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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第四章

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第74話 十年前の過ち⑧——退いた理由

「失礼します」


 ソフィアはエレナの左手をつかむと、状態を見極める。


(窓から下りようとしたときに、背中に当たったと思ったものはこの刃だったのか。私を狙ったのか、エレナを狙ったのか……。どちらにしても酷いことをしてしまったな……。刃は……抜いたほうが良さそうだが、今の私の手では余計なところを傷つけそうだ……)


 彼女の手は毒のせいで震えており、刃を真っすぐに抜くことはできそうにない。


(しかし、そのままにしておくと、肉が締め付けてより抜きにくくなるし、この屋敷を出るまでにどこかにぶつけないとも限らない。さらに傷が深くなるくらいなら、抜いたほうがいいか、どうするか……)


 ソフィアが荒い息で考えていると、急にエレナが戸惑い始めた。


「ねえ、シンファ……。何だか、寒いんだけれど……」


 そう言って、エレナは掴まれていない手で震え出す自分の体を抱きしめた。

 ソフィアはその瞬間、目を見開いてエレナの背の小刀を見て髪の毛が逆立つような感覚になった。


(まさかこれにも毒が塗られていたのか……!)


 強い怒りが彼女の気持ちを支配していく。

 男に対するいきどおりと同時に、自分の情けなさに腹立たしさを感じた。


「エレナさん、大丈夫です。必ず、助けますから……。もう少しの、辛抱ですから……」


 ソフィアは息を荒げながらも彼女を励ますように言うと、彼女に背を向けた。そして、エレナの左手を引っ張って背に乗るように促す。


「私、乗って……ください……」


「ですが……」


「お早く。外で、私の仲間が、待っていますから……。それまでの、辛抱でございます」


 すると、先ほどまでいた建物の周辺が騒がしくなる。伯爵が使用人を起こして行動を起こしたのかもしれない。こちらに気づくのも時間の問題だろう。

 伯爵の動きに気づいたエレナは、遠慮がちにソフィアの背に身をゆだねる。ソフィアは自分の体に重さを感じると、周囲に気づかれないように歩き出した。


(仲間が待っているのは、西側の塀の外……。早く、早くそこへ行かなければ……)


 自分が行くべきところだけを頭の中で繰り返し、一歩ずつ重くなっていく足を何とか進めて行く。

 もはや、自分が何をしているのか分からなくなっていたころ、耳元でエレナがソフィアの偽名を口にした。


「シンファ、さん……」


「……はい」


 ソフィアはただ返事をした。

 すでにいっぱいいっぱいで、彼女が何を言うかも想像がつかない。

 何を言われてもできることはないと思っていると、エレナが一言言った。


「助けに来てくれて、ありがとう……」


 そしてそのままエレナは気を失い、ソフィアが傍にいる間に再び意識を取り戻すことはなかった。


     ★


「小さな刃の傷は大したことはなかった。だが、即効性の毒が塗られていてね。地上に下りたあと、何とか仲間と合流し急いで治療してもらったんだが、間に合わなかったようだった。その上私も負傷していて、三日三晩熱にうなされていてね」


 ソフィアはそこで言葉を区切ると、申し訳なさそうに続きを言った。


「結局あの子を助けることもできなければ、辛いときに傍にいてあげることもできなかった……」


「……」


「あのときの私は、先代のグロリア侯爵に頼られて、いい気になって。自分ならできると自信過剰になっていた。侯爵は私に『もう一人か、二人、一緒に行かせようか』と提案してくれたんだ。だが、私は断った。人手不足だったのは確かだが、『一人で何とかできるだろう』と見誤ったんだ。申し出を断らなければとも思うし、エレナの部屋に入ってから真っ先に扉を打ち付けて外から入られないようにするとか、戦わずして彼女を救い出す方法もあったはずなのに、それを選ばなかった。私はおろかだ……」


「……」


「それに、私はリョダリの次期族長でもあった」


「次期、族長……」


 ユーインは噛みしめるように言った。


「そうだ。父はリョダリの利益や、私に経験を積ませるために、私を先代のグロリア侯爵の元へ送ったわけだが、ここまで酷くやられるとも思っていなかったようでね。言葉数は少なかったけれど、一つひとつが重くて、未熟な私がいていい場所じゃないとも思った」


「それがソフィアさんが、退しりぞいた理由ですか……?」


 ユーインの緑色の瞳が揺れている。少し涙を浮かべてもいるようだった。


「そうだよ」


 ソフィアはうなずくと、カップを手に取りハティルを飲んだ。のどうるおすために飲んでいたら、からになってしまった。


「それで侯爵さまは、ソフィアさんを『無理矢理呼んだ』とおっしゃったのですね」


 ソフィアは昨夜、馬車の中でアレクシスがユーインに言った言葉を思い出していた。


 ——じゃあ、答えを言おう。それはね、私が無理矢理呼んだからなんだ。


「まあ、そうだね……。気乗りしなかったのも確かだけど、ユーインとアルフィをここまで守っているうちに、考えが変わった」


「どういうふうにですか?」


 ソフィアはカップから顔を上げると、光が差し込む窓のほうを見て目を細めた。


「ユーインとアルフィを、本当に助けたいと思った。だから、巻き込まれようと決めたんだ」


 ユーインが緑色の瞳をしばたたかせてきょとんとする。


「それはどういうことですか……?」


 するとソフィアは急に笑みを浮かべた。


「今後のこともあるから、この件は朝食を食べながらでもしようか。——なぁ、アレクシス」

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