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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第四章

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第72話 十年前の過ち⑥——負傷

 男はソフィアの攻撃を先ほどと同じようにかわし、さらに剣でぎ払ってくる。彼女はそれをけると、男が怪我をしている右腕に素早くこんで殴打した。


「……っ!」


 そして態勢が崩れたところで、次に男の首の左を棍で狙う。

 だが男は左手でそれをすんでのところで防御した。金属のようなものを腕に巻いているのだろう。そのせいで彼女の攻撃は弾かれてしまった。


「ちっ」


 ソフィアは舌打ちをして、男と少し距離を取る。


小賢こざかしい女め!」


 男は罵倒ばとうしながら踏み込んできて、右手で殴り掛かろうとした。


(よし、踏み込んで来た)


 彼女は冷静に男の動きを見極めると、ぐっと体を沈みこませ、彼の右脇みぎわきの辺りに右肩を入れた。男はその勢いで吹っ飛ばされる。


「ぐっ! このっ!」


 床に尻もちをついた男だったが、ソフィアに踏み込まれる前にすぐに立ち上がり、左手で剣を振るってきた。さらにどこに隠しもっていたのか、薄くて小さい刃のようなものを右手に握り、エレナがいる方向へ投げつけた。ソフィアは反射的に彼女のほうに体を動かす。


「くっ!」


(全く、駄目な犬だな。主人が大事なら忠実に動け)


「エレナを傷つけないように」と伯爵に言われているにもかかわらず、平気で武器を投げつけるのは、ソフィアがかばうと分かっているからだ。

 ソフィアは急いで彼女に投げつけられた武器を棍で払う。

 だが、その一瞬の隙だった。男の持っていた長剣が、ソフィアの右の脇腹をえぐった。


 痛みに喉の奥から「ぐっ……」と声を出したときである。彼女の肉を斬った男の顔が目に映った。

「手ごたえがあった」というような、嬉しそうで気味の悪い笑みを目に浮かべている。


 ソフィアは棍を使って何とか男の剣を自分の体から離したが、どうやら傷は思った以上に深いらしい。腹には防御用の布を入れていたが、ざっくりと切られてしまったようで、どくどくと血が流れていくのが分かる。


(もしかすると、これはまずいことになったかもな……)


「仕切り直そうじゃないか」


 一方、立ち上がる時間を得られた男は、ソフィアと対峙すると積極的に自分から踏み込んで来た。


(戦い方を変えてきたか。これは速く決着をつけないと……)


 右腕を完全に負傷した男は、左腕で剣を持ち縦にも、横にも振るって来る。ソフィアはそれを受け流しつつ、男の脇腹や鳩尾みぞおちすね、顔面などを狙った。だが決定打にならない。腹を切られたせいで、普段よりも力が出ないことも影響しているようである。


(くっ……、さすがにキツイ……!)


「はあ!」


 棍をしっかり振り切り、男との間合いを取る。


「はあ、はあ、はあ……」


 ソフィアの息は上がったままで、中々落ち着かない。


「どうした? もう限界か?」


 一方の男は余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》の様子である。


(ちくしょう……、体の感覚がおかしい。寒いような、暑いような……もしかすると、毒も塗ってあったのかもな……)


 リョダリでは、子どものころから毒の耐性を作る。

 護衛の仕事を担うからでもあるが、特に族長となる者はより厳しく鍛えられる。

 リョダリにとって長は絶対であり、敵にはやられてはいけない存在なのだ。そのため、何があっても耐えられるように、さまざまな訓練がなされ、毒の耐性を作ることもその一つだった。


 しかし、そのソフィアでさえもきつい毒である。


「返事をするのも苦しいようだな」


「はあ、はあ、はあ……」


 ソフィアは感覚がぼんやりとしてくる中、自分がどう動くべきかを考える。


(私の体がこの状態だと、男を倒す前に倒れてしまいそうだな……。それは避けたい。もうこうなったら、一か八かでやるしかない……)


 荒い息をしながら、ソフィアはゆっくりとエレナがいるところまで下がると、男から目を離さずにしゃがみベッドの陰に置いてあった縄を左手でつかむ。

 右手では太もものホルスターに手を伸ばし、撃鉄を起こした。


(侯爵……申し訳ありません。もしかしたら私、この男をこれで殺すかもしれません。後始末が大変になるかもしれないですが、そのときは……よろしくお願いします)


 ソフィアは心の中で侯爵に謝ったのち、ゆっくりと呼吸をする。そして、時を待った。

 隣に隠れているエレナは恐怖で怯えているが、もはや構っている余裕はない。


「何をするつもりかは知らないが、もうお前に逃げ場はない」


 ソフィアは男の言葉に無理矢理にふっと笑うと、「……それはどうかな?」と呟いた。その瞬間彼女は男の両方の太ももに向かって銃を二発発砲した。


「ぐああ……!」


 当たったとは思わなかった。だが男の喚き声で、少なくとも一発は当たったのだと頭の隅で思う。


 だが今はそれを確認している場合ではない。ソフィアは次に、窓の鍵の部分を銃で撃つと、素早く窓を開け、棍と縄を外に放り投げた。


「シンファさん⁉」


 偽名を呼ばれたソフィアは振り返ると、エレナの驚いているような、信じられないというような顔があった。自分を見捨てるのか――そういう不安も伝わってくる。


「申し訳ございません」


 ソフィアは謝ると、エレナの右手の手首をつかんで自分に引き寄せると横抱きにした。

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