第12話 馬車へ
「その先は?」
ユーインがすかさず尋ねる。
「今は言えない。君たちを守るために必要なことだから、我慢して欲しい」
「いつなら言えるんだ?」
「馬車の中でなら」
ユーインは「分かった」と承知する。そのタイミングで、アレクシスは二人を振り返って言った。
「悪いが、馬車までは早足で歩いてもらう。頑張ってついて来てくれ」
ユーインはアレクシスの指示にうなずくと、アルフィを自分より前に行かせて走らせた。ソフィアは兄弟たちの後ろを追いながら、何気ないユーインの行動に目を細める。弟思いの優しい兄だ。
(その代わり、自分が酷く傷ついている……)
ソフィアはユーインたちにマントを渡したとき、彼らの怪我の有無を見るため、服で隠されていない部分の皮膚をさりげなく確認していた。
黒いドレスは新しかったが、オウルス・クロウの景品にされていたのだから、それまでの間に何をされていたのかは分からない。
案の定、ユーインとアルフィの手首には、縄で縛られたような痕があった。ユーインに至っては、襟の隙間から見える首筋には、真新しい切り傷ができていた。
オウルス・クロウに商品や景品を用意するスビリウスは、それが「妥当であるか否か」という名目で、「点検」をすることがある。その点検とは、絵画や宝石などは本物であるかどうかの確認だが、人間の場合は従順にさせたり、その身を汚したりすることを指す。
基本的に、競売で出されるものは「商品」なので、その身は潔癖である。何故なら金の取引があるからだ。傷がついていてはいけない。
一方、ゲームの「景品」にされている場合は、傷がある場合が多い。
「傷」が何を意味するのかは、そのときによって違う。
元々傷がある場合もあるが、時にはスビリウスの人間が扱っていたり、恨みがあって痛めつけたりしたものを、「要らなくなったから」と言って外に出すこともある。
ユーインとアルフィは、スビリウスと対峙した組織を動かしていた人物の子であるため、どこまで何をされたのかは分からない。
ただこれまでの経験上、奴らが華奢な少年に強いるのは、奴隷のように扱った生活か、男娼のようなことだろうと思えた。
スビリウスの奴らがしてきたことが想像できるがゆえに、ソフィアの心の中には怒りがぶわりと広がる。
十年前、もうこれ以上苦しい思いをしたくないと思い、彼女は闇の世界から抜け出した。
それからは平穏そのものだった。
もちろんリョダリという一族の族長である限り、商人たちの護衛によって戦いに身を投じることはあったが、戦う相手も覚悟の上で戦っていることを知っているので、オウルス・クロウの潜入捜査をしていたときほど心が擦り切れるような闇はなかった。
だが、目の前にいる兄弟は戦う覚悟などしていない。彼らは被害者だ。そして兄弟を見ていると、その十年の間に救えた命もあるのではないかと思ってしまう。
(助けられない苦しさから逃れたくて退いたのに、逃げたことで違う形の苦しみを見ることになるとはね……)
彼女は前を向くと、小さいながらも一生懸命に走るその背を追った。
ソフィアたちは劇場の裏口から出ると、一度足を止めた。アレクシスが馬車を見つけるためである。
「はあ、はあ、はあ……」
その間、アルフィは膝に手を当て、息切れを整えていた。
「アルフィ、大丈夫か……?」
弟を気遣うユーインも荒い息をしている。どれくらいの間捕まっていたのか分からないが、体力は落ちていそうだった。
「うん」
アルフィが荒く息をしながらも、笑みを湛えて答える。兄に心配をかけないように、彼なりに考えているのだろう。
「それより、お兄ちゃん。お空、真っ暗だね……」
アルフィは息が落ち着いてくると、空を見上げ、押さえた声で言った。
「そうだな」
今夜は新月である。彼が言う通り、劇場から一旦出てしまうと辺りは暗くて見えない。
「ジェームス、馬車は分かるか?」
ソフィアは周囲に警戒し、少年たちの様子に気を配りながら、アレクシスに尋ねた。
暗いだけでなく、周囲には主人を迎えに来た馬車が多く停まっている。
リブームが終わり次第帰ることにしていた参加者たちが、馭者に頼んでこの時間帯に迎えに来るように伝えていたのだろう。
さらに厄介なことに、どの馬車も同じような形をしている。
所有者が特定されないよう、車体は真っ黒に染め上げられ紋章がないものばかりなのだ。これでは自分の馬車がどこにあるのか、探すには時間がかかる。




