第70話 十年前の過ち④——二人の男
「どうして助けに来てくださったのですか?」
「あなたの……エレナさんのお母さまが、行方不明届をお出しになっていました」
ソフィアがすぐに答えると、エレナが安堵したような声で「そうなんですね……」と呟いた。だがすぐに表情を引き締め、恐る恐る尋ねた。
「それでは、あなたは母から依頼を受けたのですか?」
「いいえ」
「では、どなたから……?」
「我々は行方不明届などを拝見し、いなくなった方を捜して家族の元に帰れるようにお手伝いしているのでございます。ただし、それは密かに行われていること。よって、我々は知られてはいけない存在でございますので、特に依頼を受けているわけではないのです」
「では、慈善活動をなさっているということですか? それとも助けていただくにはお金がかかるのでしょうか……?」
エレナは自分が助かるための依頼料が、どれくらいかかるのかを心配しているようだった。
セルディア王国に住む各民族は、国民の低所得者以上に収入が少ない。
そのため支払いの金額が、家族の負担になっているのかもしれないと心配になったのだろう。優しい子である。
「そうですね。『慈善活動』といえば、それに当てはまるかと思います。ですから依頼料のことはご安心を。お支払いの必要ありませんので、お母さまにご負担になることはございませんよ」
すると今度こそ胸を撫でおろしたように、エレナの表情がほぐれた。端正で大人びた顔立ちをしているので、あまり子どもという雰囲気はないが、今のようにふとしたときに浮かべたものはあどけない少女のようで、やはりまだこの子が子どもなのだとソフィアは思った。
「よかった……。ありがとうございます」
「いいえ」
「あ、でも……、助けていただけるのはありがたいのですが、どうやってここから出られるのでしょうか。鍵は開けてくださったようですが、伯爵はいつ来るか分かりません。もしすでに近くまで来ていたら、屋敷の護衛に囲まれてしまうかも……」
「ご心配は無用です。その窓からさっさと出るつもりですから」
ソフィアがそう言うと、エレナは窓のほうを見たのち、再びソフィアを見て目を丸くした。
「窓から⁉ 三階ですよ!」
あまりの驚きに大きい声を出してしまう。ソフィアは急いで静かにするように指示した。
「しっ」
エレナは慌てて口を手で覆い、謝った。
「す、すみません……」
「驚くお気持ちも分かります。ですが、ご心配には及びません。エレナさんが私を信じてくだされば、大丈夫ですから」
エレナは大きく息を吸うと、覚悟を決めたようにこくりとうなずいた。
「分かりました。信じます」
ソフィアはふっと笑い、お礼を言った。
「ありがとうございます。では早速ですが、そちらに行っても構いませんか?」
「はい、大丈夫です」
エレナから許可を取ると、ソフィアは窓に近づいて肩に担いでいた縄を下ろす。そして、絡みなどがないことをしゃがんだ状態で確認しながら、それを部屋に広げていく。
その様子を見ていたエレナが、「あの……」とソフィアに声を掛けた。
「何でしょう?」
「その、先ほどはあなたのことを疑ってしまってすみません。また変な人が来たのかと思って、警戒してしまいました」
ソフィアは作業をしながら答えた。
「私のことはお気になさらず。それに、このようなところに閉じ込められて見ず知らずの者が突然入ってきたのですから、あなたが怯えるのも当然のことかと思います。ですから、気にしなくていいのです」
するとエレナはソフィアの近くにしゃがむと、微笑んだ。
「はい」
エレナの気持ちもだいぶ落ち着いたため、ソフィアは縄を彼女に括りつけようとする。
だが、そのときだった。
扉の外からほんの少しだけカツーン、カツーンという音と、それとは別にコツ、コツコツという音がする。
どちらも足音だ。響いているのはこの建物の階段が石造りの通路の狭い場所だからだろう。
(護衛と伯爵だろうな。護衛は底が固い靴を履いているのか、よく響く……)
「……来たか」
ソフィアが呟くと、エレナは「何がですか?」と小さな声で尋ねた。彼女にはまだ足音が聞こえていないのだろう。ソフィアは振り返って、彼女の問いに答えた。
「伯爵たちです」
「え……?」
エレナはびくりと体を震わせる。
「エレナさん。すみませんが、ベッドの陰でじっとしていてください。私が対処します」
極力抑えた声でソフィアが指示すると、エレナは何度も頭を縦に振りながら、言われた通りに扉から死角になるベッドの陰に隠れた。
ソフィアはその間に部屋いっぱいに伸ばした縄を自分のところに手繰り寄せ、相手にいじられないように窓の下にまとめておく。そして背中の鞄に入れていた、分解された棍を取り出し一本にすると、エレナと同じようにベッドの陰に隠れ彼女を後ろに庇う。そして足音の相手を向かえる準備をした。
だんだんと足音が近づき、はっきりと聞こえるようになると、それは扉の前でぴたりと止まる。すぐに入って来るかと思いきや、意外にもそうはならず、少し待たされることになった。
(何故、開けないんだ……?)
ソフィアが相手の出方をじっと伺っていると、扉が三回叩かれた。ソフィアはエレナを振り向き、いつも通り返事するようと指示をする。
彼女はしっかりとうなずくと、「はい。どうぞ」と返事をした。
部屋の主からの許可を聞いた者たちが、扉がゆっくりと開ける。
するとそこには、ランプを手に持った全身黒い服に身を包んだ背の高い男と、その男よりも頭一つ分背の低い、スイーヴィル(=スーツのこと)を見にまとったすらりとした体つきの男が立っていた。




