第54話 対峙
イグマンはさっとランプを動かし、明かりで隣に来た者を照らす。
エレインが眩しそうに目を細めると、イグマンは困ったような表情で注意をした。
「エレインかじゃないか。どうしたんだ、明かりも点けずにそんな速度で走ってきて。危ないだろう」
イグマンが言っていることは尤もだが、それどころではない。
「お説教をしている場合ではありません。後ろから付いて来る者がいるんです」
そう言って、エレインは自分が通ってきた道を指さした。
後ろから突いて来た者は、奇妙なことにぴたりと止まってエレインたちの様子を伺っている。
(こちらは人数が増えた。普通なら「多勢に無勢」と引き返そうとしそうなものだが……、そうしないということは強盗じゃないのか?)
エレインがそう考えていると、イグマンが緊張した、だが静かな声で尋ねた。
「あれは誰だ……?」
付いてきた者は止まったままだが、重苦しい気配を放っていた。
ただ、殺気というのともまた違う。精神的な圧力を感じるような気配だ。
イグマンもそれに気づいたのだろう。
だが、エレインに答えられることはさほどない。
「申し訳ないのですが、分かりません。町から森に入るときから付いてきていて、振り払おうとして走ってきたのですが、ここまでついて来られてしまったんです」
イグマンは小さく「そうか」と呟くと、エレインより数歩前に出て「下がれ」と指示をする。
「はい……」
自分で処理しきれなかったことに対し、不甲斐なさを感じながらも、エレインは渋々《しぶしぶ》とうなずいた。
部下が自分の後ろに下がったのを確認すると、イグマンはいつになく低く感情のない声で、そこに立っている者に尋ねた。
「……何者だ」
どんな返答が来るだろうかと思っていると、相手は次のように答えた。
「あなた方こそ、何者ですか?」
その瞬間、イグマンたちの側に驚きが広がった。低い声であるが間違いなく女だったからである。
特にエレインは、すぐに状況を飲み込めなかった。
(女の声だと……? まさか、女が俺をこの暗闇を追いかけて来たっていうのか?……信じられない)
重い気配を放ち、先ほどまで自分を追いかけて来た人物が女であるとは到底思えなかったのである。
「何故、我々に『何者か』と問う?」
エレインがそのようなことを考えているとは露知らないイグマンは、さらに女に問うた。
すると彼女は暗闇の中でふっと笑う。
「とぼけようとしているのか分かりませんが、先に私たちの後ろを付いてきたのはあなた方ではありませんか?」
その言葉にエレインはハッとした。
自分たちが追ってきたのは、ジェレミア伯爵家の兄弟を連れて行った男女の一組だけである。
(ということは、借馬屋で男五人を倒したのがこの女ということか……!)
「だったら、分かっているだろう。あんたが手にした商品を横取りするために来ただけだ」
エレインが考えていたように、イグマンも彼女が借馬屋で男たちと戦った女であることが分かったのだろう。
すると女は声に明るさをにじませて、次のように言った。
「でしたら、もう終わりかと。そろそろ夜明けです。違いますか?」
それに対してイグマンは息を飲んだ。
エレインは傍でそれを感じ取る。
(この女……)
只者ではない。
その問いをするということは、こちらがすでに闇取引の「客」ではないことを知っているということである。客ならば、夜明けまでしか景品の横取りをする機会は得られない。
「闇取引は規則を変えたのでしょうか。夜が明けたら、横取りの追跡は終わりですよね?」
「……」
「それとも、闇取引そのものを運営している者たちが、勝手な行動をなさっているとか?」
女はさらに問いかける。
しかしイグマンは何も答えなかった。
「どうやら私は星を指したようですね。では、確認のために改めて問います。あなた方は何者ですか?」
女は余裕を持った声で再び問う。
イグマンが黙っているので、エレインは馬をゆっくりと歩かせて傍に近寄ると小さな声で尋ねた。
「イグマンさま、いかがなさいますか?」
するとイグマンは暗闇の中にいる女をじっと見つめながら、低い声でエレインにだけ聞こえるように言った。
「そのまま通る」
それはまるで自分に言い聞かせるようないい方でもあり、エレインは気になりつつも「了解です」と答える。そして後ろにいるアベルとヨハンにも伝達した。
緊張が高まる空間に、風がふうっと入って来る。
木の葉が揺れ、さわさわという音が、ほんの僅か時間だけ周囲を支配した。
「その質問に、答える意味はない」
風が鳴らした木々の音が収まると、イグマンは女に対してはっきりそう言った。
「そうですか」
女が短く答えると、イグマンは馬を歩かせる。
それに続き、エレイン、アベル、ヨハンがついて行く。緊迫した雰囲気がある中、イグマンが女の脇を通ろうとしたときだった。
パリンッとランプのガラスが割れたのである。




