第48話 孤独の涙
「……」
難しい話で分からないところもあったが、スビリウスの存在も、闇取引というものがあることも、そしてそれらのことは一般の人に知らせてはいけない理由は何となく理解した。
そして自分たちが、元の屋敷に戻ることも、別宅に行くこともできないということも――。
「何もできなくて歯がゆいかもしれない。けれど、今は何としても生きることを考えてほしい」
励ましの言葉だったのだと思う。
生きなければならないというのも分かる。
だが、捕まってからの地獄のような日々を乗り越えようと思ったのは、そこを脱出出来たら家に戻ることができると信じていたからだ。
ユーインは俯いて、震える声で呟いた。
「元の生活に戻ることも……、できないのにですか?」
「ユーイン……」
「父上も、母上も生きているかどうかも分からなくて、屋敷も燃やされて帰れなくて、ほかの別邸はあっても調査のために入れなくて……。僕らは、どこへ帰ったらいいのですか?」
帰る場所がない。
それはまるで、自分が宙ぶらりんになったかのような感覚である。
何をしていたら、何に向かっていたら自分はいいのか、すっかり分からなくなってしまった。
「いつか帰れると思ったから、頑張っていたのに……」
屋敷に戻るまで、もしくは父や母、グレンと再会するまでは泣くまいと思っていたのに、目からは次から次へと涙が零れ落ちる。
アレクシスは「役に立てず、すまない……」と哀愁を帯びて言うと、席を立って窓辺へ移動した。
ユーインに気を使ってのことだろう。
(こんなとき父上なら、きっと僕が欲しい言葉をくださって、ぎゅっと抱きしめてくださる。母上なら、頭を優しく撫でてくれて「大丈夫よ」って言ってくれる……。グレンだったら、優しく宥めてくれるのに……)
蝋燭の炎だけが灯る部屋には、ただユーインの啜り泣きだけが静かに響いていた。
☆
部屋から出たソフィアは、一階に下りると受付の男にこれから出かけることと、馬を出してほしいことをお願いする。
最初からやる気のなさそうな男だったが、すぐにいくらかの心付けを渡すと、快く請け負ってくれた。こんな夜中に泊まりに来ておいて、馬も小屋から出したりしまったりしては、客であるソフィアから見ても心付けを貰うのは当然だと思う。
(そうだ。時間も聞いておこう)
ソフィアは、「『383』の客、一人外出。戻る予定」と帳簿に書き込んでいる受付の男に「時計はあるか?」と尋ねる。すると彼は「ある」と答えると、受付の後ろにある部屋に一旦引っ込み、戻って来ると「午前四時十分ごろだ」と言った。
時計は少しずつ普及しているとはいえ、市民が買うには高すぎるし場所を取る。そのため、どの町にも一つか二つ、鐘の鳴る時計台が据え付けられているが、夜は鐘の音が鳴らないのだ。
できるだけ遠くまで響き渡らせようとしたせいか、近所の人たちには睡眠の邪魔になるようで、午後六時から次の日の午前六時まで鳴らないようにしているところが多く、この町もその一つである。
(午前四時、か……。あと一時間で夜明けだな。オウルス・クロウの前座が始まる時刻は大体午後十時ごろ。ゲームはその二十分後ぐらいに始まるから、あれから五時間経ったということだ。まあ、順調だな)
ソフィアは時間を教えてくれた男に「ありがとう」とお礼を言って建物から出ると、馬の世話をしてくれた者にも心付けを渡し、早速馬に跨ると宿屋の敷地を出た。
「もう少し頑張ってくれ」
馬にそうお願いすると、常足で宿屋の入り口を出て左に曲がり東に向かう。通ってきた道を戻っているのだ。
(さて、アレクシスはスビリウスに追われているユーインとアルフィを、どうするのかね……)
ソフィアは常足で馬を進ませながら、スビリウスの追手に警戒しつつも、今後のことについて考えていた。




