第24話 信頼
顔が強張った二人に、ソフィアは「大丈夫」と明るい声で言った。
「すぐ終わらせてくるから、安心なさい」
こくりとうなずく二人を見たのち、ソフィアはアレクシスのほうに視線を動かし、次の指示を伝える。
「ジェームスは、私が奴らを片付けたらすぐに動けるようにしておくこと。荷物も私とユーインが乗る馬に付けておいてくれ」
「分かった。あ、その前に俺の銃を持って行くか? ないんだろう?」
アレクシスはいそいそと自分の腰の辺りを触る。彼だけはジャケットのみ着替え、あとは劇場に入ったときとほぼ同じ格好である。
だが彼が拳銃を出す前に、ソフィアは断った。
「いらないよ。それに私に貸したら、ジェームスのがなくなるだろう」
「そうだけど、レイグスが持っていたほうがいいんじゃないのか?」
小首を傾げるアレクシスに、ソフィアはむすっとした顔で忠告する。
「言っておくが、私が突破されたらあんたが二人を守らなくちゃならないんだからね」
「うっ……」
アレクシスは思い切り嫌そうな顔をした。彼は戦うことが苦手である。
拳銃を持っているのも威嚇のためであり、相手を狙うつもりは毛頭ない。
だが相手は、問答無用でこちらの命を狙ってくる。
万一、敵の誰か一人でもソフィアの脇を抜かれてしまえば、ユーインとアルフィが頼れるのはアレクシスだけ。弱音をはいている場合ではない。
「『うっ』じゃない。私だって人間なんだから、失敗することもあるかもしれないだろ」
「え、そうなのか?」
初めて聞いたかのように驚く彼に、ソフィアは逆に目を見開いた。
「当り前だろう」
「だって、そんなこと考えてみたことがないから」
平気で言い退けるので、ソフィアはアレクシスの額を指で弾いた。
「痛っ」
「馬鹿、過信しすぎだ。十年前の私を思い出せ」
十年前の失敗のことは、直接関係のなかったアレクシスも事情は知っている。
しかし、彼はそのことがなかったかのように、はっきりと言った。
「過信しているわけじゃない。本当に信じているだけだ」
アレクシスの裏表のない言葉に、ソフィアは胸の中に沸き起こった何とも言えない気持ちにすぐに蓋をした。
信頼されることは必要とされていると思われて心地よい。
しかし、失敗したときの損失を考えると、この気持ちを素直に受け取ってよいのかソフィアには分からないのである。
別に、自分が常に失敗すると思っているわけではない。
十年前もそうだった。難しい仕事だったが、オウルス・クロウの関係で囚われてしまった人を、「助けられる」と思ったのは自信過剰だったわけではなく、用意周到の計画を立てて臨んだため、どんなことがあっても切り抜けられると思っていたからである。
だが実際は、助けられたはずの人を助けられなかった。その瞬間、ソフィアは色んな人の信頼を失ったと思った。
「娘を助けてほしい」と依頼してきた家族や、その民族。
それを実現するために、共に行動をした潜入捜査の仲間たち。
そして、指揮をしていたヒューゴ・グロリア侯爵。
(皆、優しいから許してくれたけれど、本音はどうだったのかが分からない……)
ユーインとアルフィの護衛を引き受けたからには、彼らを確実に安全な場所へ連れて行く覚悟はあるし、アレクシスが立てた計画もある。また、臨機応変に対応する力も持っていると自負している。
だが、相手がスビリウスだと思うと、どこか抜けているのではないかと心配がよぎる。
また何か、自分が想像していなかったことが起こるのではないかと、そんなことを思うのだ。
だからこそ強く信頼されると、ソフィアはどう答えたらいいのか困ってしまう。
「……分かってるよ」
ソフィアはそれだけ言うと、棍を軽く握ると歩き出す。
「気をつけてな」
彼女の背にアレクシスがそう言ったので、軽く手を挙げて返事をした。
(考えていても仕方がない。……行こう)
ソフィアは胸に浮かんでいた憂い振り払うように棍を二、三度静かに振ると、足を音を消して来た道を軽快な足取りで戻って行くのだった。




