第26話 震える男
銃弾が来た方向を向くと、男たちが乗って来た馬車の馭者が状況を察知して撃ってきたようである。
ソフィアはそれを瞬時に理解すると、男に向けていた銃口を九十度右に修正し、撃鉄を起こすとすぐに引き金を引いた。さらに彼女は続けざまに素早く撃鉄を起こすと、もう一発撃つ。
直後、馬車のある方から「ぐあああっ!」という絶叫が聞こえた。
一方で、ソフィアと対峙していた男を再び見ると、わなわなと震えている。
「き、貴様、何を……!」
何とかそう言う男に、彼女は再び銃口を向け冷めた声で言った。
「手と腕をかすっただけだよ。腕には多少の痺れが残るかもしれないが、けがの程度はそれくらいさ」
「……っ!」
目の前の男はだらだらと汗をかき始め、持っていた拳銃をソフィアに構えようとするが、手がぶるぶると震えて焦点が合わない。
彼はソフィアを恐れていた。
暗闇の中、的確に相手を仕留められるほどの狙撃の技術があるなど、普通はあり得ない。その上、弾が当たった相手の状況まで正確に把握している。
当然、男にはソフィアの「目」のことやリョダリのことは何も知らない。だが、彼女と撃ち合っても勝つ見込みがないことは、はっきりと示された。
「さあ、今度は君だ。今ので分かったと思うけど、私は正確に君の眉間を打ち抜ける。命が惜しくば、質問に答えてもらおうか」
ソフィアが棍を持って駆け足で馬小屋に戻ると、すでにユーインとアルフィは馬に乗っている状態だった。待っていたアレクシスがすぐさま彼女に駆け寄る。
「どうだった?」
「相手は、ドラウス男爵に雇われていた者たちだった」
「ドラウス男爵か……。なるほど……」
アレクシスは、思案するように顎を手で擦った。
闇取引を出入りしている者の多くは、貴族か金を持っている商人がほとんどである。
彼は話を聞きながら、ドラウス男爵をだしに闇取引の尻尾を掴めないかと考えているのだろう。というのも、こういった取り引きに出てくる者の中には、表社会でも不正を働いている場合が少なくないのだ。
実際、彼の父親も表社会の不正も暴きながら、闇取引のことを地道に調べていったり、関与している者たちから証言を取って、どうやったら組織の真髄に入れるかを日々考えていた。
中々進展はないが、無理矢理進むよりは安全ではある。
「で、どうやっつけたんだ?」
思案するのを止め、顔を上げたアレクシスが尋ねた。
「どうって?」
「さすがに殺してはいない……よな?」
心配そうな声で尋ねるアレクシスに、ソフィアは少し笑う。
「まさか。私は無駄な殺生はしないんでね。かなり手加減したよ。まあ、結構痛がっていたけど、大したことはないさ」
すると彼の顔に、安堵の表情が浮かんだ。
「よかった」
アレクシスらしい台詞だったが、彼女はそれには触れずに出発を促した。
「そんなことより、早くここを出よう。まだ追手は来る」
「そうだな」
「悪いが、私たちが入ってきたところからは出られないぞ。ドラウスの手先は柵の辺りで伸びているし、奴らが乗ってきた馬車もそのままだから」
「じゃあ、別の出口から出られるように言って来る」
「頼んだ」
アレクシスが駆け出したあとすぐに、馬に乗ったユーインが近づいてきて「レイグスさん」と、偽名でソフィアのことを呼んだ。
「来てくれたんだね」
「はい。あの……、乗ってください」
「ああ」
ソフィアは馬を優しく撫でて「よろしくな」と挨拶すると、軽々とユーインの後ろに座った。
「どうだ? 大丈夫そうか?」
念のため尋ねると、ユーインは顔を伏せて答える。
「少し……緊張します」
正直な答えに、ソフィアはふっと笑った。
「まあ、そうだね。今日会ったばかりの人間と一緒に乗るのは誰だってそうだよ」
「レイグスさんもですか?」
そっと後ろを振り向いたユーインが、「自分と同じような気持ちの仲間を得たかもしれない」という期待感を持って聞く。ソフィアは特に緊張などしていなかったが、本音を隠してうなずいた。
「そうだね」
するとユーインの表情から、硬さが少しだけ和らいだ。
「そっか……。あの、レイグスさんは、誰かと一緒に乗ることはあるんですか?」
「そうだね。子どもたちとは、こうやって馬を乗ることがあるかな」
「子ども……?」
ユーインがきょとんとする。
「ああ、私には三人の子どもがいるんだよ。君よりも小さいけどね」
「そうなんですね」
そのときユーインが何となく表情を暗くしたようだったが、すぐに前を向いてしまったのでソフィアにはよく分からなかった。
「うん。——あ、ジェームスが戻ってきたね」
ランプを持ったアレクシスが、こちらに戻って来るのが見える。
彼がアルフィが待つ馬に乗り動き出すと、ソフィアとユーインの馬も続いて借馬屋を後にした。




