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闇夜の護衛  作者: 彩霞
第一章

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第10話 兄弟

「怪我はないか?」


 返事はない。だが、ソフィアは構わず話を続けた。


「私たちのことを怖がっているのも、信用できないのも分かる。だが、私たちは君たちの味方で、助けに来たんだ」


 返事は、まだない。


「そこで、一刻も早くこの場所を脱出したい。それには君たちが少しでいいから、私たちのことを信頼してくれることが必要なんだ。信じることが難しいのは分かる。だが、頼む。君たちを助けたい。だからこの手を取ってくれないか?」


 そう言って、ソフィアはおりの中に左手を差し出した。


 最悪抱えて連れ出すことも可能だが、連れていく最中に暴れられても困る。そのため、自発的にこの手を握ってくれることを願った。


「それは……」


 すると、小さい子を抱きしめているほうの少年が口を開いた。兄のほうだろう。

 目元を隠す仮面を被っているせいで、表情はよく分からないが、緊張のせいか声が強張っていてとても小さい。ソフィアは真剣にその声に耳を傾けた。


「元の生活に戻れるってことか?」


 ぶっきらぼうな聞き方に、ソフィアは仮面の下で眉を寄せた。


 ソフィアは王家の護衛をしていたため、地位のあるものの子たちがどう振舞うのか知っている。王族はもちろん貴族の子どもは、常に受け答えなどもしつけられているので崩すことなどあまりない。平民のような言葉遣いをするということは、ソフィアたちに会うまでにそうなってしまうような出来事があったということだろう。


「元の生活か……。少し待ってくれ」


 ソフィアは差し出した手はそのままに、アレクシスを振り返った。彼らの今後の生活を考えているのは彼である。


 だがアレクシスは唇を横に真っすぐ結ぶと、首を横に振った。

 詳しいことはソフィアには分からないが、彼らを元の生活に戻すのは不可能ということだろう。


「すまない。それは、できない」


 ソフィアははっきりと言って、謝った。期待させるような言葉を言うわけにはいかない。

 すると彼はソフィアの誘いを突っぱねた。


「だったら、あんたの手を取る意味はない。俺たちのことを中途半端に助けるというなら、放っておいてくれ」


「……」


 ソフィアは彼の言っている意味も、そう言ってしまう気持ちも分かった。


 だが、ソフィアは「そうか」とは言わなかった。

 代わりに、胸の奥に小さな炎が灯った。

 自分が三人の母親であるのかもしれないが、彼らをこのままにしておくわけには行けないと強く感じたのである。


「悪いけど、あんたたちを放っておくわけにはいかない」


 ソフィアのしんのある言葉に少年はびくりとしたが、すぐに虚勢きょせいを張ってふんと鼻で笑った。


「何で? あんたは何も関係ないだろ。俺たちとは何のつながりもない。それなのに、俺の……俺たちの人生に口出しするなよ……!」


「私の手を取りたくない気持ちは分かるが、自分で檻の鍵すら開けられないのに、君たちはどうやってここから抜け出すつもりだ?」


 ソフィアの問いに、少年がきゅっと唇を嚙みしめる。指摘されて悔しいのだろう。


「それに、君の服を掴んでいる子のことは? 弟なんだろう? 彼はどうしたいと言っている?」


「黙れ! 俺たちのことは、俺たちで決める! 知ったようなことを言うな!」


 少年は弟を強く抱きしめ、うなるように言う。ソフィアはその様子を目を細めて眺めた。


「確かに私は君たちのことはよく知らない。だが、少なくともこの世界の仕組みのことは知っている。私たちの手を取らなければ、君たちの運命は変わらない。断言してもいい」


「だったら、俺たちがあんたの手を掴んで、こことは違うと言い切れるのか?」


 少年の問うた声は、不愉快さを含み、大人にあらがっていた。だが、ソフィアは仮面越しに少年を見つめた。


「言い切れる。まあ、言葉はいくらでも嘘がつけるから、信じられない気持ちも分かるけどね。だけど私たちは、あなたたちを助けたくてここへ来た。いじめるためでも、痛めつけるためでもない」


「——嫌だと言ったら?」


「言わせない」


「……大層な自信だな」


 少年が面食らっている様子に、ソフィアは笑った。


「そんなもはないさ。私たちのことを信頼できないというのは分かる。でも、今だけは手に取ってはくれないか。君たちを、育った家に帰す方法も考える。だから頼む」


 すると、兄にしがみついていたほうが、「ユーインお兄ちゃん」と声を掛けた。彼の名は「ユーイン」というらしい。


「僕は生きたい……。お兄ちゃんと一緒にいたい」


「アルフィ……」


「僕は、……この人を信じたい」


 ソフィアは左手を、ほんの気持ちだけ二人に近づける。すると恐る恐るではあるが、アルフィと呼ばれた少年のほうが先に彼女の手を掴んでくれた。

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