第27話 借馬屋の様子
☆
時は少し遡り、ソフィアがドラウス男爵の手先と交戦しているときのこと。
「銃声です」
エレインが馬車の中で外から聞こえた音に反応すると、上司のイグマンはうなずいた。
「ああ」
「撃ち合ったのでしょうか?」
「そうかもな」
イグマンはそう呟いたあと、馬車に乗っている他の二人のほうを見た。
「お前たちはここにいろ。もし、こちらの出口から出てくる者たちがいたら、そのときは俺たちを置いて追え。いいな?」
指示をすると、黙っていた若い男たちはこくりとうなずく。
「よし」
イグマンは二人の反応を確認すると、再びエレインのほうを向いた。
「エレイン、降りて確認するぞ」
「はい」
二人は馬車を降りると、エレインの後ろにイグマンが付いて行き、それぞれ懐に入れていた拳銃を手に持って、銃口を下に向けながら借馬屋の入り口に近づく。
「どうだ?」
道路側の柵に身を屈め、そっと中の様子を見るエレインに、イグマンが肩を寄せて小さな声で尋ねた。
「ここから見る限り、中で戦っている様子はありません」
「そうか」
「追って行った者が、兄弟を手に入れたのでしょうか?」
「そうだとしても、やることは変わらない。我々の敵が変わるだけだ」
「そうですね」
エレインはうなずくと、再び中の様子を確かめた後イグマンに尋ねた。
「入りますか?」
「ここでは様子が分からないからな」
「分かりました。では、行って様子を見て参ります」
エレインが駆け出そうとすると、イグマンは「ちょっと待て」と言って止めた。
「何ですか?」
出鼻を挫かれ渋々と振り向くも、彼は律儀に進んだ散歩を戻って、上司の前にしゃがむ。
「問題があれば、状況に応じて発砲していいが、市民と兄弟は撃たないように気を付けろよ。あとここの馬」
まるで子どもに話すように言うイグマンに、エレインは少しだけむっとする。
「分かってますよ」
彼は上司としては優れているが、若い部下に対して言葉が多すぎるのが玉に瑕である。
エレインはため息交じりに返事をすると、様子を探りながら借馬屋の中に入る。するとすぐに馬車が停まっているのが目に入った。
彼は周囲に警戒しつつ、用心しながら馬車に近づく。そして前方へ着くと、馭者がいるであろうところに銃口を向けたが、はっとしてすぐにそれを下ろした。
馬車に掛けてあるランプの光で見えたのは、馭者が右腕を負傷し痛みに悶えていたところだった。
「おい、大丈夫か?」
エレインはいつでも撃てるようにしながらも、馭者をできるだけ気遣うような声で聞いた。すると彼はそろそろと顔を上げる。苦しそうだったが、エレインを見るなり訝しげな声で、「あんた……誰だ……?」と尋ねた。
(ジオグン街で、真夜中に何か起こったとき人がすぐに駆け付けるというのは、そうそうない。だからこの男が、俺のことを警戒するのも当然)
「通りすがりの者だ。馬車でここを通った際に銃声が聞こえたので、加勢に来たんだ。誰にやられた?」
エレインは平然と嘘をつき、できるだけ親切な風に演戯しながら男に聞く。兄弟の行方と、戦った相手の特徴などを聞き出すためである。
馭者は首を横に振った。
「何者かは分からない……」
「そうか……。悪いが、少し待っていてくれ。他の様子を見てくる。それと手当てできるようなものを、馬車から取ってくる」
「す、すまない……」
「いいんだ」
エレインは一旦馬車から離れると、イグマンのところへ走って戻った。
「どうだった?」
「交戦は終了しているようです。危険はないかと。それから馬車には馭者が一人いて、怪我をしていました。馬車の中は後ほど確認しますが、馭者の様子からして多分いません。いたら、今頃ここを出ているでしょうから」
「そうか……。だとすると、警官と救急看護を呼ばざるを得ないな」
「やはりそうですよね……」
エレインはため息をつく。
時間を考えたら、彼らを放っておきたいのは山々である。
しかし、もし追っている相手がここで馬に乗り換えていたとしたら、自分たちも馬を借りなくてはならない。
それにもかかわらず受付所の人に、その辺で倒れている連中を見て見ぬふりをして「馬を貸してください」と言ったら貸してくれないのはもちろん、怪しまれてしまう。
その上、このような夜中に突然訪問して貸してくれるかすらも危ういのだ。少しでも「いい人」を演じたほうが、上手く事が進みやすいので仕方がない。
「では、警官たちを呼ぶのはお願いしてもよいでしょうか。私はもう少し、周りを見て見ます」
「分かった。だが、この暗闇では動きずらいだろう。ランプを持ってくるから待っていてくれ」
イグマンはそう言うと一旦馬車に戻り、明かりを灯した二つのランプを手に持ってくる。その内一つをエレインに渡すと、イグマンは小太りながらも軽快な足取りで借馬屋の受付所のほうへ走って行った。




