第17話 アレクシスの問いかけ
「俺——じゃなかった。私のことも言っておかないとな」
ソフィアの考えていることなど露とも知らないアレクシスは、柔らかな態度で自己紹介をした。先程、少年に掴みかかられていたとは思えない。
こういう懐の深いところが、アレクシスのすごいところである。
口が裂けても、本人には言わないが。
「私は、アレクシス・グロリアだ。爵位は侯爵。君たちのお父上、ジェレミア伯爵とは知り合いでね。オウルス・クロウのことで君たちのことを知ったものだから、助けに来たんだ。まだ油断はできないけど、とにかくこんなふうに話すことができて良かった」
子どもたちを気遣い、微笑んで言うアレクシスに対し、ユーインは彼の正体を知って口元を強張らせた。仮面で目元は見えないが、焦っている様子が伺える。
「そんな、まさか……。本当に、グロリア侯爵なのですか?」
「うん、まあ……ね」
重ねて尋ねるユーインに、アレクシスは照れくさそうにしながらうなずいた。
彼は当主になって数年経つが、父親の存在が大きかったせいか、「侯爵」だと思われていないときがある。そのため、社交界に参加しても、未だに彼の父の代理で来ていると思われているのだ。
何故、それを知っているのかと言うと、アレクシスの妻がソフィアと懇意にしていて、仕事の依頼書や報告書が送られてくるときに、個人宛ての手紙を紛れ込ませているからである。
そこに、時折アレクシスのことが書いてあるのだ。
ソフィアは場を和ませるつもりで、ユーインの反応を面白がって茶々を入れる。
「顔はいいが威厳がないからね。『グロリア侯爵』だなんて自己紹介されても、信じられないのも無理はないさ」
「ちょっ、ソフィア! 一言余計だって」
アレクシスの反論に、ソフィアが笑っていると、ユーインが急に深く頭を下げて謝った。
「あの……、申し訳ありません……! そうとは知らず、無礼を働きました。お許しください!」
アレクシスはすぐにソフィアを見た。
こんなふうに謝らせるつもりではなかったのだろう。困ったような顔を浮かべていた。
立場が分かると、態度を変えるというのは貴族ならではのことであるが、彼は居心地が悪そうだった。それが如実に表情に現れている。
しかし、貴族のやり取りは貴族同士でやるもの。
ソフィアはすっと目線を逸らすと、自分は関係ないと言わんばかりに、開けっ放しだった足元の引き出しに突っ込んだドレスをたたみ始めた。
「えーっと……その、仕方ないよ。君たちが大人を信用できなくなる気持ちも分かるんだ」
相談できる相手にそっぽを向かれてしまったアレクシスは、言葉を選びながらユーインを擁護しようとする。
「ですが……」
「本当に気にしていないから、大丈夫だよ」
重ねて言うが、ユーインが中々引き下がらない。彼は首を横に振って、震える声で言った。
「いいえ。助けていただいている身でありながら、失礼なことをしたのです。何かお詫びをしなければ、父に怒られます……」
ユーインは小さくなっていた。隣ではアルフィが兄とアレクシスを交互に見つめている。どうしたらいいか分からないのだろう。
アレクシスはユーインを見つめたのち、小さくため息をついてから言った。
「もし、申し訳ないと思っているなら、ソフィアにも敬意を払って欲しい」
驚いたのはユーインだけではなく、ソフィアもだった。
「アレクシス、私のことは――」
「いいから」
彼はいつになく真面目な表情を浮かべ、ソフィアの言葉を遮ると、ユーインをじっと見る。
「ソフィアはね、本当はここに来るはずじゃなかったんだ。本業もあるし、部族をまとめなくちゃいけない立場でもある。それに、彼女は『オウルス・クロウ』と関わりたくない理由もあった。だけど、今、ここにいる。何でか分かるかな?」
アレクシスの問いに、ユーインは「分かりません」と言い、アルフィは首を横に振った。
「じゃあ、答えを言おう。それはね、私が無理矢理呼んだからなんだ。君たちがゲームの景品になったことを知ったまではよかったんだけど、ゲームに勝てる強い人がいなくてね。どうしようもなくて、ソフィアに『助けてほしい子どもたちがいる』って手紙を書いたんだ。それも『オウルス・クロウ』だということを知らせずにね。それを言えば、断られるかもしれないと思ったからだ。だから、彼女はここに来る数時間前に、私の依頼が『オウルス・クロウ』に捕まった子どもを助けることだと初めて知って驚いていたし、戸惑ってもいた。私はずるいね。でも、それでも君たちを助けたかった」
「……」
「ソフィアは一度引き受けた仕事は、最後まできっちりしてくれる人だよ。だから安心していい。色んな人の護衛をしていて、武術なんかの腕も確かだしね。つまり、君たちを助けるためには、ソフィアがいなければ絶対に無理だって話なんだ。だから彼女にもきちんとした態度を取って欲しい。貴族だからとか、部族だからとか、そんなの関係ない。私の言っていることは、分かったかな?」




