第44話 ユーインの回想①——屋敷に入ってきた者たち
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ソフィアが部屋を出て行ったあと、アレクシスが柔らかく笑ってユーインを見た。
「ユーイン、お腹は空いていない?」
尋ねられ、ユーインは首を横に振る。色々ありすぎて自分のお腹の具合はよく分からなかったが、あまり食べたい気分ではなかった。
「いえ、ここに来るまでにいただいたので大丈夫です」
「そうか」
アレクシスは小さく呟くと、ソフィアが置いて行った荷物のほうに近づき、それをテーブルの下に移動する。そしてその中から乾燥果物などが入った袋と水の入った革袋を取り出して、テーブルの上に置いた。
「それじゃあ、ここに置いておくからお腹が空いたら食べてね。水はあまり量がないから、喉が乾いたらこれを少しずつ口に含んで。本当は汲みに行けるといいんだけど外に行かないと水はないから、今日はこれで凌ごう」
「分かりました。ありがとうございます」
お礼を言うと、アレクシスが嬉しそうに笑う。そのときふと、彼の笑顔がどこか父のような、もしくはいつも傍にいてくれた穏やかで優しい執事の笑みに重なった。
捕まっている間、自分にこんなふうに笑いかけてくれる人はいなかったし、自分たちを虐げる者に負けてはいけないという気持ちがあったせいで暫く忘れていたが、アレクシスの笑みをきっかけに、急に色んなことを思い出してしまう。
(駄目だ。我慢、我慢しないと……)
鼻の奥がツンとするのを感じる。だが、今は泣くところではない。
それよりもアレクシスに聞かなければならないことがある、とユーインは自分を鼓舞し勇気を出して尋ねた。
「あの……お尋ねしたいことが」
「うん、何かな?」
ユーインは何度か言おうか迷ったあと、思い切って聞きたかったことを尋ねた。
「父上や、母上たちがどうなったかご存じですか……?」
彼は、太ももの傍にある手をぎゅっと握る。
忘れたくても忘れられない。
ユーインは、自分の人生が一変してしまった日のことを思い出していた。
★
二か月前のことだった。
初夏の夜。庭に植えている花々が一斉に咲き、夜気に花の瑞々しく甘い香りが辺り一面に香っていて、ユーインは窓からその香りを嗅いでいた。
夜空には無数の星が瞬いていたが、月はようやく三日月になったときで、辺りを見渡すには頼りない光である。そのためユーインは部屋の机にランプを置き、明日来る家庭教師のことや勉強の内容を考えたり、おやつは何だろうななどとのんきなことを考えていた。
そろそろ眠ろうかなと思っていたときである。窓の下の辺りで草の葉が踏むような、さくさく、という音がした。
最初は動物だと思ったが、それにしても数が多い。集団で来るようなことなどあるだろうかと思っていると、次の瞬間、下の階の扉が激しく開いた音がした。
(何⁉)
ユーインは驚いた勢いで、ランプを持って部屋を出る。
音が聞こえたほうへ行こうと思ったが、次の瞬間甲高い叫び声と、「誰だ!」「旦那さま!」という、父と執事のグレンの声が重なった。そのあとに銃声が聞こえたため、足を止める。
(父上……! 母上……!)
ひっきりなしに続く銃声と戸惑うような声と悲鳴があたりに響き渡り、それまで静かだった屋敷の中が騒然となった。
(どう、どうすれば、どうしたら……!)
ユーインは皆が心配で様子を見に行きたい気持ちはあったが、普段とは全く違う状況に足が床に張り付いたようになって、部屋の扉の前で立ち竦んでしまっていた。
(どうしよう! どうしたらいいんだろう!)
大した時間ではなかっただろうが、永遠とも思える時間の中そう思っているように気がしていると、突然「ねえ、何の音?」と言う声が聞こえる。ユーインは弾かれたように振り向くと、隣の部屋からアルフィが出てきて目を擦っていた。
(アルフィ!)
ユーインは、頭なのか体なのかが感じる危険信号に従って、咄嗟に「隠れろ!」と叫ぶと、弟の部屋に二人で入り込み、ランプの火を消してベッドの下に潜り込んだ。
「お兄ちゃん、何が起きているの?」
アルフィが不安そうに尋ねるが、ユーインも何が何だか分からない上に、自分のことでいっぱいいっぱいで、「いいから黙ってろ!」と強く言うことしかできなかった。アルフィはびくりとすると、聞いても無駄だと思ったのか、それ以上何も聞かずにユーインの隣で黙って腹ばいになっていた。
ユーインがほっとしたのも束の間、足音が二階まで響いてきた。
彼らの部屋は、階段の傍にある二階にある。もしかすると捕まるかもしれないという恐怖の中、部屋の扉が勢いよく開かれた。
(父上!)
恐ろしくて、心の中で父のことを叫ぶ。
すると、扉を開けた誰かが一度部屋の中に入ってあちこちを確認していったが、誰もいないと思ったのか出て行った。
(良かった……)
何とか危機を脱したかと思ったが、外で男が何かを言っているのが聞こえる。
(何だ……? さっさとどっかにいってよ……!)
ユーインが心の中で文句を言っていると、今度はランプを持って部屋に数人が入って来たのである。
(え⁉)
すると入ってきた者たちがベッドの布団を捲ったため、あっという間にユーインとアルフィを見つけてしまったのである。
(どうして……!)
「見つけましたよ」
入ってきた男は三人で、そのうちの一人がそう言った。
「やっぱりな。蝋燭を消したばかりのにおいがしたからそうだと思ったんだ」
「さすがだな」
入ってきた者たちがそういう会話をする。声からして全員、男のようだ。
顔は、男たちが持っていたランプの明かりでも分からなかった。目元以外を黒い布で隠していたからである。。
しかし、今はこの者たちのことを考えている場合ではない。
アルフィと共に逃げなければと思い、立ち上がろうとしたときだった。片腕で腹の辺りを抱えられ、あっという間に男の肩の上に担がれてしまったのである。




