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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第四章

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第71話 十年前の過ち⑤——対峙

    ★


「私は、部屋のすみにいるエレナに声を掛けた」


 ソフィアはユーインにそう言った。


「どうして……、ですか?」


「警戒心を解くようにするために。話を聞いて、彼女は私が『女であること』と、『助けに来た者であること』に安堵あんどして、すぐに心を開いてくれた。私はこれならすぐに脱出できると思い、持ってきていた縄を自分とエレナに巻き付けて、三階から下りようとしたんだ。だが、その準備中に邪魔が入った……」


「邪魔……?」


 眉をひそめるユーインにソフィアはうなずいた。


「伯爵と彼が雇っている男が部屋に入ってきたんだ。最初は伯爵の護衛だろうかと思ったが、男の姿を見てすぐに違うと思った。全身を黒い服で覆い隠していて、頭にも黒い布をぐるぐると巻き付けていて、顔も鼻から下を黒い布で覆っていてね。多分、伯爵はこの男の素性を隠したかったのだと思った」


「どうしてですか?」


「単なる護衛じゃなかったからだ。人を殺すことを一切躊躇(ためら)わない、殺し屋でもあったのさ」


     ★


「エレナ?」


 伯爵が声を掛ける。優しそうな声色だったが、ベッドの陰に隠れていた彼女は両手をぎゅっと握って縮こまっていた。


(ここまでさせるとは……)


 ソフィアは革の手袋をはめた手で、彼女の手を握ってやる。すると、エレナの体から少しだけ力が抜けた。


(大丈夫だ)


 ソフィアは心の中でエレナを励ましたあと、黒い服をまとった男と伯爵の動きに意識を向ける。


(さあ、どう出る?)


 様子を伺っていると、男が「ご主人さま、ねずみが入り込んだようです」と言った。彼はソフィアが潜り込んだことに気づいていたようである。


 しかし、ここまでは想定の範囲内。もちろん見つからなければそれに越したことはないが、このようになる可能性も考えて、グロリア侯爵は腕っぷしの強いソフィアに頼んだのだ。


「やはりお前の予想通りだったか」


「はい。始末をしますゆえ、そこでお待ちください」


「エレナを傷つけるなよ」


「承知しております」


 伯爵の注文に、男が感情のない声で応えたあと「ガチャ」という音が聞こえた。自動拳銃のスライドを引く音である。


(銃か。エレナに傷をつけないようにして、かつ、私を始末しようと考えるなら、その武器は最善とは言えないはずだが……、伯爵はあまり気にしていないのだろうか。それともあの男に全てゆだねているのか。どちらにしても、エレナに流れ弾が当たらないように気を付ける必要はあるな……)


 ソフィアが頭で考えているうちに、男が部屋の奥のほうへ入ってくる。明かりは近づいてこないので、男はランプは持っていないのだろう。

 そして、足音からは迷いが感じられない。ソフィアたちが部屋の端にいることに気づいているようだ。


(それならば――)


 ソフィアは肩の力を抜くと、一瞬にしてベッドの陰から飛び出た。そしてこんを男のあご辺りに向かって下から上に突き出す。

 もう少しで当たるという瞬間、男はソフィアの攻撃を逃れ、銃の引き金を引いた。


 ソフィアは間一髪ですり抜けたが、男は攻撃を止めなかった。部屋には銃弾の雨が降りそそぐ。


「ちっ!」


 ソフィアは部屋の中を逃げ回って、弾をけた。

 最初は伯爵を人質にとろうと思ったが、代わりにエレナを取られることになると思い直しやめた。


 男は伯爵にくぎを刺されているので、彼女を傷つけるようなことはしないだろうが、彼にとって最も大事なのは主人である伯爵だ。

 伯爵が傷つけられたら男がどう出るか。少なくとも、こちらに有利には働かないことは確かだ。


(この男、装填そうてんされている分を全部撃つ気か? 確実に当てる自信がないということか)


 射撃の精度は低い。下手に動かなければ当たることはなさそうだが、エレナに流れ弾が当たらないように配慮すると、狭い部屋で逃げ回るというのはそれなりに難しい。


 棍を使いたいが、距離を詰めなければ振ることさえできない。


(……仕方ない、使うか)


 彼女は銃弾をかわしながら、太ももに付けていたホルスターから回転式の拳銃を取り出すと、素早く撃鉄を起こしすぐに引き金を引いた。


「ぐっ!」


 彼女が撃った二発の弾は、男の右の肩口と腕に当たる。彼の射撃の精度はより下がっただろう。もしかすると、引き金を引くのも難しいかもしれない。それならばさらに好都合である。

 ソフィアは拳銃をホルスターにしまうと、一気に駆け出して、男に棍を振るった。


「はっ!」


 弱っている傷口のところを狙う。

 だが、男もソフィアを始末することを諦めていなかった。黒い服に隠されていた腰から、長剣が抜かれたのである。

 男はその剣で、ソフィアの棍の攻撃を力技で振り払った。


「くっ」


 ソフィアは力に押され、態勢を崩される。それを整えるために後方に飛んで距離を取った。


(……武器は銃だけではなかったか)


 だが、彼女も相手が持っている武器が拳銃だろうが、剣だろうが易々とは動じない。幾度の修羅場を潜り抜けてきたのである。

 これくらいはどうということはないが、問題はこの男を気絶するなり、戦えない状態にしなければ、下に降りる準備すらすることができない、ということだ。


(剣で棍を抑えられた。どうする? 速さで戦うか?)


 ソフィアは女性ながら身長はあるほうだが、男はそれよりも頭一個分ほど大きい。そして筋力がある上に手足も長いため、腕を振る力を利用されたら、身体能力の高いリョダリであるソフィアでも負けてしまう。


(だが、迷っている暇はない)


 伯爵が屋敷の者を呼んでくるとも限らないし、先ほど男が撃った拳銃の音で騒ぎを聞きつける人もいるかもしれないからだ。彼女は覚悟を決めると、一気に男との距離を詰めた。


「うぉっ!」


 ソフィアは迷いを振り払うようにして短く力の入る声を出す。そして再び男に対し、棍を振りかぶった。

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