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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第四章

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第63話 ユーインの手の中にある短剣

「山、ですか?」


「そう。闇取引オウルス・クロウの客たちは、取引の開催から夜明けまでしか景品の横取りをすることはできない。違反をすれば罰則もあるし、時には闇取引オウルス・クロウへの参加が禁止される。あそこへ出入るすることを楽しみにしている者たちにとって、それは痛手だからね。夜が明けてまで追ってくることはないよ」


「ですが、追手は他にもいるんですよね?」


 ユーインの質問に、ソフィアはうなずいた。


「今度はそいつらから確実に逃げなくちゃならない。今追ってきているのは客の連中じゃないから、いつまで逃げ続けなければいいかは分からない。奴らにとっては、ユーインとアルフィを取り返すことが目的だからね」


「僕らを捕まえるまで、終わらないってことですか?」


 不安そうに尋ねる彼にソフィアは肩をすくめ、明るい口調で「何もしなかったらね」と言った。


「どうすればいいんですか?」

 

 何もしなければずっと逃げ続けなければならないが、逆にそれを乗り越えることができたら変わるかもしれない――。

 ユーインの問いには、ソフィアの意図が通じただけではなく、彼の中にも追われている状況を何とかしたいという意志が感じられる。


(これはいい方向に向くかもね)


 ソフィアはユーインに頼もしさを感じて、嬉しそうに笑った。


「そのことはまたあとで話すよ。これから先のことを皆で話し合って決めないといけないからね。アレクシスとアルフィが起きてからにしよう。だから今は、気持ちをさっぱりするのがいいかな」


「さっぱり……?」


 そう言ってソフィアは、自分から見て扉の左手にある小さな洗面台を右手の人差し指で示す。ユーインは彼女の指の動きに従って、顔を動かした。


「飲み水ではないから、うがいをしたり、飲んだりすることはできないけれど、顔を洗ったり、手を洗ったりはそこでできるからね。顔を洗ってさっぱりするといい。ついでに言っておくと、サレンリー(=トイレのこと)は部屋の外だからね。出るときは用心すること」


「追手が来ているからですか?」


「ううん。追手が来ていないことは確認しているけど、危険な大人は他にもいるからちょっとだけ気を付けなさいってこと」


「分かりました」


「私は下から口をゆすぐための水と、何か飲み物をもらってくる」


「はい」


 ソフィアはそう言って立ち上がると、テーブルの下に置いてあった荷物から、石鹸せっけんと顔をくための布を取り出す。アレクシスはこうなることを見越して、荷物を準備していてくれていた。


「石鹸を使いたかったらこれを使いな。それと顔はこの布で拭いて……、あ、水は使う前に少し流してから使ったほうがいい。さびが溜まっていて、赤茶の水がでることもあるから。それと下宿先での知恵だが、きれいだなと思っても、案外汚れていることもあるから必ず最初は流しておくんだよ」


 石鹸、布、水の説明をしながらソフィアは言う。

 そして、自分は部屋の外に出ようと扉のほうへ向かおうとしたときだった。思いがけず、ユーインから声を掛けられた。


「あの、ソフィアさん」


「どうした?」


 振り向くと、彼は両のてのひらをソフィアのほうへ向けて差し出していた。その上には、昨夜彼女が渡した、革の鞘に収まった小さな短剣が載っている。


「これ……、もう要りません」


 ソフィアは驚いた。アルフィのことを守ろうとするユーインのことだから、まだしばらくは手放さないだろうと思っていたのである。


 ソフィアはユーインよりも下の視線になるようにその場にかがむと、神妙な面持ちで「いいのか?」と尋ねた。

 すると、ユーインからすぐに返事が返ってくる。


「はい」


「無理はしていないか? もし私たちのことを信じられなかったら、持っていていいんだよ」


「無理は、しているかもしれません……」


「だったら――」


 ――持っているべきではないか。

 と言おうとしたが、ユーインが先に首を横に振った。


「でも、必要なことは話してくれるということが分かったから……」


 どういうことだろうとユーインの顔を見つめると、彼が短剣を返そうと思った理由を教えてくれた。


「ソフィアさんが出て行かれてから、少し侯爵さまとお話をしたんです。僕の家族がどうなったのか知りたくて、質問しました。ですが、知らないと言われました。そのとき僕は、侯爵さまが『何か隠しているんじゃないか』とか『言いたくないことがあるんじゃないか』『僕が子どもだから言わないようにしているんじゃないか』って思っていたんです。だって、事件があったときから二か月も経っているのに、それはおかしいなって。でも、話をしているうちに、侯爵さまは本当に知らないって思ったんです」


「何でそう思った?」


「『スビリウスの存在が公になると、王家はセルディア王国の民の信用を失う』って話をしてくださったからです。難しい話だったので、分からないところもあったんですけど、それでもスビリウスの存在が国王の進退に関わる……みたいなこと聞いたら、僕もそれはまずいことだなって思いました。以前から私の父は、『現王がいかに優れた王であるか』を僕に教えてくれていたので、その人が退くことになったらどうなっちゃうんだろうって、なんか不安を感じたんです。そして、その話を侯爵さまは教えてくださいました。僕に言わなくてもいい話だったと思います。秘密の話で、本当は聞いてはいけないことなんじゃないかって……。でも、それを話してくださったのは、侯爵さまが僕の家族のことについて知らなくて、その中でも教えられることを伝えてくださったのかなって思ったんです。だから、きっとこれからも必要なことは話してくれるはずだと、そう考えるようになりました。……その、えっと、ですから、上手く言えないんですけど、ソフィアさんも侯爵さまも僕が刃を向ける相手ではないということです」


「そうか……」


 ソフィアは呟くと、ユーインの手からそっと短剣を取った。

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