第18話 利点
アレクシスが最後に優しく問いかけると、ユーインは一度だけ頭を縦に振った。
「……分かり、ます」
そして彼は付けていた仮面を、自分で外しソフィアを見る。
鼻がすっと通った端正な顔立ちに、瞳には真っすぐな意志を貫き通そうとするような、強い光がそこには宿っていた。
「こちらからきちんと名も名乗らず、無礼な態度を取ったこと、深くお詫び申し上げます。改めまして自己紹介をさせてください。私はジェレミア伯爵の子、ユーイン・ジェレミアと申します。あの場所から私と弟を助けてくださり、本当にありがとうございました」
そう言うと彼は頭を下げた。そして兄の様子を見ていたアルフィも、同じように仮面を外す。
同じような顔立ちだが、年が一つ下ということもあってか態度も印象もユーインよりも幼い。
「僕は、アルフィ・ジェレミアと申します。十一歳です。えっと……クロイエさま、ごめんなさい。ありがとうございます」
アルフィがぺこりと頭を下げる。
ソフィアは二人を交互に見たあと、ちらりとアレクシスのほうを見る。すると彼は、意地悪そうな、しかし嬉しそうな顔を浮かべていた。
(おめでたい奴め)
ソフィアは内心毒づくと、小さくため息をついて「二人とも顔を上げな」と言った。
「私のことは気にしなくていいよ。呼び方もソフィアでいい。貴族と私たちの部族の間に、見えない壁があるのは昔からのことだしね。それに、お礼を言われるのはまだ早いんだ。だから、無事にこの状況を切り抜けられたら、改めて聞くことにするよ」
「追手がいるからですよね?」
ユーインが尋ねたので、ソフィアはうなずいた。
「そうだ。とにかく奴らをまかないことには、どうにもならない。——ところでアレクシス、この馬車はどこへ向かっているんだ?」
「隣町の『ソルドー』だよ」
「じゃあ、ここはジオグン街なのですか?」
ユーインが驚いた様子で尋ねた。
ジオグン街は、王都より南西に直線距離で約一八〇キロほど離れたところにある街である。
そしてこの街の周辺は、小さな町か田舎しかなく、劇場がある場所はどこにもない。そのため、ユーインはここがジオグン街であると判断したのだろう。
「そうだよ。よく知っているね」
「父に教えられたので……」
「そっか」
感心した様子でアレクシスは言う。
しかし、ソフィアの感想は違っていた。
(家から連れ去れるなりしたあと、自分たちがどこにいるか知らなかったんだろうな)
ジェレミア伯爵の領地は、確かここから東にある王都よりもさらに先にあったはずである。自分の住んでいる土地から、随分と遠くまで来たことが分かって、ユーインは驚いていたのだ。
「アレクシス」
「うん?」
「悪いが、馭者に近くの借馬屋に行き先を変えるように言ってくれ」
ソフィアが頼むと、アレクシスがユーインに向けていた笑みを消した。
「やっぱりだめか? 朝まで逃げられればいいと思ったんだが……」
「私の予想だと、朝までとはいかないと思う」
「数日かかるか?」
「その可能性はあるね。相手は、『オウルス・クロウ』の客もいるだろうが、スビリウスの駒もいるだろうから」
「分かった」
「どういうことですか?」
アレクシスが進行方向の窓を叩き、馭者に行き先の変更を伝えている間に、ユーインが尋ねたのでソフィアが答えた。
「さっき、リブームの相手が変な負け方をしたと言っただろう? あれには二つの考え方があるんだよ。一つは、『一般の客が横取りしたほうがいいと思って負けた場合』と、もう一つは『こちらと戦うことを前提にしている場合』だ。私の読みは、後者に重きが置かれていると思っているんだ」
「二つの考え方の違いがよく分からないのですが、何が違うのですか? それに、相手が負けたのは、『時間稼ぎのためだ』と先ほどおっしゃっていたと思うのですが……」
「そうだよ。ただし、新月の闇に乗じてこちらを追うというのは、相手にもそれ相応のリスクがある。それにもかかわらずやることを選んだことは、追うことに利点があるということだ」
「どんな利点ですか?」
「不正があってはいけないゲームの対戦では私に得物を突き付けることはできないけれど、景品である君たちを連れて劇場から一旦出たなら、馬車を襲うことの正当なことになるからだ」
ユーインは目を見張った。
「じゃあ、今追いかけてきている人たちは、僕たちの命を狙っているということですか?」
「そういう人たちも含まれているってこと。ゲームに参加した者の主人や従者なら、景品を追っていいことになっているから、単純に君たちを欲しがっているもの好きな人もいるとは思うけどね。あとは、『オウルス・クロウ』を運営している、スビリウスに頼まれた連中……、もしくはスビリウスに属している者たち、かもな……」




