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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第二章

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第37話 交渉

「何だと?」


 ノーバートは眉を寄せる。アベルは貴族でもなければ、スビリウスの中でも下層階級の存在だ。それにもかかわらず、言い返してきたことが不快だった。


 しかし、アベルは己の態度を改めることなく淡々と言った。


「あの兄弟は、オブシディアンの指導者だった者の子です。カナリアさまがあなたを通して私たちにお命じになったのは、『兄弟の回収』と、彼らをえさに『オブシディアンの残党』を見つけることも入っていたはず。今回の追跡が失敗すれば、折角の機会を無駄にすることになります。それに、兄弟たちが馬車を下りたことは『監視者』も見ていることです」


 アベルはそこで口を閉じた。


「監視者」とは、スビリウスの「監視部」に所属する者たちのことだ。

 彼らは、客が劇場での取引をしたのち、「横取り」をしようとする者たちが不正をしていないかを見張っている。気配を消し、闇取引オウルス・クロウが開催された街にひっそりと潜んでいるのだ。


 そして彼らの仕事は、「横取り」を監視するだけではない。スビリウスの者たちの行動も見ているのだ。

 つまり、アベルの言っている「兄弟たちが馬車を下り、馬に乗って行った」ことが本当であれば、馬を手配しなかったノーバートが責められる可能性があるということである。


 ノーバートは舌打ちをした。

 アベルの言っていることは理解できるが、それを指摘されるのは腹が立つ。


(片方は黒髪に青い宝石(サフィロス)色の瞳、もう片方は金髪に緑の宝石(スマラグディ)色の瞳。顔のパーツもそれなりに良いというのに、感情がまるでないせいで不気味な上に何を考えているのかが分からない。確かに、スビリウスの汚れ仕事には向いているが、これでは要望を聞くこちらもやりにくいというものだ)


 ノーバートはさげすむように彼を見つめると、一言文句を言った。


小賢こざかしい奴め」


「申し訳ございません」


 アベルは丁寧に謝る。だが、そこには心はない。


 それを分かっているからこそなお苛立つが、怒ればさらに墓穴を掘るだろう。相手を挑発するためにこのような態度を取っているのか、このような態度しか取ることができないのかは分からないが、同じ組織の連中だとしても侮れないと思った。


「仕方ない。馬はお前の上司が望んだ通り二頭手配してやろう。馬丁のいる劇場の裏で待っているがいい」


「感謝申し上げます」


「その代わりジェレミア兄弟を連れ戻せなかったら、お前たちには痛い目にわせてやるからな」


 ノーバートが嫌味を言う。しかしアベルはそれに反応しなかった。


「失礼いたします」


 きれいな所作で頭を下げると、二人は再び仮面をつけて劇場の奥の部屋を出て行く。


 すると彼らの代わりに、部屋を見張っていた筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の男が入って来た。


 机につきをつきひたいに手を当てていると、男が気づかわしげに声を掛ける。


「何か問題がございましたか?」


 その問いに、ノーバートは大きなため息をついた。


「それなりに」


 そして彼はもう一度大きく息をはいたのち、手元にある紙に何かを書くと三つ折りにし、封筒に入れて「ダグラス」と男の名を呼んだ。


「はい。なんでしょうか」


「これを馬丁が待機しているところに持って行ってくれ。至急馬を二頭用意してくれとな」


 ダグラスは机に近づき、太い指で丁寧に封筒を受け取る。黒みを帯びた赤い色で、触ると表面がざらりとしていた。


「分かりました。どちらかにお出かけになるのですか?」


 ダグラスは、ノーバートが馬に乗るのだと思ったようである。それに対し首を横に振って否定した。


「馬を使うのは俺じゃない。今、出て行った二人だ。追跡班に所属している者たちだが、馬車では行けないらしい」


 ダグラスはちらりと扉のほうを向くと、不思議そうな顔で聞き返した。


「馬車で行けないのですか? しかし、相手は貴族か商人の方ですよね? 馬車でいけないようなところにお帰りになるとは思えませんが……」


「追っていた者たちが馬車を下りたらしい。もしかすると馬車では通れないところを行くかもしれないというんで、頼まれたんだ」


「馬車を下りたのですか? 何故、わざわざそのようなことを……?」


 ノーバートは口を曲げて、肩をすくめた。


「さあな。私にわかることはただ一つ。あいつらに馬を用意しないとこっちが上に怒られるということだけだ。だからそれをさっさと上に持って行ってくれ」


「かしこまりました」


 ダグラスは答えると、もう一つ言葉を付け加えた。


「では、私が戻るまで部屋には鍵をおかけください」


「ああ」


 ダグラスが部屋を出て行くと同時に、ノーバートは鍵を閉める。

 するとそのときだった。部屋に通してある自動卓上電話機がチリリリンと高らかな音を立てて鳴った。

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