれ、ここまで育ててくれた父親のような存在。
イグマンは、子どものころから暗殺者としての教育を受けさせられていたエレインにさえ殺しの仕事はさせず、代わりに自らの手を汚してきた。
根が善良であるがゆえに、犯した多くの罪に夢で苛まれるような日々を送っているくせに、それすらもエレインたちには見せようとしない。
だからこそその優しさに気づいてしまったら、誰だってイグマンの支えになりたいと思ってしまうものである。
そしてエレインたちがイグマンに恩を感じていることを、カナリアは知っている。
「アベル……」
エレインが彼の名を呟くと、アベルはじっと見つめた。
「でも僕らは、本当はそうなっちゃいけないんだよ。イグマンさまに助けられた命で、あの人は僕らがそうならないようにずっと守って来てくれたんだから。イグマンさまが人材育成になんて回されたら、もっと大変なことになる。僕らが守らなくちゃ……」
「……分かっている」
自分たちがこの先も同じように生きていくためには、兄弟奪還を確実に成功させなければならない。
そのためにはどうしたらいいか――。
エレインは窓のほうを向くと、顎に手を当てて考える。それを見てアベルが尋ねた。
「何かいい案はある?」
「女の弱点を調べるしかないだろうが、問題はどうやってやるかだな。そもそもどの宿の、どの部屋に泊まっているかは分からないし……」
兄弟が泊っているところはある程度目星をつけたつもりではある。ここも彼らが宿泊しているところから近いであろうと思い借りたところだ。だが、はっきりとした場所は分からない。
「最悪、昼にこの町を出るときに確認するといいんじゃない? 耳たぶの下を掠られた後、女がそう言い残していたから」
アベルがそう言うと、エレインは疑問を投げた。
「それが偽りのない宣言だとしても、どの方角に向かうかは分からないじゃないか。この辺りの地区に泊まっているとしても、人の出入りも多くて探すのは難しい」
「大人の男女と子ども二人の組み合わせに絞ればいいんじゃない? あとはできるだけ近づいて、子どもたちの顔を見てみるとか」
「劇場用眼鏡(=オペラグラス)を使って、遠目から見たとしても難しい気がする」
「だったら町から出る前に、町民のふりをして確認するとかはどう? 危害を加えない相手に対して、あっちだって町中で発砲するわけにもいかないでしょ」
「まあ、そうだな……」
エレインが呟くとアベルはベッドから起きて、部屋の中央にある四角いテーブルのほうへ移動する。深さのある白っぽいカップを手に取ると、水差しから水を注いだ。
「難しいね。どうするにしても、作戦は二人が帰って来てからのほうがいいかな?」
そう言って一気に水を飲み干すアベルに、エレインはベッドから立ち上がり、部屋をきょろきょろしながら尋ねた。
「そういえば、イグマンさまとヨハンは?」




