第25話 最初の戦い
借馬屋には、受付所や馬小屋などの建物以外には、ほとんど隠れるところがない。馬が怪我をしないよう、障害物を作らないようにしているため、仕方のないことである。
隠れられるとすえれば、馬が出て行かないようにするため、道沿いに備え付けられている一メートルほどの柵と、道の中央を区切るために植えられている灌木くらいである。
相手もここが様子を見るのに適していると考えるだろうが、幸いまだ来てはいない。ソフィアは灌木に身を隠しながら、柵のほうへ向かい、道の様子を確かめるため、そっと顔を出す。
すると、入り口に停めた馬車の前で数人の男たちがこちらに背を向け、馬車に付けたランプを頼りに話をしているのが見えた。
(暗闇の中、危険に飛び込もうとするとはね。度胸があるのか、無謀なのか。それともそうするしかないのか……)
ソフィアは内心嘆息しつつ、相手の様子を伺う。
どうやら借馬屋の前にいるのは、スビリウスではなさそうである。
彼らならこちらに背を向けて話すようなことはしないだろうし、そもそもオブシディアンの仲間を見つけることを考えれば、ここでは襲撃はせず、ソフィアたちを泳がせた上で動くと考えられるからである。
つまり、出入り口に突っ立っている男たちは、リブームで負けたがユーインやアルフィを手にしようとしている者の手先ということだ。
ソフィアは革の手袋をはめた左手で棍を軽く握ると、いつでも素早く動けるように準備する。そして、気配を消し相手の様子を探った。
暫くすると、ソフィアのいるほうへ四人の男たちが歩いて来た。
それぞれ仕立てのいいスイーヴィル(=動物の毛で織ったスーツのこと)に身にまとい、手には拳銃が握られている。新月の暗闇の中だが、光があろうともなかろうともソフィアの「目」にははっきりとそれらの状況が見えた。
(自動式か)
ソフィアは彼らの手に持つ拳銃の種類を見極める。
ほとんどが弾が自動装填されるものを持っていたが、一人だけ回転式のものを手にしていた。
(回転式だ。狙うならあっちだな……)
ソフィアは顔を引っ込めると、柵から十メートルほど離れて丁度植え込みが切れるところに身を潜め、僅かに立てる相手の足音を聞きながら、自分との距離を測る。
(もう少し引き付けて――今!)
ソフィアは音もなく物陰から飛び出ると、棍を振るって一番近くにいた男の足元を軽く払った。
「うわっ!」
足元を払われた男は尻もちをつき、拳銃を握っていた右手の手が緩む。ソフィアはその隙を見逃さず、軽く蹴りを入れて拳銃を手放させた。
「痛っ!」
「どうした!」
男のうめき声に仲間が反応したが、ソフィアはその間に尻もちをついた男の後頭部を棍で打ち、あっという間に気絶させる。
さらに振り向きざまに、背後にいた男の鳩尾に向かって、鋭く棍を打ち込んだ。
「ぐあ……!」
手加減はしたが、相当な痛みは伴う。
打たれた男は苦しみのあまり鳩尾を抱えながら悶絶し、その場に倒れてしまった。
「何者だ!」
三メートルほど距離のあるところにいる男が、そう声を上げた。先ほど仲間に声を掛けた男のようである。
相手は暗闇では見えないため、音を頼りにソフィアがいるであろう辺りに銃口を向けていたが、気づかぬうちに仲間がやられたせいか気が動転しているようで、拳銃を持った手が震えていた。
(それでは私は撃てない)
ソフィアは男の精神的状況を一瞬にして見極めると、さっと体を屈め、たん、たんっと二歩ほどで男との距離を詰める。
「なっ!」
男は、暗闇の中で誰かが自分に近づいたと分かったようだったが、ソフィアの動きが早くて何もできない。
その間に彼女はくるりと男に背を向けると、彼の右腕を掴んで自分の右脇に挟んだ。男が何が起こっているのか分からない中、男の腕を捉えたまま、ソフィアは体ごと一気に捻じった。
「ぐわあ!」
脱臼し神経と筋肉が切れたため、男が痛みに悲鳴を上げる。
しかしソフィアは構わず、絶叫する男の下っ腹へさらに強烈な膝蹴りを入れた。
「あ……」
男が痛みで気を失うその隙に、彼の手から回転式の拳銃を奪うと、それを右手に持ち、流れるように最後に残った男の眉間に銃口を向ける。
「誰に雇われているか教えてもらうか?」
低い声でそう尋ねる。銃口を向けられた男は、仲間がやられたにもかかわらず冷静だった。ソフィアが発した声を頼りに、彼女のほうに銃口を向けて、同じように尋ねる。ただし、ソフィアの姿を完全に捉えていないせいか、銃口はゆらゆらと動いていた。
「こちらもそれを聞きたいですね。あなたは何者なのですか?」
「聞いているのはこちらだ。返答によっては、撃つ」
すると男は、余裕なのか、己の冷静さを保つためか、ふっと笑う。
そのとき男の背中がぱっ、ぱっ、明滅した。どうやら手に持っている喫煙用の点火器を自分の背で点けたり、消したりしているようである。
「生憎、雇われている身なのでね。ご想像にお任せしますよ!」
途端、男が後ろのほうにすっと体を避ける。そのとき連続して銃声がしたかと思うと、彼女の足元に数発の銃弾が撃ち込まれた。




