第38話 二年の間にあったこと
「はい、こちら運営部でございます」
ノーバートは黒い受話器を手に取ると、調子のよい声で応対する。
この電話にかけてくるのは、各地にあるスビリウスの拠点にいる上層部たちだからだ。
だが、偶に間違い電話がかかってくることがあるため、念のため先に名前を名乗らず、部署名だけを受け答えをするようにしている。
『やあ、ノーバート。こちらはフロイド。忙しいときに電話をして悪いね』
受話器から聞こえてきたのは、ゆったりとした調子の若い男の声だった。
フロイドというのは、カナリア直属の部下と言われている。「言われている」というのは、ノーバートも詳しいことは分からないからだ。
スビリウスは闇の中で暗躍する者たちであるため、組織の中であったり、繋がりのある上下関係だったとしても情報が共有されないことが多々ある。
例えば「カナリア」という存在。
ノーバートは上層部の一人であるカナリアの傘下にいる一人であるが、カナリアからの連絡はいつもフロイドを通して行われるため、会ったこともなければ、声も聞いたこともない。その上、その人物が男なのか女なのかも知らなければ、表社会での地位にいる者かも分からない。
それはカナリアのことを知る必要がないというのもあるが、「知らないようにする」ことが暗黙の了解となっていることもあり、カナリアと関わっている者以外何も知らないのだ。
「お気遣いいただきまして恐縮です。それより、いかがなさないましたか?」
ノーバートが尋ねると、フロイドが電話を掛けた理由を吐露した。
『闇取引が二年ぶりの開催だからね。上手くいっているのか気になって思わず電話してしまったんだ』
なるほど、と思ったノーバートは相槌を打つ。
「お気持ちお察しいたします。しかし、フロイドさまのご心配は杞憂でござます。ゲームはすでに終わりまして現在は競売が進められており、滞りなく進んでおりますゆえご心配には及びません」
担当者から定期的に来る報告では、問題なく進んでいる。それを自信をもって報告すると、フロイドはほっとした声で『それならよかった』と呟いた。
「ええ」
ノーバートも嬉しそうにうなずくと、フロイドは声の調子を少し変えて次のようなことを尋ねた。
『……ところで、リブームの勝者に与えることになっていた景品は、誰が持って行ったのかな?』
今回の闇取引の中で、上層部が最も関心を寄せている部分である。
組織は二年前、「オブシディアン」という義勇軍のような連中に大きな痛手を負わされた。
その際、各地の拠点を同時に襲撃され、商品や金を持って行かれ、さらには組織を担っていた者たちが捕まえられたり、殺されるという、これまでにない大惨劇が起きたのである。
このようになる前まで、当然スビリウスはオブシディアンの存在の認知はしていた。その中で何度か野良猫に噛みつかれる程度のことはあったが、まさか勢力を拡大してくると思わなかったのである。完全な油断だった。
ノーバートは偶々貴族の仕事をしていたため、事件に巻き込まれることはなかったが、事件後スビリウスからの連絡は暫く途絶えており、闇取引の開催もなかった。
もしかすると、二度と戻って来ることがないのかもしれないと思い始めていたところ、フロイドから連絡があったのである。一年前のことだった。
——スビリウスが復活する。力を貸してほしい。
そのように言われ、ノーバートは極秘で闇取引の運営に関して精力的に動いていた。再開するために動いていることが分かれば、再び狙われかねないからである。
そして組織は、闇取引の復活の他に、もう一つオブシディアンへの復讐を考えていたのだろう。
着々と組織を回復していた中で、オブシディアンがスビリウスの最後の作戦に出ようとしているという情報を手に入れた。スビリウスの殲滅をしようとしていると悟った組織は、自分たちが弱っているふうに見せかけて、反撃を仕掛けたのである。
作戦は成功。オブシディアンの連中に怪我人はもちろん多くに死者が出た。
ここまでのことは、ノーバートがフロイドから聞いた大まかな話である。
しかし、どのようにしてあの兄弟がオブシディアンの関係者だと分かったのかというのは、報告を受けていない。
ただ彼は二か月前に、ジェレミア伯爵家が強盗に襲われたという記事を新聞で目にしたのである。
内容は「伯爵や夫人を始め、働いていた者たちも殺され金品が奪われた。また、伯爵の子どもたちの死体はなかったことから、誘拐された可能性が高いと見ている」というものだった。
まだ犯人は捕まっていないということだったが、やったのは間違いなくスビリウスの暗殺部隊だとノーバートは考えている。
きっと、オブシディアンにやり返したとき際、生き残った者たちを拷問するなどして、統率者が誰かをはかせたのだろう。
そして、二年前の出来事を二度と繰り返さないために、危険ではあるが見せしめにする意味も込めて、一層非道な方法に出たのである。
それが今回の作戦ということだ。




