第33話 休息
川のほとりまでくると、ソフィアとアレクシスは馬を下りて、手綱を手近な木に括りつける。そのあと兄弟を下ろして、馬から少し距離を取った木の根元に座らせると、水辺がすぐそばにあり肌寒いため持っていた荷物から足に毛布を掛けてやった。
「星だぁ」
アルフィは空を見上げると、明るい声を上げる。
川の上は開けている状態なので、満天の星が見えるのだ。隣に兄が座ったのも彼の気持ちを和らげるのを手伝ってくれたようで、半泣きだった顔が笑顔になっていた。一安心である。
「少し休憩しよう。劇場を出てから休みなしでここまで来たからね。——ジェームス、飲み物とかを出してるか?」
周囲に気配はなく、音もない。ソフィアの「目」で見ても追手はまだ来ていないようなので、多少ゆっくりしていても大丈夫だろう。
だが、追われていることは確かなので、念のため偽名でアレクシスを呼ぶ。
「うん」
ソフィアに指示をされたアレクシスはうなずいたが、ランプの明かりを頼りに、すでに荷物から飲み水が入った革袋を出してユーインに渡していた。
「はい、どうぞ。これには水が入っているからね」
「ありがとうございます。……あの、どれくらい飲んでいいんですか?」
ユーインの問いに、アレクシスはちょっと考えてから答える。
「そうだね……二人で半分くらいかな。途中でサレンリー(=トイレのこと)に行きたくなっても、行けないときもあるから、とりすぎないほうがいいと思う。それから喉が渇いているかもしれないけど、いきなり沢山は飲まずに、最初は口を濡らす程度にしてね。そこからちょっとずつ飲むんだよ」
「分かりました」
「お兄ちゃん、僕も飲みたい!」
アルフィが兄が持っている革袋に手を伸ばした。
緊張で気づいていなかったのかもしれないが、喉が渇いていたのだろう。
「待って。僕が先だ」
ユーインは先に自分が革袋に口を付けて飲む。
二人の関係を知らない者から見ると、自分のことしか考えていない冷たい兄と思われるかもしれないが、「先に飲むこと」こそ弟のことを思ってのことだ。
言い換えれば、アレクシスが渡した革袋の水が、安全なものかどうかを確かめるために先に飲んだのである。
(まだ私たちのことを信じ切っていないところがあるのかもな)
ソフィアは馬の世話をしつつ、ユーインの行動を見てそんなことを思う。
馬車の中でアレクシスが彼らに対してきちんと向き合ったお陰で、多少の信頼感は生まれた。特にアルフィは自分たちのことを信じてくれていると感じる。
だが、ユーインは違う。
信頼しようとする気持ちがないわけではない。そうでなければ、彼はソフィアと一緒に馬に乗ることを選ばなかっただろう。
しかしどこか疑ってしまうのは、スビリウスに捕まっていたときに大人にされた非道なことが影響しているのだ。無理もない。
「はい、アルフィ。ゆっくり飲むんだよ」
「うん」
兄から革の袋を渡され、アルフィは言われた通りにちょこちょこと飲む。革袋から飲むのも初めてのようで苦戦していたが、二人はそれでも仲良く革袋を交換しながら喉を潤していた。
「お腹も空いているだろう」
ユーインとアルフィの様子を見ていたアレクシスは、再び荷物の中身を探ると、小袋に入っていた木の実や乾燥果物を出して一粒ずつ彼らの手に渡してやる。
「暗くてよく見えないかもしれないけど、これはジヨル(=デーツのような食感と味がするもの)と、ツリック(=カシューナッツのような食感と味のナッツ類)。それからグラーチェリ(=干しぶどうのこと)。普段と違うことをしているし、緊張もあるから食べれないかもしれないけど、ちょっとでもお腹に入れておいたほうがいい。体も温まるし、もうちょっと頑張らないといけないからね」
「ありがとうございます」
アルフィは嬉々《きき》とお礼を言うと、ジヨルをすぐに口に入れ、もぐもぐと噛んだ。
「おいしい!」
口の中に甘い味が広がってきたのだろう。嬉しそうに笑う。
「よかった。良く噛んで、水も飲みながら食べるんだよ。もう少し数があるから、食べたいときは言ってね」
「はい」
元気よく返事するアルフィとは対照的に、ユーインは笑うこともなく手に載せられたおやつを黙々と食べるのだった。




