第32話 国境と森と、第七代国王のスヴァーナ
サハナ王国が王権争いで国内が荒れていたのは、スヴァーナが国王になる少し前からで、苦しんだ民がセルディア王国へ無断に入って来ていたのである。
サハナ王国の民の事情もセルディア王国の国民にも少しは理解できたが、彼らには礼節がなかった。
命からがら逃げてきたせいか、穏やかなセルディア王国の地に羽を伸ばし、自分たちの住処を許可も取らずにどんどん作ってしまったのである。
当然国境付近に近い所に土地を持つ貴族や民からの避難や苦情が絶えなかった。そんな中で国王になったスヴァーナが最初にしたことが、国境にある鬱蒼とした森を無くすことだったのである。
隠れるところがなければ、サハナ王国の民も簡単には入ることはできないだろうという考え方だ。
実際開けた土地を行き来するというのは抵抗があったようで、サハナ王国から民が入ってくることが極端に減った。
もし入ってきてしまった場合は、銃による威嚇をしたり、捕まえて牢屋に入れたり、酷いときはその場で射殺することもあった。
お陰でセルディア王国の国境には、再び平穏が訪れたかのように見えた。
しかし、別のことが問題になったのである。
スヴァーナ国王によってきれいさっぱりなくなってしまったルビリアの森だが、自然というのはそう簡単に滅びるものではない。
セルディア王国の草花は生命力が強く、放っておけばまた新たに森を作る力すら持っているのだ。
だが、草が生えてくるたびにいちいち部下をそこへやって草刈りをやらせるなど、馬鹿らしいことこの上ない。ゆえにスヴァーナは木を切ったり草を刈ったあとに、強い除草剤を撒いて二度と草が生えてこないようにしたのである。
これにより、国境付近は視界が良くなったが、一方で周辺の土壌は薬剤で汚染され、いつも使っていた川の水を飲むのも危なくなってしまった。
現在はサハナ王国の王政が安定してきているため、無断で国境を越えてくるものはほとんどいなくなったため、見張りも緩やかになっているが、土地が受けた影響は大きく、現在も完全には回復していない。
当然、国境付近に住んでいたリョダリにも影響があった。
魚が川で浮いていたのを見ていたため、除草剤の濃度が濃くなった水を飲まずに済んだが、安全な飲み水を求めて別の場所から水を調達しなければならなくなり、作物を作るのも困難になってしまったのである。
普通であれば、領主の貴族や国が何かしら手を打ってくれるものだが、リョダリは国に助けを求めることができなかった。
貴族たちに王家の影の護衛を頼まれるまで、国に正式に認められていない部族だったである。
そのため、政策によってどんな影響があろうとも、国は助けてくれない。国の立場からすれば、「住むことを許しているのだから、それ以外のことは自分でやれ」ということなのだろう。
生きるために何ができるかを考えた末に、リョダリは現在のように、国境を越える商人たちの護衛を請け負うような生活をするようになった。これなら通過を手に入れることができ、食糧や水を周辺の村から調達することができる。
このようにしてリョダリは森がなくなった土地で、百年近く生活してきたのだった。
森に入ってからしばらくすると、アレクシスと一緒に乗っているアルフィが、「暗くて怖いよぉ……」と今にも泣き出しそうな声で呟き出した。
ソフィアはそれを聞くなり、明るい声で「暗いね。でも、なーんにも恐れなくていいんだよ。何か来たら私が守ってあげるからね。それにそのうち星が見えるよ」とアルフィの気を逸らす。
しかし、アルフィが怖がるのも無理はなかった。
森に入る前までは、月がないとはいえ星の小さな光が夜空に無数に瞬いていたので、上さえ見上げれば気が紛れたようだが、森の中は木々の枝が道の上にある空を覆い隠すように伸びているので、星の光があまり見えないのだ。
また、馬が土や葉を踏む音や、葉が風によって擦れるような音は聞こえてくるが、辺りは見えないので、自分がどこにいるのか分からなくなるような感覚になる。
もちろん、自分と接しているものの存在をしっかりと感じることができれば、何も恐れることなどないのだが、アレクシスが持っているランプの明かりがあるとはいえこの暗闇は慣れていないと難しい。
しかもアルフィは両親たちと離されてからというもの、兄と一緒にいたとはいえ緊張続きの生活だったろうし、今日はソフィアとアレクシスという見知らぬ大人と一緒にいなければならない。ゆえに、泣きそうな気持になるのも無理はない。
寧ろ、ここまで我慢したほうだろう。
ソフィアは歩を緩めて、アレクシスたちが乗っている馬に並走すると、「少し歩を早めようか。もう少し行くと、川の辺りに着くから空が開けるから、そこで休憩しよう」と明るい調子で言った。
ちょうど馬にも休息が必要であるし、ユーインたちも体力を考えたら休ませたほうがいい。
「分かった」
アレクシスがうなずいてくれたので、脚に少し力を入れて馬に速足で進むよう指示をする。
よく調教された馬はソフィアの指示をきちんと汲み取り速度を上げて走り出すと、間もなく川のせせらぎが聞こえてくるのだった。




