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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第四章

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第59話 偽名

 ソフィアはそう言うと、靴紐くつひもゆるめることに集中する。もう話すことはないという意志表示でもあったのだが、アレクシスは気にせずソフィアに声を掛けた。


「君は? 眠くないの?」


「私は大丈夫だ。だから、気にせずに寝ろ」


「本当に?」


 聞き返すアレクシスに、ソフィアはちらと彼を見てから小さくため息をつく。


「今日の午後には出発するんだぞ。そのときに君が眠そうにしていたら困る」


 するとアレクシスはちょっと目を丸くしたあとに、肩をすくめた。


「それもそうだね。分かった。じゃあ、そうさせてもらうよ」


 納得したようで、ベッドのほうに移動し靴と靴下を脱いでいそいそと入ると、布団をかけて中に入った。


(やっと寝たか)


 ソフィアは一息つくと紐を緩めた靴を脱ぎ、さらに靴下も脱いだ。


 靴は、自分の足に合わせて作ってあるものなので疲労は出にくい。

 だが、リョダリの地にいるときの普段の生活では、底だけ革の、軽くて柔らかい布製の靴を履いているため、丈のあるぴったりとした革靴は少し窮屈きゅうくつなのだ。


(足がすっとして気持ちがいい)


 ソフィアは両方の靴を脱ぎ捨て、椅子の背もたれに体重を預けると、足の解放感の心地よさにひたる。

 するとこれからのことが自然と頭に浮かんだ。


(朝は皆が起きたら朝食を食べて、身支度をして……、そのあとに必要なものを買い出ししないとな。金はアレクシスが持っているだろうから大丈夫だろう。あとは、どこへユーインたちを連れて行くか、だな)


 アレクシスが最初に考えていた計画では、きっとスビリウスの追手から逃れることは難しい。そのためソフィアは彼に別のことを提案しないといけないと考えていたのである。


(アレクシスのことだからしぶるかもしれないが、もうあれしか方法はない……)


 どうやって話そうかとか、アレクシスがどのような反応をするだろうかとソフィアが一人静かに考えていたときだった。ふと、ベッドから「……なあ」という声が聞こえる。アレクシスだ。


「……何だ?」


 寝てなかったのかと呆れながら振り返ると、彼は「ちょっと、こっちに来て」と、布団から手を出して手招きをしている。


 面倒だなと思いながら、裸足はだしでアレクシスのベッドの傍へ寄った。すると布団からちょっとだけ顔を出して、じっとソフィアを見ている。


「早く寝ろと言うのに……」


 ユーインたちを起こさないように小さな声で呟くと、同じく小さな声でアレクシスが言った。


「ちょっと聞きたいことがあって。それを聞かないと眠れない」


「子どもじゃあるまいし」


「答えを聞いたら寝るからさ」


 今日の予定を考えたら、アレクシスにはさっさと寝てもらわなければならない。ソフィアは嘆息しつつも、「何だ」と尋ねた。


「もう偽名で呼ばなくてもいいか? そろそろ面倒くさくなってきた」


 何の話だと思っていると、彼は真面目な声でそう言う。

 ソフィアにとってはあまりにどうでもいい話で、思わず脱力してその場に腰を下ろした。


「何だ、そんなことか……」


「『そんなこと』とはなんだ。だったら名前で呼んでいいか?」


 アレクシスは寝返りを打ち、ソフィアのほうを向いて子どものようにわくわくしたような目を向ける。何でそんなことで楽しそうにのか不思議でならないソフィアは、彼のひたいを指ではじいた。


「いたっ」


 アレクシスは左手で額をさすった。


「馬鹿なことを聞くな」


「やっぱり駄目なのか……」


 がっかりしたように呟くアレクシスに対し、ソフィアは首を傾げた。


「そもそも何故そんなことを気にする?」


 偽名にしているのは、アレクシスを守るためである。


 闇取引オウルス・クロウは、表社会では決して許されない取引を行う場所だ。


 そのため、そこへ出入りする者たちは身分を隠して参加する。主催者であるスビリウスも、参加者が何者かを問わない。だからこそ、貴族や金のある商人たちが出入りするのである。

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