第41話 宿舎
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「分かれ道だ」
セレレインの森の分かれ道に辿り着くと、ソフィアは続けて「ちょっと持っていてくれ」と言って、手綱をユーインに持たせた。
「え? え?」
ユーインが戸惑っている間に彼女は馬からさっと降りると、「皆、動かないように」と一言言って、目と耳、そして肌に感じるものから周囲の気配を探る。
森は意外と、色んな音が混じっている。虫や鳥の鳴き声や、風で葉が擦れる音。
だが、それらには人間が持つような、悪しきことを企むような黒い気配はない。ソフィアはそれを見極めながら、追手がどこまで来ているのかを感じ取る。
「……どうやら後ろからは、まだ来ていないようだね」
「よかった」
ソフィアの判断にアレクシスは胸を撫でおろすと、「それなら行くのは左だな」と馬上から尋ねた。
「そうだ」
ソフィアが短く答えると、さっと馬に跨ってそのまま左の道へ行く。
「ちょ、ちょっと待って」
だが、後ろからアレクシスが驚いた声を掛けてきたので、進みだした馬を止め、ソフィアは振り返らないといけなくなった。
「どうした?」
すると、アレクシスは右側の道を指で示して尋ねた。
「どちらの道に進んだのか分かりにくくするために、あっちの道にも足跡を付けておかないのか?」
森の土は柔らかいため足跡が容易に付く。それを追って来られたらどちらの道を通ったのか、すぐに見抜かれてしまうので、惑わせるようにしておいたほうがいいと言いたいのだろう。
だがソフィアはそれを否定した。
「ここまで来たら、もう時間稼ぎする必要はない」
「どうして?」
「追うことに慣れている奴はそれほど時間がかからずに見破る。それなら無駄な時間を使わずに、さっさと進んでしまったほうがいい」
「なるほど……」
そしてソフィアにはもう一つ考えていることがあった。
ユーインたちに「迎え撃つ」と言った通り、彼女はその機会を伺っていた。そのときは近い。
「さ、行くぞ」
ソフィアに促され、ジェームスは彼女の後ろに付いて行く。
そこから体感的に二十分ほど常歩で歩いただろうか。森を抜けた道の先に、淡い光が見えて来た。町がつけているガス灯だろう。
森から町までの道はほとんど障害物がないため、速歩で一気に行くと、間もなくソルドーの入り口に辿り着いた。
「ジェームス、この先は私には分からない。前を歩いてくれ」
アレクシスがどこの宿屋に予約を取っているかまでは聞いていないため、歩く位置を交代する。
「分かった」
夜中に町についた一行は、闇夜の中で頼りなく店の前を照らしている明かりを頼りに、目的地の宿屋のほうへ向かう。
人はあまり出歩いていない。破落戸のような者もいるにはいるが、こちらが馬に乗っていることもあり、狙ってはこなかった。思うに、もっと狙いやすい連中がいるのだろう。
(……意外と遠いな。まあ、本来は馬車で西の街道を使って、ジオグン街からソルドーに入るつもりだったからな。遠回りになってしまったのは致し方がない。だが、そろそろユーインとアルフィが限界だ。大丈夫だろうか……)
兄弟を助けるにあたり、アレクシスは西側の街道を通ってソルドーへ入る計画を立てていた。そのため宿屋も街道に近い位置に取っていたようで、中々宿屋に着かない。皮肉なものである。
ソフィアの前に座るユーインは何とか起きているが、前を歩くジェームスの背からはみ出すように、時折アルフィの頭が右に、左に揺れ、都度アレクシスが落ちないように座る位置を直しているのが見えていた。
夜も随分と深まった。眠くなってきて当然である。
護衛の面から考えても、早く宿屋に入れてやりたいと思っていたところ、ようやくジェームスの馬が停まった。
「ここだよ」
「ここ、ですか……?」
先にそう言ったのは、ユーインだった。彼が驚いて見上げていたので、ソフィアもつられて見上げる。
外観を見て「なるほど」と思った。ソフィアにとっては十分にまともでも、貴族の立派な屋敷でしか過ごしたことがない者が見れば、庭もなく、意匠も質素な飾り気のない、庶民が使うような宿屋だったからである。




