第21話 下車
エレインがだんまりとしてから暫くすると、馭者が窓をコン、コン、と叩きイグマンたちに合図を送ってきた。馬車の速度も緩やかになる。
何かあったらしい。
イグマンはランプの明かりを消すと、進行方向の厚手のカーテンを開け窓の外をのぞいた。頼りない街灯で見えたのは、前方を走る二台の馬車が敷地に入っていくところだった。
一台は景品の兄弟が乗った馬車、その後ろをついて行くもう一台は、リブームに参加したものの途中で負けた者の関係者が乗っていると思われた。
兄弟を横取りしようとしているのだろう。
(こっちとしては、奴らが戦いに集中して、お互いが傷つくようなことになればいいんだがな。そうすれば、こっちは戦わずして兄弟を回収することができる)
イグマンはさらに、腰につけている道具箱から劇場用眼鏡(=オペラグラス)取り出すと、窓から前方の馬車が入って行った場所を確認する。
「借馬屋だ」
イグマンが声に驚きを潜ませながら場所を口にした。すると、暗闇の中でエレインが彼に尋ねる。
「まさか、馬を借りるんですか?」
「ここで夜明けまで待つわけじゃなかったら、そうなんじゃないか」
「馬鹿なんでしょうか?」
エレインはせせら笑った。
守らなければいけない子どもを抱えた貴族の男女が、馬に乗って自分たちの手から逃れられると思えなかったのである。
部下が笑っている一方で、イグマンは慎重な顔をする。
「馬鹿だったらいいんだがな。もしかすると、この状況を切り抜けられるほどの自信を持っているのかもしれない。いずれにせよ、油断はしないほうがいい」
イグマンの指摘に、エレインは少し間を置く。暗くて顔は見えないが、どうせぷうっと頬膨らませているのだろう。彼とは長い付き合いなので、指摘されたときにどんな顔をしているのか想像がつくのだ。
「どうします?」
エレインが指示を仰いだ。きっともう頬の膨らみは萎んで、強い光をその青い瞳に宿らせているに違いない。
その問いに、イグマンはちらりと後ろの窓を見てから言った。
「こちらはまだ何もしない。俺たちと同じように、標的を追って行った奴らがいるからな。どういうことが起こるのか見学しようじゃないか」
エレインはにっと笑うと、「御意」と恭しく答えた。他の二人は何も言わなかったが、それが肯定であることをイグマンは知っている。
イグマンは次に窓を叩き馭者に合図すると、怪しまれないように一旦借馬屋を通り過ぎて、再びここへ戻るよう告げた。
☆
「旦那さま、着きましてございます」
借馬屋の敷地に入り馬車が止まると、窓から馭者がアレクシスに声を掛ける。
「ありがとう。周囲はどうだ?」
「私が確認できる限りでは、後ろに少なくとも一台付いてきているようです」
「そうか、分かった。ソフィア、どうする?」
アレクシスはソフィアを振り返って言った。
「馬車を降りるよ。どちらにしても馬に乗り換えないといけないんだ。追手を気にしすぎても仕方がない」
「でもその間に相手が襲ってくる可能性だってあるだろう?」
「まあ、暗闇に乗じてというのはあるかもしれないけどね」
ソフィアはそう言ってから、軽い口調で付け足した。
「大丈夫。私が守る」
「それは信じてるけど、無理はするなよ」
彼女を心配するのは、この男くらいなものである。
ソフィアはふっと笑うと、ユーインとアルフィを見た。
二人はここまでの道中で服を着替えており、ボタン付きの綿のシャツに黒いズボンを履き、上には黒いマントを羽織っていた。また、靴もソフィアと同じく革でできた丈のある靴に履きかえている。
「さ、二人とも馬車を降りるよ」
「ここはどこですか?」
「借馬屋さ。ここで馬に乗り換える」
そのとき馭者が扉を開けてくれる。ソフィアが最初に降り、周囲を確認するとアルフィ、ユーインの順で手早く馬車から降ろした。その際に、常時自分の体の影に二人が隠れるようにする。
「旦那さま」
馭者がアレクシスのほうへより、今後の予定を確認する。
「わたくしは指示通りに後ろにいたものを撒いてから、明け方前までに用意された屋敷のほうへ戻ります」
「うん。頼んだよ」
「かしこまりましてございます」
アレクシスに一礼すると、馭者は再び運転席に座り、敷地の外へと向かっていった。




