第43話 先手
「追手が来たのか?」
不安そうに尋ねるアレクシスに、ソフィアは「いや」と否定してから言葉を続けた。
「だが、そろそろ来るころだろうと思ってね。その前に先手を打っておこうかと」
「先手?」
「そうだ。リブームの戦法のようにね」
そしてソフィアは荷物袋をから一旦分解した棍を手探りし、彼に質問をする。
「ジェームス、君はこの先をどう乗り切るつもりでいる?」
尋ねられたアレクシスは、少し考えてから答えた。
「とりあえず、数日間は宿屋を転々とするつもりだ。レイグスには悪いが、護衛はもちろん私の相談相手として付き合ってもらう」
「それから?」
「安易な考えかもしれないけど、そうしているうちにいつかは追手を撒けると思うんだ。さすがのスビリウスも、数日間もこの件に関わっていられるほど余裕はないと思うから。そして最終的には、ユーインたちを用意している屋敷か、もしくは我が家に来てもらうつもりでいる」
ジェレミア伯爵の家が、現在どうなっているのかはソフィアには分からない。
しかし、アレクシスが別の屋敷を用意しているということは、ユーインとアルフィは元の家に戻れない状態にあるということだろう。
(ジェレミア伯爵邸の状況をアレクシスに聞きたいところだが、まだユーインが起きているから話してもらうわけにもいかない、か……)
ユーインが聞いたら立ち直れなくなるような話だろうということは、彼らがスビリウスの捕虜になっていた時点で想像がつく。
そのため、ソフィアは不明瞭な部分については想像しながら、アレクシスの作戦の穴を指摘した。
「悪いが、その提案は却下だ。まずここ数日逃げたとしても、用意していた屋敷にはいけないと思ったほうがいい。スビリウスがずっと付いてくる可能性がある限り、落ち着く場所を作ったらそこが確実に狙われる」
「だったら、屋敷じゃないところならいいか? 貸家を借りて、とりあえずそこに住むとか? こうなることもあろうかと思って用意はしているんだ」
ソフィアは三つに分かれた棍を全て取り出し終わると、否定した。
「駄目だな」
「どうして?」
「警備が手薄になるだろう」
「ちゃんと護衛も付ける」
「君のことだから、きっとそうするだろう。だが、その護衛たちがどこの所属なのかが分かってしまったときは?」
つまりグロリア侯爵家が用意したものだと分かれば、今度はアレクシスや彼の家族、使用人たちが狙われるかもしれないということである。
「……」
アレクシスが急に黙ったので、傍で話を聞いていたユーインが困ったような顔をした。自分たちに関わることで、何か良からぬことがあると感じ取ったのだろう。
彼の不安を振り払うように、ソフィアはアレクシスの返答を待たず、何でもないように淡々とした口調で続けた。
「どちらにせよ、今はどこかに落ち着くことは考えないほうがいい。一旦彼らを撒くなり牽制するなりしなければ、状況は不利になる一方だ。あっちは復活したばかりとはいえ、この件に関してはいくらか捨て駒を用意しているだろうしね。だから逃げるだけじゃなくて、こっちからも仕掛けて数を減らしておいたほうがいい」
「まさか……戦うのか?」
驚くアレクシスに、ソフィアは不敵に笑うと三つに分かれた棍を持って立ち上がり、一つ付け加えた。
「そんな心配そうな顔をするな。言っておくが、私がここを出たら君が二人を守るんだぞ」
途端に驚きと不安の表情を浮かべる。
「え……」
「『え』、じゃない。すでにここまで来ている奴らもいるかもしれないし、潜んでいるやつもいるかもしれないだろう。とにかく、この件をやり出したのは君なんだから、やることはやってもらわないと。嫌だったら別の信頼できる奴を連れてくるんだったんだな」
ソフィアが困っているアレクシスを見て面白そうにふっと笑うと、彼は観念したようにうなずいた。
「……分かったよ」
「じゃあ、行って来る。私が帰って来たときは扉は、三回、一回、二回と叩くからな。それ以外は出るな。あ、ただサレンリー(=トイレ)は部屋を出て右手にあるから、行きたいときは構わない。その代わり、周りに注意すること」
「もし、宿屋の人が部屋を訪ねて来たら?」
「夜中には外が火事とか、騒ぎにでもならないかぎり来ないだろう。私も日が上り始めるころまでには戻るから大丈夫だ。それから今からの時間じゃ夕食は食べられないだろうから、腹が空いていたら非常食のジヨルやツリックを食べてくれていい。朝にはこの辺りで調達するからね。ただ、念のために半分は残しておいてくれ」
ソフィアの指示に、アレクシスはしっかりとうなずく。
「分かった。気をつけてな」
「ああ」
ソフィアは短く返事をすると、棍だけを手にして部屋を出た。




